第2話
飛行訓練を終え、滑走路に着陸する。午後は四機揃って航空祭に向けての展示訓練をする予定なのだが。
『相変わらず、降りるのが下手じゃのう。儂の足と腰にきたぞい。ジッタ坊はもっとこう、ふわっと着陸しとったぞ、ふわっと』
「「喧しい! 一佐と一緒にすんな!」」
『もっと精進せい。ジッタ坊は楽しそうに飛んでおったのにのう……。それにあ奴は――』
「「無理だから!」」
着陸した途端、これだ。飛んでる間の俺たちのことを、ああでもないこうでもないと、話すじいさん。会話が噛み合っているようで微妙に噛み合ってない、じいさんの指摘に折笠一尉ことシェードと一緒に突っ込む。
突っ込んだところでじいさんには聞こえておらず、ひたすらジッタ坊はああだったこうだったと、まるで孫の自慢をするかのように繰り返し話すのだ。
じいさんが話すジッタ坊とは藤田一佐のことで、彼のタックネームがジッタだったことからきている。数年前まで
その前はブルーインパルスの四番機に乗っていて、アグレッサーの研修にも行ったことがあるそうだ。
現在はこの基地で、教官として教えている。
たまに基地の食堂で見かけるんだが、既に四十半ばを過ぎたというのに、色気が半端ない。しかも、周囲の女たちに言い寄られようが、塩対応。
――噂には聞いてはいたが、マジで塩対応なんだ……。
初めて藤田一佐を見た時は唖然としたものだ。
一佐の同期や先輩によると、あれでも充分笑うようにはなったらしい。その前はもっとひどい塩対応で、変わったのはブルーインパルスの四番機に乗り、奥さんと出会ってからだそうだ。
ブルーインパルスを卒業し、この基地に戻って来た時には明らかに雰囲気が柔らかくなっていたし、笑みを浮かべることも格段に増えたというんだから驚きだ。
そういえば、一度航空祭に奥さんとお子さんが来た時に案内している姿を見たが、その時はとても機嫌がよさそうで、満面の笑みを浮かべていたことを思い出した。
今年も来るんだろうか。
まあ、そんな一佐の話はともかく。
『猫ちゃんと戯れるんじゃ~』
タキシングしつつ、写真を撮っているマニアが見えたから手を振ると、奴らも嬉しそうに手を振り返してくる。あれだ、ご主人様に呼ばれた大型犬のように、尻尾をブンブンと振る幻影が見えた気がする。
悪さすんなよーと思っているとあっという間にハンガー前に着き、誘導に従って機体を停める。点検後にエンジンを切った途端に機嫌がよくなるじいさん。
隣に停まった僚機のコックピットを見れば、彼らも渋面になっていることから、俺たちと似たようなことを言われたんだろう。
降りてすぐに並んで歩き始めると、「一佐と比べられたよ」とぼやいていた。
「やっぱりか」
「こっちもだ」
「しかも、猫と戯れるんだと煩くてなあ」
「無理だよな」
「ああ。猫が来るとは限らないし」
だよなあ……なんて話ながらハンガーへと向かう。その途中でタタタッと軽快な音がしたと思ったら、別方向から今朝も見たギンジがタビ―を咥えて走ってくるのが見えた。
その前には真っ白い猫が、うしろには三毛の仔猫を咥えた黒猫がいる。
「「「「おいおいおい」」」」
『猫ちゃーん♪』
『ちっこい子も来たんか~。めんこいのう~♪』
「「にゃあん」」
「にゃ~」
「「みゃあ~」」
まるでじいさんの声が聞こえているかのように、機嫌よく返事をする猫たち。それぞれの脚元に頭と体を擦り付けたあと、仔猫たちが団子になって遊び始めた。
ギンジは見守るつもりなのか尻尾を揺らしながら仔猫を見つめ、白猫と黒猫はもう一機のほうへと移動している。同じく挨拶をしに行ったのだろう。
白猫はメスでシロ、黒猫もメスでクロ、三毛猫はオスでタマと、なんとも安直な名前の猫たちではある。が、すでに名前として認識してしまっているからなのか、名前を呼ぶと反応する。
とはいえ、なかなか返事してくれないんだけどな。せいぜい尻尾を揺らすか、耳を動かすくらいだ。
って、そうじゃない!
