猫もふあやかしハンガー~爺が空に行かない時は、ハンガーで猫と戯れる~
饕餮
第1話
茨城県にある、航空自衛隊百里基地。
その中にあって俺たちは、中部航空方面隊、第7航空団に所属している。主に、対領空侵犯措置や防空などの任務にあたっているのだ。
司令部、飛行群、整備補給群及び基地業務群から構成される、百里基地で最大の部隊だったりする。
主な機体としては、F-4EJ改、F-2のAとBだろうか。他にもT-4練習機や、マニアの間ではロクマルの愛称で知られるUH-60Jといった機体が多数ある基地でもある。
まあ、ロクマルは救難が仕事ではあるが。
そのため、それらに乗るパイロットや整備する人間も多く、朝ともなるとみんなが忙しなく移動している。
とはいえ、なぜか他のパイロットたちは、恐る恐る俺たちがいるハンガーを見て、若干顔色を青くしながらも、自分が乗る機体が置かれているハンガーに移動しているのだが。
ここ最近のこととはいえ、正直、気が滅入る。
そのハンガー内にて、俺の隣には相棒である
そして
そんな中、俺たちパイロットは
『~~~♪ ~~~♪』
『今日もいい天気じゃのう』
『できれば今日は、
『儂は今日、空中散歩に行くんじゃ~♪』
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
今日もじいさんたちはご機嫌である。そんなじいさんたちの鼻歌や話を聞いて、俺は小さく溜息をついた。
――俺の名は、
某マンガやアニメの幼児主人公と同じ名前なことから、タックネームはクレヨンと呼ばれている。
どうせなら出身地関連のものしてほしかったと思わないでもないが、特にこれといったものがない土地だ。だからこそ名前から取ったわけだが……、今さら言ったところでどうにもならん。
まあ、そんな俺のことは横に置いといて。
ここ数年、百里基地にはとある噂があった。その噂とは、ハンガー内で老齢した男の声が複数聞こえる、というものだ。
しかも、聞こえるのはじいさんのパイロットだけではなく、F-2やロクマルのパイロットと、一部の整備の人間にも聞こえているらしい。
初めは聞こえない人間のほうが多かったからか、誰もが気のせいだと思っていた。だが、じいさんのパイロットを中心に、F-2やロクマルのパイロットですら、「俺も聞こえた」と話が出始めたのだ。
すわ、幽霊か⁉ と、当時は大騒ぎになったらしい。
ただ、話を聞くと、どうもその声が聞こえるのはじいさんを駐機しているハンガー内だけで、他は全く聞こえないという。そこで誰かが話しているんじゃないのかと思えば、そうではない。
ハンガー内に誰もいないのに、聞こえてきたらしい。
そんなある日。ずっとどこから聞こえてきているのかわからなかったが、ついにその場所が判明する。
なんと、
『この基地、大丈夫!? お祓いする!?』
当時の人間は……いや、今でもそう思っているパイロットは多いが、お祓いを頼むにも予算が必要だし、個人で出せるような金額じゃない。それに、聞こえるのは基地全体のごく一部の場所と人間だけだからと、お祓いは認められず、諦めるしかなかった。
しかも、どうやら
話し声が聞こえるのはじいさんたちのハンガー内と、タキシングしている間だけ。なので、パイロットが我慢すればいいし、悪さをするでもないしで放置されることになった。
……解せぬ。
まあ、任務中は喋るでもなくおとなしくしているからまだいい。任務中に喋られたら、集中力が落ちて洒落にならん。
それはじいさんもわかっているんだろう。緊急発進や任務では、準備中だろうとタキシング中だろうと、絶対に喋らないのが不思議だ。
だからこそ、俺たちは我慢できているわけだ。
そんなじいさんだが、大のもふもふ好きだ。どこから入って来たのかわからないが、基地内に複数の猫がいるのだ。
その猫を
言葉だけ聞けば微笑ましいが、実際は戦闘機と猫だ。絵面としても微笑ましいかもしれないが、俺たちや整備班からしてみれば大問題。
俺たちが着るパイロットスーツや整備班のツナギや工具、戦闘機内のエンジンや翼の隙間など、機械に猫の毛が入り込んだらトラブルの元になりかねない。だからこそ常に気をつけ、見つけ次第、猫を遠くにやるのだが――
『今日も来たのう』
『今日も可愛えのう』
『これこれ。脚が擽ったいんじゃ』
『あとで、
「にゃあん」
「にゃあんじゃねぇよ、トラーズ」
「「にゃー、にゃんにゃー」」
「みぃ、なあ~」
三匹揃って可愛く鳴いてんじゃねえよ、ったく。ここはハンガー内だってわかってんのか?
尻尾をピンと真っ直ぐにたて、じいさんの脚とも呼べるタイヤ回りや俺たちの足に頭や体を擦り付けてくる、トラーズと呼ばれた猫たち。猫の模様がサバトラやキジトラ、茶トラといったトラ縞模様から取られた総称なんだが、一応それぞれにも名前がある。
今ハンガー内にいるのは、大小の茶トラとサバトラが一匹。
大きいほうの茶トラがオスで、ブラン。中途半端な長さのカギ尻尾が特徴だ。
小さいほうは仔猫のメスで、タビ―。尻尾が長く、白い靴下を履いているような模様が特徴だ。
サバトラがオスで、ギンジ。尻尾は短いが、仔猫と同じように白い靴下を履いている模様が特徴だ。
今朝はこの三匹しか来ていないが、他にも真っ白だの真っ黒だの三毛だのと、大人が四匹、仔猫が五匹。合計で九匹の猫が、毎日代わる代わるハンガーに現れるのだ。
最初は四匹だけだったんだが、どうもここ数年は子どもを産んでいるらしく、生まれるとじいさんたちに見せるように、仔猫を連れてくる。じいさんたちもそれがわかっているようで、仔猫が来ると孫バカジジイになる。
つうか、猫の避妊くらいしとけよ!
とはいうものの、去年も一昨年も基地内の誰かが引き取っているのか、乳離れすると仔猫はいなくなっている。だからこそ、そこまで大きな問題にはなっていないのだ――追い払う俺たちが面倒なだけで。
おっと、今は猫の話じゃない。いや、猫の話なのか?
「ほら、ギンジ。タビ―を連れて家に帰れ。そろそろご飯の時間だぞ」
「にゃっ! にゃあん」
「みゃあ」
「にゃっ」
どんな会話をしているのかさっぱりわからんが、ギンジが鳴いたあとでタビ―とブランが鳴く。その後、ギンジがタビ―を咥えると、そのままハンガーの外に出ていった。
『あああ~! 猫ちゃーん!』
『またあとでおいで』
『ええのう、お主らは。儂はこれから空中散歩じゃわい』
『儂もじゃよ~』
「「「「「「「「散歩言うな」」」」」」」」
俺たちが突っ込みを入れたところで、じいさんたちには聞こえていない。じいさんたちが一方的に喋ってるだけだ。
今日も猫とじいさんを相手にし、朝から疲れたと思いながら、足についた猫の毛をコロコロで転がして取るのだった。
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