第7話

 とりあえず、じいさんと猫たちは放置だ、放置。どのみち俺たちはゴミ拾いと滑走路の整備、片付けにと奔走しなくてはならないからだ。

 明日は日曜で休みとはいえ、翌日に持ち越したくはないし、なにがあるかわからない情勢だからな。緊急発進スクランブルに備えておかないとまずい。

 別の同僚が緊急発進スクランブルに備えているからというのもあり、しっかりと片付けとゴミ拾いをしておかなくては。とはいえ、不思議と航空祭がある日は緊急発進スクランブルはないんだよなあ。

 そこはうちよりも緊急発進スクランブルが多い、那覇基地や三沢基地でも言えることのようだ。

 それはともかく。

 俺たちが外のことをやっている間、整備員たちには先にじいさんたちやT-4ブルー、CH-47とU-4、C-2をハンガーに格納してもらうのだ。他の基地から来ている大型の三機とブルー7機は、月曜に各基地へ帰投することになっている。

 また朝からマニアやファンが押し掛けるんだろうな……と遠い目になりつつ、移動する。


「コラー! ギンジ、キンタ! 牽引車TAGに近寄るんじゃない!」

「「にゃ~」」

「あーー! いつの間にかトラーズも来てるじゃねえか! ブルーに近づくんじゃない!」

「「みゃあ」」

「にゃん」


 うしろで整備員たちの焦る声がするが、俺たちにはどうにもできない。つうか、キンタが来るなんて珍しいな。

 キンタは猫たちのボス的存在で、尻尾が長い三毛猫のオスだ。そう、タマに引き続いて貴重なオスだったりする。

 三毛猫のオスは生まれにくいと聞いてはいるが、なぜかオスがいるんだよ。もちろんメスが生まれる確率のほうが高いが、それでも数年に一度の割合で、オスが生まれると聞いている。

 とはいえ、不思議とオスの三毛はボス的存在になるらしく、世話をしている上長によると、タマで四代目になる、らしい。キンタ以外のオスは、その時世話をしていた上長がもらい受け、大事に飼っているんだそうだ。

 そういう意味では、野良としては破格の十八歳ととても長生きだ。人間だと八十八歳のじいさん。

 だというのに、キンタは他の老猫と違って長い時間寝ることもボケることも、足腰が弱いとか耳が遠いなんてこともなく。仔猫と遊んては躾をしたり、雀を追いかけて飛び回ったりしている姿を見かける。うん、元気なのはいいことだ。

 ただな……キンタの尻尾、たま~に二本あるように見えるんだよな……。まさか、猫又じゃないよな……まさかな…………。

 十八歳だと聞いてはいるが、もしかしたらもっと長生きしているのかもとも感じている。なにせ、俺が百里に配属になった時点で、十八歳だと聞いていたんだ。

 それが、なぜかずっとずーーーっと十八歳だと言われている。……まるで、何かの妖術やら魔法がかけられているかのように、誰も気にしないし、毎年十八歳だと聞くのだ。

 ……永遠の十八歳ってか?

 そのことに疑問を持っているのが俺とシェードだ。もしかしたら、藤田一佐も感じているかもしれん。

 とはいえ、俺たちは気づかないふりをしているし、恐らく一佐もそうだろうと考えている。下手に藪を突いて、キンタを怒らせるようなことはしたくない。

 なにせキンタはマジで凄い猫なのだ。


 たとえば、どこかにモンキーレンチを置き忘れたとしよう。本人はどこに置いたか覚えておらず、思い出しながらも必死に探す。

 すると、「にゃあん!」と鋭い鳴き声がしてその場所に行くと、キンタがてしてしとモンキーレンチを叩いていたとか。


 たとえば、あり得ないことだが牽引車TAGのキーをポケットから落としたとしよう。話しながら歩いていて落とした音に気づかず、牽引車TAGまで行ってないことに気づく。

 慌てて戻るとそこにキンタがいて、まるで咎めるように「にゃん!」と鳴いたとか。


 他にもいろいろあるが、キンタがいる時にそういった失態を犯すと、必ずキンタが助けてくれるのだ。

 しかも、本人がどこに置いたのかわからない時に限ってキンタが助けてくれるものだから、助けられた本人は感謝しきりだ。本当に不思議な猫なのだ、キンタは。

 そして俺とシェードも助けられたことがある。

 何年か前の航空祭で、スペシャルマーキング――スペマ機の展示飛行を行うことになった。俺とシェードはその機体に搭乗することになっていた。

 ある程度の準備を終え、いざキャノピーを閉めてタキシングしようとしたら、なんと俺のシートの下からキンタが出てきたのだ。慌てて整備員に声をかけて一回エンジンを切り、梯子をかけてキンタを下ろしてもらおうとした時だった。

 遠くで悲鳴に近い鳥の鳴き声と、すぐにロクマルが降りてきて整備員が走り寄っていく。何事かと思えば、鳥がロクマルが生み出す風に巻き込まれ、そのまま機体にぶつかったらしい。

 俺たちはロクマルが去ったあとに飛び立つはずだった。もしあのまま滑走路に出ていたらバードストライクが起こっていた可能性があり、下手すると爆発炎上していたかもしれなかったのだ。

 その可能性を考えた時、ゾッとして背中に冷や汗が流れた。もしキンタが座席から出てこなければ、俺たちは既に飛び立つ直前だったはずなのだから。

 その他にも、キンタはじいさんだけじゃなくロクマルやT-4、F-2に対しても発進を邪魔するようなことを度々起こし、その都度何かしらのトラブルを回避できた状況になっている。

 だからこそ、キンタがシート下から出てきても誰も文句は言えず、逆にキンタがその機体から出てくれば何かあると考えて総点検し始める始末。もちろん、何かしらの問題が見つかるんだから、整備員としても俺たちとしても、怒るに怒れないのが現状なのだ。


 マジで凄い猫だろう?

 というか、そういう時に限って、尻尾が二本に見えるのはなんでなんだろうな。

 年齢のことといい尻尾のことといい、じいさんと一番最初に意思の疎通を見せたのがキンタだという噂もあることから、やっぱキンタは善い猫又なんだろうな。


 なんて考えつつ、ゴミ拾いをした。

 そして全ての片付けとゴミ拾いが終わり、一息つく。


「にゃあん」

「キンタか。お手柄だったんだってな。いつもありがとな」

「にゃん!」


 珍しく甘えた声で俺の足にすり寄ってくるキンタ。尻尾がピンとたっていることから、嬉しいんだろう。

 そんなキンタの頭や尻尾の付け根を撫でると、キンタは喉をごろごろと鳴らしてもっと甘えてくる。

 キンタのお手柄。それは、ハンガー内に展示していたじいさんのタイヤに、ネジが刺さっていたのを見つけたからだ。

 俺たちがゴミ拾いをしている時、キンタは仔猫たちの様子を見つつ、ハンガー内に展示していたじいさんのタイヤをずっとてしてし叩いていたらしい。あまりにもにゃーにゃー鳴きながら叩くものだから、整備員の一人がおかしいと思って近寄り、キンタが叩いていた場所を見ると、ネジが二本刺さっていたんだそうだ。

 いつ刺さったのか皆目見当もつかないが、もし地上展示ではなく展示飛行をする機体だったと思うとゾッとする。故に、お手柄となった。


「いつか、じいさんだけじゃなく、お前とも話してみたいな」

「にゃん」


 軽い感じで鳴いたキンタ。


 ――そのうちな。


 豚の顔をして紅いサボイアに乗っている男の声優のような低く渋い男の声で、そう言われた気がした。


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