エピソード:フツウ 4

三つの私立小学校全ての受験に落ちた、と正式に知らされたのは、結果が出てから一ヶ月してからだった。

ママとパパは隠していたけど、何となく察していた。

家の会話は少なくなったし、ママは暗い顔をするようになったから。


来年から、アカリは"普通"の学校に行くのよ、と。

ママはそう言った。


ワタシは謝った。


『ごめんなさい』


ワタシがテストを間違えたから。

運動テストで転んだから。

面接のとき、我慢できずに足を組んでしまったから。

小学校に行くって信じて、学校内ではしゃいでしまったから。


ママは、ワタシに何かを言おうとした。

パパは、ワタシを抱き締めた。


『違うよ、アカリは頑張ったんだ。パパとママが何かを間違えてしまったんだよ。ごめんね、アカリ』


ワタシは泣いた。

どうして涙が出たのか、実は今でもよくわからない。






『うわああああ!!』


アカリちゃんさんは、闇のエーテルを振り回した。

腕の代わりに、まるで砂を詰めた靴下を振り回すような形で力任せに振り回す!


「おわっとぉ!」


朝倉仁美は、跳び跳ねて攻撃をかわした。

闇のエーテル(闇の靴下?)は目標を失い、八つ当たりでもするかのように公園の鉄棒を叩き潰した。


いや、当たったら死ぬだろ、これ。


「ヒトミ、受け入れるって言ったッポ!」


「限度があるわ! プロレスだってこんなの受けるか!」


「そうじゃなくって、【ドレイン】だッポ!」


エーテルドレイン、とカポは名付けていた。

前回の戦いでやってのけた、相手の闇のエーテルを奪い取って自分の力にする魔法である。


昔はそんな魔法使えなかったし、どちらかというと敵サイドの能力っぽいところは気になったが……

とにかく、仁美にはエーテルドレインが使えるようになっていた。

本来の仁美のエーテル属性は【光】であり、相反する【闇】のエーテルを吸収することは不可能、らしい。

ついでに、ドレインを人間が使えるというのも異常事態、らしい。


そんなこと言われても、できちゃったし。


カポは畜生ランドと謎通信をして、今の仁美の状態を分析してもらったそうだ。


それによると、昔は希望に満ち溢れた光の魔法少女だったのが、今や見る影もない闇のやさぐれオバサンになっていたため、光と闇を重ねるという矛盾を飲み込む器になってしまったのではないか、ということだ。


ふむふむ、なるほど。次にオバサンっていったら沈めるけど、じゃあ何で急に若返ったわけ?


