第4話

「おーい、苦情が来たぞ。だってよ」


 シャッターを完全に締め切った直後、整備班の統括班長が建物へと続く扉から、ハンガー内へ飛び込んできた。これから明日の航空祭に向けて、滑走路の保全点検をするところだというのに、だ。

 滑走路の点検はとても大事で重要だ。ゴミどころか石ころひとつ落ちているだけで、タイヤが破損する可能性がある。そしてゴミはエンジンをダメにするのだ。

 それを防ぐためにも、滑走路の点検は欠かせない。

 結局、滑走路の点検と警邏けいらの手伝いとで人数を分けることに。まあ、滑走路に関しては、他の連中もやることだし、統括班長からってことは上から出された指示なんだろう。


「どのみち、警邏だけでは手が足りんからな。今日と明日、我慢すればいいだけだ」

「そうは言うが、に関してはほぼ毎日のことだろう?」

「まあな。写真を撮りに来るのは勝手だが、マナーくらい守れって話だよな」

「ああ。近くでは民間航空機も離発着してるってのに、迷惑な話だよ」

「それな」


 フェンスに向かって歩きながら、全員でぼやく。

 基地に来る苦情は様々だが、自衛隊の人気が上がるにつれて、とあることが問題になっていた。それは、一部マナーがなっていないマニアによる、地元民の私有地や畑への不法侵入とゴミのポイ捨て、無断駐車だ。

 そして、俺たちが話す

 地元住民たちの苦情は不法侵入とゴミのポイ捨て、無断駐車が一番多いが、中にはの情報を知らせてくれる住民や、心あるマニアがいるのも事実。

 この場合のは、マナーの悪いマニアがいい写真が撮れるよう、場所取りのために置いていった脚立やブルーシートのことをいう。しかも、持っていかれないよう基地のフェンスにロックチェーンをして帰るという、とても悪質なものだった。


「県警に連絡は?」

「した。『先に通報者からご連絡をいただいていますが、またですか』と、苦笑されたけどな」

「仕方ないよな、航空祭間際は。まあ、普段もだが」

「一部だけってのはわかってるんだが、そいつらのせいできちんとマナーを守ってる奴も同じように言われるって、わからんのかね」

「わからないから平気でやるし、自己中なんだろうさ」


 ブツブツと文句を言っている間にフェンスに着く。そのままフェンスに沿って歩くと、二十代くらいの男が二人と警察官が一人立っているのが見えてきた。

 彼らの近くにはパトカーも停まっている。


「ご苦労様です」

「毎度申し訳ありません。こちらこそ助かります」


 警察官は顔なじみの男だった。陸の自衛官並みに体格のいい男だが、優男風な面立ちだ。

 彼に謝罪し、警察官と一緒に男二人から事情を聴く。彼らは今日の予行と明日の航空祭のために他県から来た者だそうだ。

 泊まるホテルでチェックインしたあと、基地の場所を確かめるために徒歩でここまで来た。そして先ほどまでやっていた予行の様子を写真に撮ったり、動画を収めていたという。

 彼らが来た時、ここには五十代くらいの男性が三人いて、白い望遠レンズを構えて写真を撮ったり話をしながらタバコを吸っていたそうだ。そのタバコも携帯灰皿などを使うことなくそこらに灰を落とし、タバコ自体も地面に捨て、靴先で火を消していたらしい。


「注意しようかと考えたんですけど、トラブルになっても困ると思って……」

「それに、なんだか雰囲気が悪いというか、自分たちさえよければいいみたいな話もしていました」

「そうですか。下手に関わらなくて正解です。場合によっては、傷害事件に発展しますから」


 警察官の言葉に、若者二人は青ざめた。

 ほんと、注意しなくてよかったよ。

 その男たち三人にできるだけ関わりたくなくて五メートルほど離れた場所で写真を撮っていたが、二時間ほど写真を撮って満足したのか、荷物を置いていたブルーシートや脚立をそのまま置き、尚且つ脚立は持っていかれないようチェーンまでして「これでよし!」「明日は最高の場所で撮れるな!」と、機嫌よく車に乗り込み、去っていったという。

 しかも、飲み食いしたゴミを持ち帰ることなく、そのままだったらしい。

 さすがに見ていられなくなった二人は、車が見えなくなってから行動を開始。一人が先に基地と警察に連絡している間にもう一人がゴミ拾いをし、電話が終わった彼もゴミ拾いをしたそうだ。

