掌編野球小説『サウスポー』
夢美瑠瑠
掌編野球小説・『サウスポー』
小説・『サウスポー』
日本初の女性プロ野球選手・左ピッチャーの佐羽 須帆(さう すほ)の、セ・リーグ入団1年目の今シーズンの成績はさんざんだった。
2勝12敗2セーブで、しかもショートリリーフでラッキーな勝利を挙げただけだった。
4度先発したが、4イニング投げるのが精いっぱいで、防御率は7点台という体たらくだった。
可哀想なほどに滅多打ちされることもあって、被本塁打王になってしまった。
(しかしマウンドで立ち往生しながら涙目になっている姿が可愛いといって、別の意味で人気を博したりもした。)
技巧派で、縦に大きく落ちるカーブやシンカー、切れの鋭いフォークボールが武器だったが、高校野球や2軍ではかなり通用したものの、プロの壁は厚くて、球質が軽いうえに球速も135キロが精いっぱいなので、プロの歴戦の猛者、天才たちの恰好の餌食になってしまった。
須帆はかなりの美貌で、華奢な体格だがプロポーションも良く、肢体は伸びやかで、水着ショットもあるプライベート写真集が出版されるほど絶大な人気を誇っていた。
シーズン前は「天才美少女投手現る!」と騒がれて、全国を席巻する「須帆フィーバー」が起こり、日本中の話題をさらっていたが、肝心の実力が伴わないのでは、
やがて人気も退潮気味となり、「涙目姫」「人寄せパンダ」とか揶揄されるほどに、
だんだん世間も白けてきていた。
やはりプロは実力の世界だから、もしかすると今後の契約続行も危うい状況になった。
所属球団の東京ドジャースでは、須帆をどうしたらプロで本格的に通用する一流投手にできるか、連日1軍スタッフや監督の乃村克哉が秘策を練っていた。
「結局昔の日本人選手がメジャーでダメだったみたいな、絶対的な身体能力の差が決定的なんだなー今の処は」
「かといって女性の体力不足を一朝一夕に底上げするのには限界があります。どうしたらいいのか・・・」
監督の策士で有名な乃村がしばらく考えていた後に、ニヤッと笑って「こうしたらええんちゃうか」と話し出した・・・
・・・「わしが密かにメンバーを集めて極秘に活動させている、“乃村ID野球科学技術研究所”いうのがあるんや。そこで開発した特注の「揺れるボール」というのがある。普通のボールと重さも見た目も手触りも飛距離も全く見分けがつかないが、コルクと表面の皮革が特殊な材質なのでちょっと変化球が得意なピッチャーが投げるとものすごく上下左右にもう魔球みたいにグラグラ揺れるんや。杉下のフォークボールとか、フィルニークロのナックルボールみたいにな。
須帆は名うての技巧派や。もう速球とかは諦めて、50まで現役やったニークロの線を目指そうやないか。
勿論猛特訓させないと本当に1軍で通用する球が投げられるかは未知数やが、試してみる価値はあると思うぜ。」
スタッフたちは目を輝かせた。
「ニークロですか。なるほどその線がありましたね。球速ならオリックスだった星野投手並みにはあるんですからね。変化球をとことん磨くしかないですね。」
「あとはその特注のボールの交換とかやが、これは審判を仲間に巻き込むしかないな。
プロ野球を盛り上げるためや。相手がグルの八百長とは違うから、まずバレないような気がするよ。それにそうダーティーとも思わんな。
女というハンディキャップで、サラブレッドの荷重を調整するようなもんだからな」
・・・こうして「佐羽須帆フィルニークロ化計画」が極秘に開始された。
もともと野球センスには定評があり、変化球を操る能力には天才的なものがあった。
すぐにナックルボールをマスターした須帆は、極秘技術の「揺れるボール」のおかげで、ほとんど「七色の変化球を操る魔球使い」に変身したのだ!
キャンプで完成したそのナックルの切れは「ニークロをしのぐ」とまで噂された。
そうしてアンパイア三人を抱き込んで巧妙に特殊なシェイキングボールばかりを須帆には持たせるようにした結果、オープン戦では7勝1敗3セーブ、防御率は何と0.26と成績が飛躍的に伸びたのだ!
そして、いよいよペナントレースが開幕した。
そうしてなんと、絶好調のまま開幕戦の先発のマウンドに上がった須帆は、「七色の魔球」こと、ナックルやフォークやドロップが冴えに冴えて、凡ゴロや三振の山を築き、ノーヒットノーランを達成したのだ!
ヒーローならぬヒロインインタビューで感激して「ありがとうございました!」と、観衆の歓呼にこたえつつ、清らかな大粒の涙を流した須帆の可憐な姿は全国民の共感と感動の紅涙を絞った。
その後も順調に勝ち星を伸ばし、夏場には少しバテたが、「七色の変化球の魔女」は結局は22勝3敗という抜群の成績を残し、東京ドジャースも見事優勝を飾った!そうして須帆は、投手三冠王と、沢村賞、MVPまで獲得したのだ!「須帆フィーバー」は物凄く、社会現象になり、ファンレターがトラックいっぱいになるほどだった。
もう二度とこんな英雄のような女性投手は出現しないだろう、そういう趣旨の「ジャンヌダルク賞」というのが創設されて、特別表彰も行われた。
・・・ ・・・
「監督、ありがとうございます。監督と乃村ID技研のシェイキングボールのおかげです。でもこんなことになってしまって、バレても大丈夫なんですか?」
シーズン後、乃村に改めてあいさつに行った須帆はちょっと心配そうに尋ねた。
乃村監督は、ハハハハ!と大声で笑った。
「?」須帆は小栗鼠(こりす)のような顔にきょとんとした表情を浮かべた。
「あれは全部嘘だよ。シェイキングボールなんてものは無い。お前の素質と実力は分かっていたからな。自信を失っていたお前に自信を持たせるために作り話をしておいたんや。なかなかよくできとったやろう?」
知将は、こう言ってウィンクした。
<終>
掌編野球小説『サウスポー』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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