第3話
奥に入っていたタビ―たちを外に出したあと、猫の毛を綺麗に取り、なんとか空へ上がる準備が整う。その間、じいさんたちはひたすら『猫ちゃあん……』と泣いていた。
「いい加減、喧しいわ!」
「そろそろ飛ぶんだから、黙っててくれ!」
『猫ちゃあん……。おお、そろそろ空中散歩かの? さすがに今日は疲れたのう』
「「疲れた言うな!」」
ブツブツと文句を垂れるじいさんに、シェードと一緒に突っ込む。が、じいさんには俺たちの声が聞こえていないわけで……。
管制から離陸許可が出た途端に黙るじいさんに、シェードと一緒に溜息をついた。
不思議なことに、管制からの声は聞こえているようなんだよな。無線――機械を通して聞こえる声だからか? だからわかるのか?
理屈はさっぱりわからんが、そのまま離陸して、四機で編隊飛行。明日の航空祭で披露するものだから、そこは念入りにチェック。
とはいえ、前日から張り付いているマニアなどがいるから、秘密なんて言葉は、あまり意味をなさないけどな。
四機でひし形の編隊を作り、ダイヤモンドテイクオフからのダーティーターン。
そして二機並んで左右に分かれるアウトブレイクからの背面飛行。
そして斜めに四機並んだ状態の編隊飛行、エシェロン。
そこからまたダイヤモンド編隊に並び替え、ファンブレイクから360度水平に旋回する、ダイヤモンドスリーシックスティー。
どれもブルーインパルスがやる演目ではあるが、じいさんの機体でもこれくらいまではできる。とはいえ、古い機体だからあまり無理はできないが。
他にもいくつか演目を一通り終え、着陸。途端に騒がしくなるじいさんに内心溜息をつき、ハンガー前に戻ってくる。
『猫ちゃんはおるかのう?』
『
『日向ぼっこしておるかもしれんのう』
『ジッタ坊が連れ去ったかもしれんのう』
『いやいや、さすがにそれはないじゃろ。今は空におるようだしの』
『そうじゃな』
『なら、整備の奴らか?』
『家に戻ったかもしれんしのう』
「「「「…………」」」」
キャノピーを開けた途端に聞こえて来た、
確かに猫は可愛い。が、じいさんたちは精密機械を搭載した、戦闘機だ。
じいさんたちの考えはさっぱりわからないが、猫が来るようになってからご機嫌なのも事実だ。そしてじいさんの機嫌がいいと、機体本体とエンジンも調子がいいのも事実。
……だからこそ、怒るに怒れないというのも事実なわけで。
日本におけるじいさんたちの一部は
特に製造元であるアメリカでは、とっくに全機運用していない状態だ。それでも、日本を含めた数か国は未だに運用している機体なのだから、それだけ運用・実用性のある機体なのだろう。
とはいうものの、〝話す〟ということを考えると、廃棄しても大丈夫なのだろうかと心配にもなるわけで。
そこまで考え、頭を振る。
それは考えたらダメなやつだ。
どう考えるか、どう感じるかはじいさんたちであって、俺たちが同情していいものではない。
同情したからといって、じいさんたちが助かるわけでもないし。
機械である以上、どんなにメンテナンスをして大切に扱っていたとしても、いずれは終わりが来る。それは機械に限らず人間にも言えることなのだ。
そんなことを考えていると、ハンガーに着く。今日はもう飛ぶことはなく、じいさんたちはこれから整備員によって
つまり、じいさんたちいわくの
そうなるともう、猫たちのことしか話さないわけで。
明日は航空祭だというのに、そんなに浮かれてていいのか? とは思うものの、前述の通り猫がいるとじいさんの機嫌がよくなり、エンジンも機体も絶好調になる。すでにキャノピーは閉められているので中に入られることはない。
あとはエンジン内や車輪が出ているところから内部に入られなければいいだけだ。まあ、不思議と猫たちはエンジン内や車輪から内部に入ったことはないんだが。
とはいえ、猫の毛がくっつくと掃除が大変なことに変わりはない。
そうこうするうちにじいさんたちがハンガー内に運ばれてくる。牽引車を操る整備員をいつ見ても感じるが、きっちりピッタリ指定場所に収めるその技術に脱帽する。
それに加えてじいさんたちのメンテもしているんだから、本当に凄い。
まあ、中にはメカオタクといえるような、機械を愛する整備士もいるが、そこは似たり寄ったりなので目を瞑っている。
そして
「にゃあん♪」
『おお、おお! よくきたのう』
「にゃあぁん♪ にゃあ」
『そうか、そうか』
『仔猫たちはどうしたんじゃ?』
「にゃん、にゃあ」
『お昼寝か。それは残念じゃのう』
……相変わらず、じいさんと猫たちだけで通じ合っているのが凄いというかズルいというか。あれか? 俺たちは猫よりも劣るってか?
とはいえ、猫はこの世に非ざるモノが見えると言われているし、長く生きた猫は尻尾が二本になる
とはいえ、この基地にいる猫たちはじいさんと話しているのは確かなわけで……。
「きっと、波長が合ってるんだろうな」
「俺もそう思う」
「あ~……、お前たちが言うなら、そうなんだろうな」
「お前たちの実家は寺と神社だもんな」
「「喧しいわ!」」
俺とシェードが同時に叫ぶ。俺の実家は寺で、シェードの実家は神社だ。うちはともかく、シェードは代々神主をしている家系とかで、それはもう本人も不思議な雰囲気を醸し出していたりする。
しかも、じいさんに乗る前は必ず小声で何か言っているのだ。憶測だが、
そんな事情があり、俺とシェードが一番じいさんたちの声が聞こえるのだ。
俺たちがそんなやりとりをしている間にも、じいさんたちと猫の会話は続く。
「にゃぁん、にゃー」
「にゃー」
『そうか、そうか』
『たくさん飲んで、たくさん遊んだのか』
『じゃが、儂らの脚やお腹に入るでないぞ?』
『お主らが死ぬことになるからの』
「「にゃっ!」」
おいおい、聞き捨てならないことを言ってるじゃないか!
「「……マジかー」」
「じいさんたちが注意してたのかよ……」
「どうりで猫たちは機体やエンジンの中に入らないわけだ」
「それでも、コックピットに入るのはなんでだよ!」
「どっから入ってるんだ!」
「「にゃあん♪」」
「にゃあんじゃねえーー!」
パイロット四人と複数の整備の人間の声が重なり、同じ突っ込みを入れる。とはいえ、猫たちはご機嫌な様子でじいさんたちの足にじゃれついているのが癪に障る。
まったく……と溜息をついたところで、自由気ままな猫様だ。誰かの「そろそろハンガー閉めるぞ」の声に、猫たちを追い出す。
『明日、またおいで』
「「にゃん」」
「おいでじゃねえ! 明日は航空祭だ!」
猫同様に、じいさんの言葉にイラっとしつつ。
猫を追い出し、ハンガーのシャッターを閉めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます