DTの名はロバちゃん

 ドラゴンのブレスを斬った冒険者なんて、歴史上存在すらしない。それこそ、物語の世界でしか。


 伝説に聞いたことがある。

 刀の凄さは切れ味でも、鋭さでもない。熟練者が振れば、魔力で構成された光の刃を撃ち出せることにある、と。


 ヒナマルは、それをやってのけたのだ。


「んっとー。アンタは、元は悪い子じゃないみたいだ、ね!」


 再度、JKは刀を振り下ろす。


 桜色に光るカマイタチ状の衝撃波が、レッドドラゴンの身体を突き抜けた。


「死んだ?」

「ううん。悪い心だけを斬ったんだって」


 さっきブレスを弾いた技は、衝撃波じゃないか。

 刀から放出された衝撃波で、ドラゴンを倒すなんて。

 しかも、殺さずに。


 見た目は単なる町娘なのに。


 この娘はどこまで、ポテンシャルが高いのだろう?


 レッドドラゴンが、起き上がった。また戦闘になるのか?

 ロバートは身構えた。

 が、どうも様子がおかしい。


「おお、素材くれるの?」


 JKが、なにも躊躇せずにドラゴンへと歩み寄る。


「おい、危ないぞ!」


 いつでも魔法を打ち出せるように、ロバートは手をかざす。


「心配ないって。どうもね、シッポを分けてくれるんだって」


 とんでもないことを、JKは言い出した。


 しかし、レッドドラゴンは本当に、シッポを少しだけ切って少女に分け与えている。


「わーい、ありがとー」


 ドラゴンからシッポをもらって、少女は嬉しがった。


「シッポを? どうして?」

「なんかね、『ユウコウノアカシ』なんだって」


 友好の証だと? ドラゴンと人間が?


 なんでも、このドラゴンは何者かに操られていたらしく、それを助けてくれて例を言いたいそうだ。


 信じられない。だが、目の前で起きていることは紛れもない事実なのだ。


 シッポをあげて満足したのか、レッドドラゴンは飛び去った。


「大丈夫かな? 痛くないかな?」

「問題ない」


 ドラゴンのシッポはまた再生する。だからあげたのだと説明する。

 JKは、ホッと胸をなでおろした。


「えっと、ヒガシマルさんだっけ?」

「ヒナマルでいいよ。ヒガシマル・ヒナコでヒナマル」 


 名字だけだと、『おしょう油屋さんみたい』とからかわれてきたらしい。


「じゃあヒナマルで。ヒナマルは、やけに手慣れているね?」

 

 ドラゴンのシッポを、ヒナマルというJKは丁寧に切り分ける。

 素人の手際ではない。

 これだけ上手にさばけるのに、並の冒険者なら一〇年はかかる。


「実家がお寿司屋さんだから、包丁さばきには自信があるんだー」



「寿司の職人、だって!?」



 王族しか食べられない、高級料理じゃないか。

 生の魚を食べられるのは、地位の高い人だけだ。

 鮮度が命で、貴族といえどめったに食べられるものではない。


 もしかして、自分はとんでもないお嬢様を呼び出してしまったのでは?


「え、何?」

 ヒナマルが手を止める。


「もしかして、キミはお貴族様?」


「違う! 違うって! 回転寿司チェーンの雇われ店長だし! そこまで億万長者ってわけじゃないよ! そりゃまあ、サラリーマンよりはお金もらってるけど」


 頭をブンブンと横に振りながら、ヒナマルがお嬢様説を否定した。


 なるほど、寿司屋の娘か。

『おしょう油屋』という単語に過剰反応するのも、うなずける。


「あっ、そうだ。ロバちゃんはどれが欲しい? おっきいのとちっちゃいの」


 ドラゴンの身を、ヒナマルはロバートに差し出す。


「ロバちゃん?」


 イントネーションも、動物の「ロバ」ではない。

「ロ」ではなく、「バ」の方にアクセントがつく。

「おばちゃん」のイントネーションと同じだ。


「だってロバートって名前でしょ? だから、ロバちゃん」

「いくらなんでも、ロバちゃんって」


 あまりいい響きではなかった。


 無理やり召喚してしまった引け目もあって、強く拒絶できない。


「いらないよ。好きなだけ持っていって。迷惑料だ」

「いいの? 悪いよ」

「キミを無理やりこの世界に連れてきた、ボクが悪いんだ。取っておいてよ」


 レッドドラゴンの素材は惜しいが、倒したのはヒナマルだ。

 彼女が全部持って帰るのが、道理である。


「でもあげる。あの村を守ったんでしょ?」


 山のすぐ下にある村を、ヒナマルは指差す。


「守ったのはキミだよ、ヒナマル。ありがとう」

「ううん。ドラゴンを見つけたのはロバちゃんじゃん。ロバちゃんが感謝されなくちゃね」


 優しい子である。


 こんな人が自分の配偶者だったら……なんて、みっともない想像をしてしまう。

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