エーテルの矛盾を解決するため、心は闇を持ったまま、肉体は光の魔法少女になることで、崩壊を防いでいるのではないか、ということらしい。

自己防衛本能が魔力と反応して奇跡を生んだ、だそうだ。


自己防衛本能で若返るなら、誰だってそうするだろ。

と言い返したが、それもまたアースステッキの副作用らしい。


副作用。

本来の目的とは異なるイレギュラー。


だから、そういうワケわからん物騒なものを人間様に使うんじゃない。実験動物か、私らは。


とはいえ。こうして戦いの役に立つなら、仕方なし。

仁美はアカリちゃんさんに手をかざした。


「エーテルドレイン!」


ボゥ! と、掌が風を吸い込み始めた。

アカリちゃんさんの纏う闇のエーテルの、もやの部分だけをどんどん吸い込んでいく。


なんかこれ、煙を掃除機で吸い込むような感じだな、などと余計な考えが浮かぶ。


カポによると、エーテルが当時よりも大幅に減退してしまった仁美は、ドレインで闇のエーテルを吸わなければ魔法が使えないのだそうだ。

しかも、使える魔法も限られている。

攻撃のために放出するシンプルな『シャイニングアロー』くらいしかまともに動かないそうだ。


しかも闇のエーテルを媒体に使うわけだから、光の属性なのか闇の属性なのか曖昧になっている。

『シャイニングアロー(闇)』とでも呼べばいいのだろうか。


ついでに、ドレインはあまり気分がいいものではなかった。

吸えば吸うほど、気分が落ち込んで憂鬱になってくる。

極限まで吸ってしまうと、それこそこっちがディスライトに取り込まれてしまう。


その時の気分を表現するとしたら。

『あーくっそ憂鬱だわ人類滅ぼしてえなぁー』といったところか。

個人差もあるが、ひどく気分が悪いのだけは保証する。


それでも、ドレインに頼るしかない。

それにこっちが闇を吸ってやれば、相手の憂鬱な気分も少しは晴れるだろう。


が、エーテルドレインは、完全ではなかった。

もやの部分しか吸い込めないため、やや弱体化したもののアカリちゃんさんはそのままだ。


『やめて……やめてよぉ!!』


再び攻撃。

例の、闇の靴下だ。


直線的に闇のエーテルが飛んでくるだけなら単調だし、簡単に避けられる……と、思ったのだが。


「げ」


仁美は、自分の後ろにカポと母親と女の子が固まって立っていることに気付いた。


あのド畜生、何で遠くに逃がしてないんだ……っ!


今よけたらあの人たちに当たる。

カポはともかく、人間は守らなくては。


バリアを上方に集中して展開。

ダメだ、少し間に合わなーーーー


ドォン!


仁美たちは、衝撃に吹き飛ばされる。


清水典子は吹き飛んだ衝撃と、近くにあった鉄棒で頭をぶつけ、出血した。

昼山恵は軽症だが、身体中に擦り傷ができた。


「ッんのガキ……! そろそろ子供の癇癪じゃ済まされなくなってきたぞ! ハッ倒してやる!」


仁美は体制を立て直し、ドレインで奪ったエーテルを使ってシャイニングアロー(闇)を放った!


グォン!


闇を纏った光の矢がアカリちゃんさんに向かう!


『いやぁぁああああ!!』


バァンッ!


アカリちゃんさんは、シャイニングアロー(闇)を闇の靴下でハエを落とすかのようにハタキ落とした。


「マジでっ!? 私の必殺技が早くも撃沈!?」


いや、違う。

前回よりも明らかに威力が弱かった。

ドレインが不完全だったからだ。

肉体も若返ってない。この程度の威力なら、まだ殴った方がマシだ。


決定打が足りない。

隙を作り出すまで、殴り合うしかないのか……!?


アカリちゃんさんは、闇の靴下を振りかぶっている。


『このぉぉおおお!! 壊れちゃええええ!!』


振り下ろす。


ドォン!と地面に叩きつけられる。

が、仁美はそれを身をくねらせて避けていた。


仁美はそのままアカリちゃんさんの懐に飛び込み、得意のボディブローを放った。


だが、相手は小学生。

本気で殴るわけにもいかず、仁美の拳には迷いがあり、踏み込みきれなかった。


ガン!と、仁美の拳はアカリちゃんさんの肩にヒットする。しかし浅い。急所を完全に外してしまった。


『きゃああああ!』


それでもアカリちゃんさんは殴られた痛みに怯み、距離を取ってうずくまった。


アカリちゃんさんの悲鳴を聞き、昼山恵は起き上がった。


「ダメ! アカリちゃんに手を出さないで!」


「んなこと言ったってねぇ! アンタたち、このままじゃ死ぬよ!? 生身であんなのと向かい合ってたら無事じゃ済まな……」


「待つッポ、ヒトミ!」


「カポは黙ってて!」


「そうだよ、これはアタシとアカリちゃんの問題なの!」


「ひ、ひどいッポ~……」


止めに入ったのになぜか二人から怒鳴られ、カポは意気消沈した。


ん?


