第6話
ウォークダウンから始まって各種点検、キーパーとのやり取りを終えてタクシー・アウト。管制とのやり取りを経て一回スモークを吐き出し、空へと上がるブルーインパルス。
まずは一番機から四番機によるダイヤモンド編隊飛行、そして五番機と六番機によるローアングルキューバンテイクオフ。ブルーインパルスの展示飛行は、ここがスタートともいえるだろう。
見ていて毎度思うが、五番機が滑走路にほど近い超低空飛行から、一気に真上へと上がるローアングルキューバンテイクオフは、相当な
もちろんそれは他の四機にも言えることで、円を描くために横回転するものは、軽くても3Gはかかっているはずなのだ。見ている分には綺麗に並んだ編隊と演技ではあるが、操縦桿を握っているパイロットはかなり過酷な状況といえる。
五番機以外の五機で形作る、スター&クロス。
六機で360度横回転して花びらを
四番機、五番機、六番機、または五番機と六番機によるキューピッド。キューピッドは四番機が矢の部分を担っているため、基地や演技する場所によっては矢がない場合もある。
そしてコーク・スクリューと呼ばれる、直進する五番機を中心にして六番機が三回バレルロールを行う演目は、コルクの栓抜きのような軌道がスモークで描かれる。
他にもたくさんあるが、広報用や内部映像、マニアやファンが撮影したものを見るたびに、唖然としたものだ。
今日も今日とて雲ひとつない青空に、
観客の歓声はこの時間帯が一番多く、人の動きもほぼ止まる。夢と希望、感動を与えるブルーインパルスの演技は、広報を担っている彼らの面目躍如といったところか。まさに脱帽ものだ。
ブルーインパルスの展示飛行が終わり、エプロンに戻ってくると観客が移動し始め、早くも帰路に着くものが出始める。この段階で観客を誘導しつつ、ゴミの確認だ。
ブルーが終わると、俺たち
彼らは少しばかりの飛行展示をしたあと、そのまま小松基地へと帰る。
滑走路に出ると空へと舞い上がる
これで全てのプログラムを終えたことになる。
ちなみに、他基地所属のC-2とT-4ブルーインパルスは、明日帰投する予定だが、天候によってはその限りではない。
あとは、閉門時間である十五時ギリギリまでいるマニアやファンたちの質問に答えつつ、片付けを始める。それと同時に残っている人間にすぐに帰るよう、無言で促すのだ。
そこまでやると、残りは掃除と片付けをすれば、航空祭は終わり。
なんだが。
観客がいなくなり、手分けして他の機体を
それに慌てたのは俺たちで、ブルーのキーパーたちはのんびりと猫たちを見ている。おいおい、大丈夫なのか⁉
「お、百里にも猫がいるのか」
「
「「「にゃあん」」」
「人懐っこいなあ、お前ら」
甘えるようにすり寄ってきた猫に、わざわざかがんで頭を撫でるキーパーたち。しかも、猫たちがブルーの脚に頭と体を擦り付けても、苦笑するだけに留めている。
「「「って、いいのかよ!」」」
「掃除は大変だが、傷をつけなければいいさ」
なんとも寛大だな。
松島の猫たちはどうなのか聞くと、写真を撮りに来ているマニアの数が多いからなのか、全くと言っていいほど近寄ってこないんだとか。来ても官舎があるところくらいで、ハンガーがあるような場所には近寄らないらしい。
だからこそ、うちの猫たちの様子が珍しいんだと。
「は~……さすがはブルーさんだな」
「まあ、まだ悪さしていないしな」
「この子たちはどうなんだ?」
「じいさん限定だが、コックピットに入って寝るわ、脚にじゃれつくわで掃除が大変なんだよ」
「へえ! T-4よりも高さがあるのに、コックピットに上がるのか!」
「階段がある時限定だけどな」
お前たち、凄いな! とキーパーたちに褒められ、得意そうに「にゃん!」と鳴く猫たち。
「「「おーまーえーらー!」」」
「にゃあん」
「にゃあ~」
「「「甘えて鳴くんじゃねぇ!」」」
「あはははっ! 息ぴったりだな!」
猫に突っ込みを入れていたら、キーパーたちに笑われた。くそう、猫め!
七機のブルーの脚にじゃれついた猫たちは、バイバイをするかのように尻尾をふると、じいさんのところへと行く。そのままじいさんたちの脚元にじゃれつき始めた。
『おや、今日は来ないと思ったんじゃがのう』
『来たのか』
「「にゃあん」」
「お、猫が鳴いたな」
「可愛いな」
「「「…………」」」
微笑ましそうに猫を見る、ブルーのキーパーたち。猫の毛がないか点検しつつ様子を窺っている。
その声と彼らの動きを見る限り、じいさんたちの声が聞こえていないというのが伺える。
なんと羨ましいことか。あのじいさんたちの声が聞こえないなんて。
やっぱり、
「「…………え?」」
俺とシェードの声が重なる。
なんと、じいさんの傍に1970年代に着ていたパイロットスーツや、白髪をオールバックにし、着物と羽織を身に着けた精悍な顔をした老齢の男たちがいるではないか!
なんでこんなところにと声をかけようとするが、彼らは透けている。そのことにシェードと顔を見合わせ、もう一度彼らを見て目を丸くする。
彼らは猫を見て優し気に微笑み、しゃがんで猫を撫でる。猫たちも甘えるように尻尾をピンとたてて頭と体をこすりつけ、ごろんと横になって気持ちよさそうに撫でられて喉とゴロゴロと鳴らしているのだ。
「「…………マジかぁ……」」
小さく呟き、溜息を吐く。嫌な感じはしないし、幽霊の類とはまた違った雰囲気を醸し出している男たち。
どちらかといえば清廉な雰囲気で、神社にお参りに行ったような雰囲気の男たちだ。
「シェード、あれは……」
「たぶんだが、じいさんたちの姿だと思う」
「え……」
「神様たちの雰囲気に近いから、付喪神となったじいさんだろうな」
「やっぱりか……」
二人でコソコソと話し、またもや同時に溜息を吐く。そうこうするうちに男たちの姿はすぅっと消えた。
それでも猫たちはそのままの姿だから、いまだに撫でられているんだろう。
「「……まあ、いいか」」
「悪さするなよ」
「じいさんたちも悪ささせるなよ」
『おや。ジッタ坊以外では初めて聞こえたぞい』
『儂らの姿も見えたようじゃしのう』
『これでジッタ坊と猫たち以外とも、話ができるのう』
『楽しみじゃのう』
「「……」」
俺とシェードは、初めてじいさんに認められたような気がして、なんだか嬉しかった。
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