 綺麗になったところでパトカーが到着。話をしようとしたところに、俺たちも来たんだと。


「ゴミは俺たちが持って帰ります」

「いえ、こちらにお願いします。このも一緒に持って帰りますので」

「……わかりました。それでは、お願いいたします」

「はい」


 ゴミが入ったコンビニの袋を警察官に渡す、若者たち。その後は警察官に渡された書類に書き込んだ。


「あの、大変でしょうけど、応援しています」

「明日の航空祭、楽しみにしてますね」

「ありがとうございます。精一杯やります」

「「こちらこそ。ありがとうございました!」」


 若者たちは俺たちを激励すると、嬉しそうな顔をして、警察官にも挨拶をして帰っていった。それを見送ったあと、警察官を含めた全員が溜息をつく。


「これ、切っていいんですよね?」

「お願いしてもいいですか」

「ええ。恐らくそちらの備品だと、カットは難しいでしょうし」

「ですね。そろそろ回収車も来ますので、それまでにお願いします」

「わかりました」


 警察官と話したあと、シェードが持ってきていたチェーンカッターを使い、脚立とフェンスに括り付けられていたチェーンを切っていく。残っていた脚立は全部で五台、ブルーシートが二枚。

 恐らく、三人のおっさんたちや彼らの仲間のものだろう。

 ホント、年齢に関係なくマナーのなってないのはどこにでもいるよな……と、つい愚痴ってしまう。

 その後、到着した回収車が脚立とブルーシート、ゴミを回収し、貼り紙をする。もちろん、おっさんたちへの警告と連絡先が書かれているものだ。

 タバコの吸い殻もゴミと一緒に回収されているからなあ。憶測だが、他でも同じことをしてないか確認のために、回収したんだろう。

 タバコの吸い殻には唾液が交じっているだろうから、DNA検査に回すのかもしれないし。

 本当のところはどうであれ、悪質だとわかったら逮捕もあり得るからな。それが嫌なら、きっちりマナーを守ってほしいもんだ。

 それらが続くと、こっちとしても撮影お断りとして、その場所を封鎖しないといけなくなる。

 実際、別の基地で撮影スポットだった場所があったのだが、あくまでもそこは基地内の土地であり、こちらが黙認していただけだ。

 それを自衛官が注意をしたにもかかわらず、何を勘違いしたのか、マナーがなってない数人のマニアが悪質な行為を繰り返した結果、その撮影スポットを含めた場所を封鎖し、基地の関係者しか入れなくしているのだ。

 マナーを守って撮影していた人もいたようだが、こっちにしてみれば個人の判別ができない以上、全面的に禁止にせざるを得ない。


 話は脱線したが、明日の航空祭のことで警察官と少し話をしたあと、その場を離れる。念のため、他にもないか確認するのだ。

 フェンスに沿ってぐるりと回ると、まるで隠すように草や枝を敷き詰めた下に、脚立とピクニックに使うようなシートが隠されていたのを見つけた。もちろんチェーンで固定してある。

 すぐに基地と警察に連絡すると、五分も経たずにさっきまで話していた警察官と一緒に、回収車も来た。


「ああ~、これはさすがに悪質ですね……」

「ああ。ゴミはないようだが、公道の草木を勝手に切っていますしね。これはさすがにダメでしょう」

「そうですね」


 またもや全員で溜息をつき、俺たちがチェーンをカットしている間に、回収に来た人たちと警察官が草や枝を取り払う。出て来たのは脚立が三台とシートが二枚だ。

 脚立はひとつだけがフェンスに括り付けられ、残りはその脚立にチェーンを巻いて繋ぎ、持って行かれないようにしていた。それも回収した警察官は、先ほどと同じように貼り紙をしている。

 そして俺たちはまた移動。


 結局、フェンスに括り付けてあった脚立があったのはこの二ヶ所だったが、他にもう二ヶ所、草や枝で隠すようにしていたのが見つかる。

 ほんと、マジで勘弁してくれと悪態をつきつつ、建物があるほうへと戻ったのだった。


 後日聞いた話だが、全部の箇所に脚立をした人間が全員逮捕されたらしい。どうも他でもやっていたらしく、さすがに悪質なのと反省していないと判断され、逮捕に至ったそうだ。

 実際は本当のことなのかどうなのかわからないが、火のないところには煙は立たないと言うしな。これに懲りてしっかり反省してくれ。



*******



このお話はフィクションですが、脚立を基地のフェンスに括り付けている写真を、SNSで何度も見たことがあります。本当に回収されるのか、やった人が逮捕されるのかは知りませんし、調べた限りでは出てきませんでした。

ただ、実際に地元住民や基地が迷惑をしていることは確かで、撮影していた場所を封鎖した基地があります。

そこはご理解ください。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る