「待った。アンタ、カポが見えてるの?」


「え? 見えてるけど……さっきからなにその動物? 人間の言葉を喋っててちょっとキモい」


ガーン、という効果音でも鳴りそうなほどショックを受けるカポ。しかし同感ではある。


が、それはそれとして。


「カポが見えている、ということは……!?」


「アースステッキに適合してるッポ! キミも変身して戦えるッポ!」


ダメだ。それは、ダメだ。


「子供を勧誘すんな! 私だけでやれる!」


昔を思い出す。

あんなことを。命を削る生活を、子供にやらせてはいけない。

私がやらなければ。

私がちゃんと、全てを解決しなければ。


仁美はアカリちゃんさんに再び突進していった。


その姿を見て、昼山恵は不思議に思っていた。


「何であのオバサン、戦ってるの……? これはアタシたちの問題なのに。危ないのに、何で……!?」


「それがヒトミだからッポ! ボクは知ってるんだッポ。ヒトミは誰かのために、命を懸けて戦えるんだッポ!」


見た目は痛々しいコスプレオバサンなのに。

なぜだろうか。

少し、カッコよく見えてしまう。


でも、自分達の問題を他人に解決してほしいとは、恵は思わなかった。


「カポ、とかいったっけ? どうすれば変身できるの?」


「これを持って、ボクと同じことを言うッポ!」


と、宝石のようなキラキラした石の塊を受け取る。

言われた通り、カポの言う呪文みたいな言葉をなぞる。


「大地の恵みを炎の力に……!

大妖精メギ・ガルガータ、アタシに祝福を与えよ!」


赤い光に包まれて、昼山恵の身体は少しだけ宙に浮いた。

光は身体に纏わり付き、やがて赤い炎のようなドレスになっていた。


「お、おおお!?」


身体中に力がみなぎるようだ。

ここまで絶好調になった日は、生まれて初めてだ。

これが、魔法少女というものか。


これなら、アカリちゃんさんを止められる!


恵は戦う決意をし、戦闘中のアカリちゃんさんと仁美たちの方に突撃した。


ゴウッ!

という音が鳴った。

身体に取り巻く炎を纏ったまま、猛スピードで飛び出したからだ。


次の瞬間、恵は二人の間に割って入っていた。

仁美は目を丸くする。


「なっ……! 何でアンタが!? クッソ、あの畜生、余計なことを……!」


カポのせいだ。

あいつのせいで、また子供が命を懸けている。

何の得にもならない戦いを……!


そんなの、争いを作るディスライトどもと何が違うっていうんだ!?


仁美は怒気と殺意を込めた眼差しでカポを睨み付けた。


「ひっ、ヒトミぃ~、怖いッポ~」


あいつのせいで、私のような犠牲者が増える。

この件が片付いたら、いっそカポもこの手で……!


と、その殺意を察した恵が遮る。


「違うよ、オバサン。アタシがやりたかったの。

アタシが、自分の手で何とかしたかったの!」


「アンタが考えるほど魔法少女は甘くない。命懸けの慈善事業なんてイカれてる」


「でも、オバサンはそれをやってるじゃん」


「私はいいんだよ。もう人生捨ててるようなもんだから。でもアンタは違う、未来がある、家族もいる」


「アカリちゃんを他人に丸投げしてから続く未来なんてクソ食らえ、って感じだね!」


「……チッ、んじゃ好きにしな。やるからにはアテにするよ、クソガキ。あとオバサンって呼ぶな」


仁美はアカリちゃんさんに向けて、シャイニングアローの構えを取った。


「名前を知らないんだよ、オバサン!」


仁美に負けず、恵も軽口を叩く。

両手にそれぞれ燃え盛る炎を持ち、アカリちゃんさんに対峙する。


「名前ならあるッポ!

ヒトミは『ディノシャイン』で、キミは『ディノバーニング』だッポ!」


うわ、出たよ。あの恥ずかしい名前。

仁美はゲンナリした。

しかし恵は。


「バーニング……カッコいいじゃん!

よろしくね、シャイン!」


やめてくれ。イタいあだ名みたいな呼び方をするのはやめてくれ。

オバサンの方がマシだこれ。畜生。涙が浮かぶ。


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