第2話 商談のお時間です
「ではついでにここ最近困ってることはありませんか?」
「客足の伸びが悪いのよねー。それをお客さんに言うのもどうかと思うけど」
「はは、それは確かに。ああ、ご紹介が遅れました。僕はこう言うものでして」
そう言いながら商業ギルドの通行証を見せる。
「おや、商人さんだったのかい。あたしゃてっきり……」
「てっきり、なんでしょう?」
「気を悪くしないでおくれよ?」
女将さんは声を潜めて奴隷商から逃げてきた奴隷じゃないかと宣った。
そんなふうに思いながらも客として宿泊させてくれるとはなんとも豪胆だ。
それともそれほどまでに客足の伸びに困っているのか。
「大丈夫です。少し長旅が続いてお風呂に入る余裕もなかったもので」
「そうかい。リビアには何をしに?」
「商売をしに、ですね。王国では何かにつけて貴族の後ろ盾が必要で僕みたいな駆け出しには敷居が高すぎました。
肩を竦める僕に帝国だって実力主義だよ、と女将さんが言う。
確かにその通りだ。しかし逆に言えば僕にだってチャンスはある。
「まぁ、そんなわけでして。僕の商売が上手くいくように女将さんにはクチコミをして欲しいのです」
「クチコミねぇ」
「今協力してくれるなら、なんとこちらの商品を一つタダで差し上げますよ」
「おや、上手いね。どんなのがあるんだい?」
食いついた。
タダという言葉には抗えないものがあるのか、それとも貰えるものはなんでももらっておく貧乏性なのか、どちらにせよこちらにとって都合が良い。
僕はマジックバッグの中から取り出した透明の瓶を次々とカウンターの上に並べていく。
「へぇ、ポーションかい。いいのかい? 買えば結構なお値段いくんだろう?」
「まだこの街にきたばかりですし、販売ルートも開けてません。お近づきの印にどうぞ。何本もとなると流石に厳しいですけど」
正直に言えばここに並べた商品はドングリの背比べに過ぎない。
けれどこう言い含める事で相手も商品をよく見てくれる。
一度気に入ってもらえればこっちのもの。
手に入れられなかったものが余計に気になるって寸法だ。
「効能を聞いても?」
「勿論です。まずはこの青い瓶に入ったポーションですが、これは疲労回復と神経痛、後は筋肉の痛みを解します」
「なんだって?」
「ですから疲労回復と神経痛、筋肉痛の緩和になります」
「そんなもの聞いた事ないよ……!」
女将さんの表情は疑いを強めるものになった。
確かにポーションといえば疲労回復がせいぜいだ。
疑うのも無理はない。
「僕からはそうだとしか言いようがありません。だから一つだけお試しで差し上げるんです。その上で嘘だというのだったらペテン師とでもなんでもおっしゃってくださって構いません」
「そこまでいうのなら、あたし自らが証人になってやるさ」
それからは別の商品を説明していく。
緑色の瓶に入ったのは毒消し効果にさらに消化器官の増幅、体温の増加効果を加えたホットポーション。
赤いケースに入れられたのはクリーム状の軟膏で、擦り傷や赤切れなどに効果を発揮するポーションだと教えた。
「聞けば聞くほど耳を疑うものばかりだね」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ。まだ疑ってるんだ」
「ではどれがお目に止まりましたか?」
「そうだね、あたしは……」
女将さんは迷うような手振りで、しかし真っ直ぐに青い瓶を掴んだ。
つまり肉体的に限界がきているのだろう。
「それではこちらの商品は引き下げさせてもらいます」
「明日の朝を楽しみにしてるんだね」
そう言って女将さんは奥に部屋に引っ込んだ。
やれやれ、気に入られたんだか、因縁つけられたんだか。
でも、顧客第一号だ。
実際にお金を払ってくれてなくても、僕の商品を知ってくれたありがたい人。
それはこの街でスタートする僕にとっての大きな一歩だと思っている。
ちなみに例の屋台に夕食を兼ねて買いに行ったら大層驚かれた。
「嬢ちゃん、人が悪いぜ。俺はもう心臓が飛び出るかと思ったんだからな?」
「勝手に驚いて失礼じゃない? 僕は深く傷つきました。お礼にこちらとこちらを所望します」
「がめつい嬢ちゃんだ。だが、今回ばかりはいい客引きになりそうだ」
「ふーん、どっちががめついのさ?」
「商売ってのはそういうもんなの。ほら、出来上がったぜ!」
きっかり二つ。鶏肉を唐揚げにして甘酸っぱいソースと甘味のあるホワイトクリームのかかったホットサンドである。
屋台の横の椅子で、そいつをおいしそうに頬張っているだけで店主の言う通り人がよく集まった。
「今日は世話になったぜ、嬢ちゃん」
何故か銀貨が二枚、僕の掌に置かれた。
「貰えないよ。僕は椅子に座ってタダで貰った商品を食べてただけだ」
「それでも、昨日より売れた。なーに、アルバイト料ってやつさ」
「そういう事なら遠慮なく。じゃあ僕からも店主にご褒美をあげようか」
「褒美だぁ?」
あからさまに訝しむ店主。
洗い物が多いのか、手にはあかぎれの跡が見える。
季節は冬に向かってきている。洗い物が多いのだろう、揚げ物が中心だと無理もないことか。
「言っただろう? 僕は商人だ。ここには商売をしに来たってさ」
「確かに聞いた覚えがある」
「それで、僕の商品がここで通用するか、使ってみて欲しいんだ。商品には自信があるが、見ただけじゃ手は伸びないでしょ?」
「確かにな。それでこれはどう使えばいいんだ?」
「簡単だよ。横にスライドして蓋を開けて、中のクリームをあかぎれた手に塗って一日おく。そうしたらあら不思議、傷や痛みはきれいさっぱり消えている。そういうものだよ」
「そりゃなんとも魅力的だが、いいのかい? タダでもらっちまって」
店主は赤い器を振って尋ねてくる。
買えば高いんだろう? とその表情は雄弁に物語っている。
「もし気に入ったなら他のお店の店主さんにも宣伝してよ。欲しいなら僕に言えば用意するからさ」
「商売上手だな。それくらいどうってことねーや。明日もバイトしに来るのかい?」
「しばらくはそれで宿代を稼ぐのもありかな?」
「それは助かる」
「僕とおじさんの容姿で変な噂立てられないといいね?」
「余計なお世話だ、ガキ!」
店主さんとはこれを機に気安い関係になった。
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