エピソード:フツウ 5

『やああああ!!』


黒い靴下が仁美と恵を襲う。

仁美はそれを後ろに飛んでかわし、恵は真っ向から受け止めた。


ドスン!と、重い音が響く。

激しい衝撃のはずなのに、恵はその場から動いていない。

若いエーテルは、明らかに仁美よりも力強く燃え盛っていた。


どうやら自分の力だけで魔法を使えるようだ。

つまり、残念ながら仁美よりも圧倒的に強い。


もう全部あのガキに任せればいいんじゃないかな、とさえ思えるほど自分が情けなかった。


「アカリちゃん! 聞こえる!? もうやめようよ!」


『いやだ……いやだあああああ!!』


恵はアカリ本人を捕まえようとするが、振りほどかれ、弾き返された。

空中に大きく放り出される。


「わあああっ!?」


仁美は慌ててアドバイスを送る。


「飛んで! 魔法が使えるなら飛べるはず!」


『壊れろおおお!!』


アカリちゃんさんが恵に追い討ちをかけようとする。


ブォン!


ガンッ!


と、仁美は闇の靴下を蹴り飛ばす。


「……んのガキ! 友達に何してんの!?」


こいつ、明確に友達に殺意を向けた。危険だ。

そう感じた仁美は、今度こそ本気で殴る決意をする。


空中に投げ出された恵は、なんとなく感覚で空を飛ぶことに成功していた。


「こ、こう!? うっわ、飛べた! スッゲ!」


「ガキ! そういう感動は後にしろ! 手伝え!」


「エッラそーに! バーニングって呼んでよ、シャイン! でなきゃ助けないよ!?」


命と、恥ずかしいあだ名、どちらが大切だろう?

恐るべき二択を迫られた仁美は……


「……もーいい。シャインでいーから、手伝え……!」


命を選択した。当然の判断ともいえる。

唇を噛んで恥辱に耐える仁美を、誰が責められるだろうか。


「りょーかい、シャイン! あとはアタシがやる!」


恵は再び大地に降り立ち、自分の身体を炎で包みながらアカリちゃんさんに突撃する。


ゴウッ!


まるで炎の弾丸だ。

アカリちゃんさんの闇の靴下は追い付けず、懐に飛び込む。そのまま恵は自爆するよなう爆炎を放った。


ドン!


半径3メートルくらいが爆炎で吹き飛ばされる。

一時的に、アカリちゃんさんの闇も吹き飛び、アカリ本人の姿が見えた。


『……ッ! 来ないで!』


アカリちゃんさんは闇の靴下を戻し、そのまま恵にぶつける!


「だぁあああっ!」


恵は片手から炎を放出させ、闇の靴下に正面からぶつける!


バァン!


と、ぶつかり合う炎と闇。

恵と正面から対峙したアカリちゃんさんは、明らかに動揺し、注意が逸れていた。


仁美はその隙を見逃さない。

構えていたシャイニングアロー(闇)を放つ!


光の矢はゴウッ!と風を切り、パンッ!!とアカリ本体にぶち当たる。


今度は間違いなく直撃した。

魔法で戦うのならば、ディスライトに取り憑かれた本人へのダメージは少ないはずだ。


『きゃああああああああ!!』


その衝撃で、闇のモヤが晴れる。

中から清水アカリが姿を表し、そのまま倒れ込んだ。気を失ったようだ。


「あ、アカリ!!」


母親である清水典子が、急いで駆け寄った。


「ごめんね、ごめんねぇ……!」


典子は涙を流し、我が子を抱き締めた。


……いろいろ大変だったが、とにかくこれで一件落着というところか。


「……よかったぁ。これでアカリちゃんのママも、少しは反省するよね」


恵が少しだけ皮肉混じりの笑みを浮かべる。

ああ、こいつ性格悪そうだな、などと仁美は考え……


考えていたところで、目の前に若い男が空から降り立った。


パンパン、と、軽い拍手をしている。

なんかそれがスッゲー腹立たしかった。


「やあ、オバサン。いや、シャインだっけ?

ゆっくり見させてもらったよ」


「アンタは……!」


この前の男だ。

仁美は臨戦態勢を整え、口を開く。


「この騒動はアンタが……!?」


「まあ、そうだね。キッカケは僕」


「こいつが、アカリちゃんを!? だったら許せない!」


恵も戦いの準備のため、身体中に炎を纏う。


「いやいや、僕だけが悪者でもないだろう? むしろ押さえ付けられて不幸だった彼女を解放してあげたんだ。善意からの行動だよ」


仁美はシャイニングアロー(闇)を構えたが、実は既にエーテルを使い果たしている。ただの脅しだ。


「ガキどもに包丁配ることが、アンタにとっては慈善活動ってこと? アホらしい。

とにかく、アンタには聞きたいことがある」


「質問に答えるのは嫌いなんだ。何のメリットもない。でも、僕が一方的に喋るのは大好きだ。

面白い戦いを見せてくれたお礼に、今日の本当の目的のヒントをあげようか」


本当の、目的?

仁美と恵は顔を見合わせた。

まだ何かあるというのか。


男は、苛つくようなニヤケ面をして語り始めた。


「アカリちゃんが暴れて、気分スッキリしてめでたしめでたし、と?

