第4話 せっかくの繋がり、無駄にはしません
結局あれから寝るまで奥方様のわがままに付き合い、寝不足で領主様と対面する。
隣に座っている奥方様の肌は少し艶めいて見えた。
「よく休めたかね?」
「そう見えるんでしたらいい目薬お勧めしますよ」
「はは、うちの妻がご迷惑をかけたようだ」
「至福の時間でした」
「うむ、妻の詫びの代わりに何か買い取ろうか」
流石伯爵様だ、返しが上手い。
僕が商人であると同時に錬金術師として活動しているのを覚えていてくれたようだ。
それに乗っかってマジックバックからポーションを取り出した。目薬だけで数種類あるのは使う人によって効果が異なるからだ。
「目薬だけでこんなに……内訳を聞いてもいいかな?」
「はい。一つ目のこの装飾の施された瓶に入っているポーションは、眼精疲労の他に肩こりとリラックス効果をもたらします」
「それは素晴らしい。しかし薬効が出回ってるやつよりも高い。いい値段をするのではないか?」
「はい。だからこそ人に合わせて薬効を薄めた商品を取り扱っております。どれを買うかはその人次第です」
「ふぅむ、面白いな。メリア、君も錬金術が出来たな。これをどう見る?」
「優れた技術かと。私ではせいぜい最下級のポーションがやっとですわ」
おっと、まさかこんな近しいところにライバルが。
しかし最下級のポーションとなら競合はしないな。
「そしてこの丸い瓶に入っているのは眼精疲労を軽減してくれるものです。薄めているので量を多く作りました。キャップに少量たらし、目の窪みに当て込んで瞬きするだけで汚れを落としてくれるものです。押し込んでも目の周りにキャップの跡がつかないように、縁は柔らかな素材でできています。是非一度使ってみてください」
一番効果の弱いポーションを勧めてみる。
目薬と言えばどうしても目にさすときにポイントを外してしまったり、無駄打ちすることが多いからね。だから子供でも扱えるようにしたこの目薬。
薬効を押さえ込んだからこその安さと扱いやすさがウリなのだ。
伯爵様と夫人がそれぞれ試し、これは……と驚きの声を上げていた。
ちなみに持ち込む前に家令さんやメイドさんたちにも使ってもらって信頼は得ている。
家令さんからは既に三つもご購入して頂けたし、もしここで売れなくても僕としては太いパイプが繋がった思っている。
「凄いな。扱いやすさもそうだが、効果も抜群に効く。これで最下級なのだろう? 先ほど紹介されたあれはなんなのかますます興味が湧いて来た」
「ええ、そうね。お手軽に購入できるのだったら私の方でも近隣の奥方様達にお伝えしますわ。書類仕事の他に針仕事をしている方も最近目の疲れを気にしていらしていたもの。これを一度使用したらきっとすぐに飛びついて来ると思うわ」
何故か安い方が絶賛だった。僕としては高い方を売り込むつもりだったがアテが外れたな。
だがもう一つの方で勝負する!
「そして最後にこれは眼精疲労だけではなく、肉体疲労にも効くポーションになります」
「ポーション……目薬ではなく?」
「はい。味は少し苦味はありますが、飲める程度に仕上げています。メイドさんたちにもご好評で、定期購入したいとの声を頂いています。ぜひご賞味ください」
「ならば頂こう。主人として君の錬金術の腕を評価しなくてはいけないからな」
伯爵様はゴクリと一気に呷り、そして少しの苦みに表情を歪めた。
しかしその直後、瞬きを数回繰り返して肩を回した。
嘘みたいに蓄積していた疲れが飛び去ったようだ。
そして僕に向き直りながら語気を強める。強めてしまう。
「いくらだ?」
それは買う以外の選択肢を持たない瞳だった。
「銀貨20枚を予定しています」
「買った」
「ありがとうございます」
「旦那様が即決で購入するなんて珍しいわ。そんなに良いものなの?」
「ああ。ここ数日、いや、数年規模で蓄積していた肩周りの凝りと持病の域にまで至った眼精疲労と頭痛が改善した」
「そんな! あれ程かかりつけのお医者様に頼っても治らなかった持病が治ったと言うの?」
「是非うちのお抱え錬金術師として抱き抱えたい。そう思っている」
伯爵様は本気でそう思っているのだろう。
だがその言葉を聞いて目を白黒させていたのは他ならぬ宿屋の女将さんである。
何しろそのポーションと同じものを手にしているのだ。
値段を聞いてびっくりしていたし、効果も物凄いと聞いて震え上がっていた。でもこの金額設定、貴族向けだからね?
平民にはもう少しお安くする予定だけど、はてさてこれは吉と出るか凶と出るか。
でもその前に。
「ありがたいお話ですが、今のぼ、私は平民です。ですので貴族の皆様だけにではなく、平民のみんなにも気兼ねなく買って頂ける商売にしたいと考えています」
「立派な考えだ。しかしこのまま手放すという選択肢を私は持ちあわせていない。そうだな、今後困ったことがあったら私の名前を使うといいだろう」
伯爵様が手を叩くと、そばに控えていたメイドが何かを持って伯爵様に手渡した。それは獅子をモチーフにした家紋入りの銀製の腕輪だった。
もしかしなくてもレオンハート伯爵家の家紋だろうと一眼でわかる。
それが僕の前にやって来て、メイドさんの手によって嵌められた。
ぶかぶかの腕輪は肌にフィットする様に縮むと、どれだけ振っても取り外せないものとなる。
「それをつけていればリビアの街では私の家族のような扱いをしてくれるはずだ。同時に私の息もかかっていると見えるだろう」
それは一見後ろ盾のようにも見えるけど、首枷のようなものであり、格上相手には効果がない飾りだと知らしめていた。
ただしスタートしたばかりの環境としてはこの上ない。
当然感謝の印どして土下座する勢いで頭を下げた。
貴族の仕組みは知らないが、伯爵って結構地位高いよな?
下手に逆らえば僕のようなチンチクリンに明日はない。
ここは従っておくのが吉だろう。
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