『そうかそうか。ご飯をいっぱいもらえたんじゃな』
「にゃあん♪」
『残りの子たちはどうしたんじゃ?』
「にゃん、にゃあ~」
『昼寝をしとるのか……。残念じゃのう……』
「「「「…………」」」」
やっぱ、会話してねえか? じいさんと猫たち。もしかして、俺たちよりも猫のほうがよっぽど優秀なんじゃ……!
く、悔しくなんてないからな!
とはいえ、俺たちはこれから昼飯で、ずっと猫とじいさんを見ているわけにはいかない。かといって猫たちをそのままにしておくわけにもいかず、どうしたもんか……と考えていたら、先ほどまで話が出ていた、藤田一佐が来た。
『ジッタ坊~、久しぶりじゃのう~』
『おお、おお! 立派になって!』
「喧しい。まーたあれこれ、現役のパイロットたちに文句垂れてんじゃないだろうな」
『そんなことせんわい』
『儂もじゃ』
こらこら、嘘をつくんじゃない!
そんな彼らの声がしっかり聞こえているらしい一佐は、疑わしそうにじいさんたちを交互に見る。つうか、意思の疎通ができてないか? 一佐とじいさん。
「本当か? 彼らに聞くぞ?」
『儂らの声が聞こえておったとしても』
『彼らの声が聞こえんのじゃから、どのみち同じじゃわい』
「お前らなあ……」
小さく溜息をついた一佐に、じいさんたちはふぉっふぉっふぉっ、と笑っている。
いや、マジで一佐と通じあってるじゃないか!
あれか? 最初にじいさんたちの声が聞こえると言い始めたのが一佐たちの世代だから、それでなのか?
疑問は尽きないが、上官が話しているところに割り込むのは気が引ける。
どうしようかと悩んでいると、一佐が俺たちのほうを向いた。
「猫はしばらく俺が見ている。先に飯食ってこい」
「「「「ありがとうございます!」」」」
敬礼してその場を離れると、食堂に向かう。ちらりと一佐を見れば、じいさんの鼻面やピトー菅を撫でつつ、何やら話をしている。
しかも、猫たちもわかっているのか、仔猫を紹介するかのように一佐の足元に群がっているのだ。
その顔は塩対応と言われているような無表情でも強面でもなく、奥さんや子どもを見ているような、とても柔らかいものだ。
「……一佐もあんな顔するんだな」
「奥さんたちと一緒にいる時と同じ顔をしてる」
「へえ……」
俺の言葉に、驚く三人の同僚。
まあ、そうだよな。飯食ってる時に同僚や後輩と話をしていても、滅多に笑みを浮かべない人だし。
それでも嫌われることなく、一緒になって笑っている時もあるんだから、きっと一佐も慕われている上官なんだろう。
そうこうするうちに食堂に着く。配膳してもらい食べ始めると、一佐の姿も見えた。
きっと猫たちも散らばったんだろうと思って飯を食い、またハンガー前に移動したんだが。
「こらーー! どうやって上がったんだよ、お前ら!」
「あああ! シートに毛がああぁぁぁ!」
『気持ちよく寝とるんじゃ。ほっとけばいいじゃろうに』
「コロコロよこせ! あと、ガムテもだ!」
「ハンド掃除機どこ行った!」
「コラ、タビー、タマ! 奥に行くな! 出らんなくなるだろうが!」
『これこれ、そこは擽ったいぞい! うわはははっ!』
「「「「…………はぁ」」」」
やっぱりか!
どうやら猫たちは、どうにかしてじいさんによじ登り、座席で寝ていたらしい。キャノピーを開けたまま、コックピットへと至る階段を外さずにじいさんの傍を離れたり、ちょっと目を離した隙に、いつの間にかコックピットに上がって寝てるんだよなあ、あいつら。
仔猫は自分で上がることができないから、ギンジやシロ、クロが咥えて上がったんだろうが……どんな運動神経してんだよ! 体操選手かよ!
とはいえ、猫の毛を綺麗に取り除いてからでないと、空には上がれない。
思いっきり溜息をついたあと、整備の連中を手伝うべく、ハンド掃除機を取りにいくのだった。
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