いやぁ違うよね? 原因があったよねぇ?

今回の話では、裁かれなきゃならない『悪の存在』がいたはずだよねぇ?」


……それは。


「紹介しようーーーー清水典子さん。

僕の今日の目的は、彼女なんだ」


……ようやく察する。


バッ!と、仁美と恵は清水親子の方を振り返った。


「いつも……いつもそう。頑張っても頑張っても報われない。アカリも、私も、いつもいつも……」


「カポっ! アームスフィアの反応は!?」


「つ、強すぎる闇のエーテルだッポ……!」


「攻・略・完・了♪ こうやって全てを引き上げてあげるのが、僕の目的。清水典子さんは才能あるよ?」


『うあああああああ!!』


ドォン!!


爆弾が破裂したかのような破裂音と爆風。

爆心地は、清水親子だ。


「……マジで?」


ーーーーそれは見たこともない異形だった。


まるで化け物のように、筋肉や贅肉が肥大化している。

手が、まるで蛸足のように何本も伸びている。

アカリちゃんがめり込むように腹の中に取り込まれている。


辛うじて、顔だけは清水典子の面影を残していたが。

それは逆に、この異常性を更に強調する外見だった。


「ひ、ヒトミぃ~、ヤバいッポ……!」


「そんなの見りゃわかるっての……!

どういうこと!? ディスライトはあの子に憑いてたんじゃないの!?」


「あ、あの子に憑いてたディスライトが、あっちのお母さんに移動してるッポ! こんなの初めてだッポ!」


まるでその疑問に答えるかのように、男が語り始めた。


「誰もが心に闇を持つ。それは大きいものもあるし、深いものもある。普段はみんな、それを隠しているんだ。

強い闇を持つ人ほど、強い殻でそれを守っているんだよ。シャイン、あんたみたいにね」


「……それがどうしたってのよ」


「そういう人たちに、直接ディスライトを与えても育たないんだ。強い殻、つまり強い自我ではね除ける。ディスライト本体はご存じの通り、とても弱いからね。

仲良くなって近付いてみたり、いろいろと隙を伺って試したけど、どうしても本人が強すぎて定着しなかった。

そこで僕は考えた。別の方法でディスライトを植え付けてしまえばいい、とね」


恵は察した。そして、怒りを感じた。


「それで……アカリちゃんを巻き込んだの!?」


「その通り。いいアイデアだったよ。

子供の心の闇で育ったディスライトなら、母親である彼女の内部に入りやすい。結果はご覧の通りさ。大成功!

これからのディスライトはもっと効果的にばら蒔けそうだ! あっははは!」


よく喋る糞野郎だ。


ゴウッ!


仁美の拳は、男のいた場所の空を切った。

またしても、攻撃を避けられた。不愉快だ。

仁美は上空に浮かぶ糞野郎を睨み付けた。


「教えてくれてありがとう。満足したなら死ね」


「あっは、乱暴だなぁ、シャインおばさん」


「その名で呼ぶな。気安く呼ぶな。呼吸もするな」


「ひどいね。ああ、そういえば名乗ってなかったよね。僕の名前はハル。もちろん偽名だけど」


「こんのぉ!」


次に攻撃を仕掛けたのは恵だ。

男のいた場所は、炎の激流に包まれた。


しかし男、ハルは上空に飛んで避けていた。


「僕に構ってる場合じゃないと思うよ? ほら」


清水典子は、民家に向けて闇の蛸足を振りかぶっていた。

まずい。無差別に壊すつもりだ。


「させないよ!!」


恵は炎を清水典子にぶつけた。

少しだけ怯む。

その時間で、仁美は近距離まで飛び込んで拳を突き出す。


「……ふんっ!」


どす、という鈍い感触が伝わるのみだった。

まるでクッションでも殴ったかのように手応えがない。

そこまでは予想していた。


ここからだ。


「エーテルドレイン!」


近距離でドレインを行う。こうすることで、確実に闇のエーテルを奪い取るのが狙いだ。


しかし。


「ーーーーッ!」


背後から闇の蛸足が、一斉に襲いかかる。

やばい。浅はかだった……!

後悔する余裕もなく、仁美は背中から叩きつけられーー


バン!


空間が歪むほどの激突音。

叩きつけられる直前に、恵がバリアを張って仁美の背中を守った。


「あっぶないでしょ、シャイン! もっと気を付けなきゃ!」


「悪い、助かった! でも、そのままちょっと待って!」


「ちょ、ちょっとってどれくらい!?」


「知るか! いいから待っとけ! うらああああ!!」


無茶振りをしつつ、仁美はエーテルドレインを再開した。






ハルは、上空から戦いを眺めていた。


あれだ。

エーテルドレインとかいってたな。

どういう理屈なのか、まるでわからない。


シャインとかいうおばさんは、普通ではない。

闇を使いこなすどころか、吸収して自分のものにしている。そんな所業、常人にできるものではない。


もしかして“我々”に近い存在なのではないか?

僕たちは争うのではなく、手を取り合えるのではないか?


「……ま、これを乗りきれなかったら、無駄な考えか。

せいぜい頑張りなよ、おばさん」


ハルは、どこかに飛び去っていった。

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