エピソード:フツウ 1
株式会社KCZ・第二商品開発部!
それは、朝倉仁美が14年間もの歳月を消費した、第二の我が家のような存在である!
企業従業員は約300名!
創立80周年を迎えた日用雑貨の老舗!
工場は国内に三つ! 営業所は5拠点!
安全な経営方針を守り続けた結果、常に黒字経営を続けている優良企業であるッ!!
『お客様と社員のみんなが笑顔になれる企業へ』が社訓であり、地元の就職先としては堂々と名乗っていいほどの会社であるッ!
しかし!
第二商品開発部とは!
まごうことなき二軍であるッッッ!!!
「…………飽きる」
朝倉仁美は、事務所の片隅にある品質確認用の試験室で、本日100本目の鉛筆を削っていた。
電動ではない。よくある、差し込んでクルクル回して削る、安物のアレだ。
この試験が始まって、何日目だろうか。
二週間くらい経過したような気がする。
『朝倉さん、これOEM商品なんだけど、品質確認試験しなきゃならなくてさ。一ヶ月くらいかけていいから、このテストの部分を手伝ってくれない?』
と、同僚から仕事を引き受けた。
OEMってなんだったっけ?
とか今さら聞いても恥ずかしいし、やることは一緒なので口に出さないことにした。
手伝う、とかいうのは、つまり【やっといてくれ】ということだ。それ自体はいつものことだからいいのだが、その商品が安物の鉛筆削りときた。
何でも、新しい色鉛筆セットを作って売ることになったらしく、別の会社から仕入れてセット販売するため、そこに入れる商品のテストを全てやる必要があるのだそうだ。
電動セットとして企画してほしかったなぁ。
三日目あたりから手首が痛くなってきて、一週間あたりから筋肉が最適化されたのか、慣れてきてしまった。
そして今や、出社しては日が暮れるまで鉛筆を削る毎日である。
なんだこの仕事。
私はこんなことをするために生きてきたのか?
と、朝倉仁美は人生にさえ疑問を持ってしまう。
商品開発部と聞いて、諸君は何をしていると思うだろうか?
商品を開発するんだろ、って?
その開発って、何だと思う?
顧客のニーズを分析します?
それ、マーケティング部の仕事なんだよね。
新商品のコンセプトを考える?
残念、それは商品企画部なんですね。
あ、じゃあ商品を生産するってこと?
はいブッブー、それ生産技術部でーす。
……え? じゃあ何をしてんの?
ご覧の通り、企画部が考えた商品を形にすることさ!
他社から買ってきたものでも品質は担保しなきゃならないから、自分達の手でしっかりとテストするのさ!
(でもそれさぁ……私みたいな事務員にやらせて、担保になってんのかな?)
まあ、何かあったとしても、私に任せた同僚が責任を取るのだろう。
しかしだ。
そうすると、私がこのテストを続ける意味とは?
鉛筆なんて削れるに決まってるし、耐久度を見るといっても限度があるだろう。
商品のセットになっている色鉛筆を全て削り取って余りある性能を叩き出しているのだが?
でも部長が言うんすよ。
『限界値は知らなければ。あと、一つだけテストしても結論にならない。せめて5つくらいはやりなさい』
何で5つなんすかね? 根拠ないっすよね?
まあ、給料もらってるから、やりますけどね?
こんな毎日にうんざりする。
そんな、いつもの営業日だった。
「ヒトミ! ディスライトがーー」
突然、目の前にクソふざけた不思議生物がアポも取らずに出現したので、遠慮なく顔面に拳を叩きこんでおく。
ぶしっ!
「あぐぁ」
不思議生物は、床に崩れ落ちていった。
どういう物理現象で浮いているのか、まったくわからない。鉛筆削る時間を、この謎生物の研究に費やした方が有益なのでは?
「ひ、ひどいッポ! いきなり何をするッポ、ヒトミ!」
「いきなり出てきてんのはアンタでしょうがよ!
仕事中はヤメロって言ったよね!?」
「で、でもディスライトが出たッポ~!」
ディスライト。
それは不思議な生き物の悪い方。
いや、私にとってはこの畜生も悪い生き物に属するのだが。
「もうやりたくないって言ったよね?」
「でもでも、ヒトミしかいないッポ~」
前島トクヤの事件から、一週間が経っていた。
カポは昔もそうであったように、当たり前のような顔をして朝倉仁美の家に居候していた。
不思議生物の分際で、なぜか人間様と同じ食事をするため食費が増えた。
なお、食うだけ食ってフンは出ないらしい。
何だお前、理想のアイドルか何かか?
と聞いてみたところ、『そもそもこっちの世界の生き物が、何でフンをするのかがわからないッポ!』ということだった。『エネルギー効率が悪いッポ』とまで抜かし、地球の循環を大否定だ。
ふざけやがって、畜生が。
とにかく、カポは普段は久しぶりに出てきた現世の街を珍しがって、フラフラと散歩していた。
見つかったらどうなる、と思ったが、そういえばこいつら畜生どもは普通の人たちには見えないんだった。
そんな感じで、一週間。
カポのオカンみたいな説教を聞き流すという鬱陶しい日常が増えたものの、少しだけ独身の寂しさが薄れていたので、それはそれでもういいか、と考えていた。
しかしだ。
あんな命懸けの戦いを、見返りなしどころかテロ容疑をかけられてまで行う義理はなかった。
「ヒトミ、やってくれるんじゃなかったッポ?」
「やりたくないし、見てわかんないの? 仕事中なんだけど?」
「ずっと鉛筆削って遊んでるかと思ってたッポ」
クソが。
ある意味合ってるから否定できねえ。
「ディスライトの反応はここからちょっと遠いところだッポ! 急ぐッポ!
さぁヒトミ、変身するッポ!」
しかも人の話を聞き入れやしねえぞ、こいつ。
「仮に、仮にだけどね? ここで変身して戦ったとしましょう」
「仮じゃなくて、すぐやるッポ」
「いや聞けクソガキぶち殺すぞ。変身したとして、もしそれを誰かに見られたら、私はテロとして逮捕されかねないの。
で、当然ながら懲戒免職だし、実刑も食らうかもしれない、と。おっそろしいリスクなんだけど、それを理解した上での願い事なわけ?」
「難しいことはよくわかんないッポ!」
にっこりとして、無慈悲な回答をぶつけてくる。
この一週間、毎晩のように状況を説明してきたのだが、どうやらテレビ見て酒でも飲んでた方がマシだったようだ。
「……やっぱ、ディスライトよりも先にアンタを殴りたいんだけど」
「今殴られたばかりだッポ!」
そんな不毛な会話をすること10分。
うんざりした朝倉仁美は、課長に早退の許可をもらうことになったのだった。
何で早退するの?
と、やたら聞かれたので、毎月の体調不良です、と答えた。へっへっへ、こう言ってしまえば、男である課長はこれ以上踏み込んでこられまい。
ああ、どんどんダメな方向に進んでる気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます