エピソード:サイカイ 3

あれ?

ここはどこだろう。


大学の構内だった。

でも、私の知る大学じゃない。


ふと中庭を見ると、絵を描いている学生がいた。

先程の、ディスライトの中にいた青年だ。


「……あんたは?」


私は朝倉仁美。


「そうか。俺は前島トクヤ」


あれ? 声に出してなくても会話できるの?


「そうらしい。でも、どうせ夢だし、何でもアリだな」


トクヤはそう言って、どこか投げやりに絵を描いていた。

クリエイターになりたいのだろうか?


「そりゃ芸大に行きたかったさ。でも親に認めてもらえなくて、地元の三流大学に通ってた。

それでも美術部に入ったよ。諦めたら駄目だって、その想いにすがって絵を描いた」


へえ、うまいじゃない。


「……そんなの、ド素人に言われても意味がない。美術部の連中だってそうさ。本気で取り組んでる奴なんか一人もいない。イラスト描いてネットに上げて、ちょっとだけ誉めてもらえば大満足する奴らさ。

当たり前だ。本気でやりたいなら、芸大に行くんだからな」


その強い想いは、親御さんに伝わらなかったの?


「……今、思えば。俺も本気じゃなかったのかもしれない。それを親父たちに見抜かれていたのかも」


どういうこと?


「俺も同じなんだ。レベル低い奴らの中で、意識だけ高く持っててさ。お山の大将だよ。俺程度のレベルの奴らなんて、ゴロゴロいるんだよ。

芸大に行っていれば上に行けた? 本当にそうか?

大学を出て、小さいデザイン会社に入れたよ。それだけでも奇跡的だったのに、俺はもっと有名な企業に入れなかったことを悔やんだ」


上昇志向が高いってこと?


「違う、身のほど知らずだったんだ。

実際、そんな小さい会社のくたびれた先輩のデザインにすら、俺は届いていないんだ」


そりゃ若手なんだし、しょうがなくない?


「違う、俺は凡人だった。凡人のくせに、ただの趣味を天職だと思い込みたかったんだ。

実際はどうだよ? デザイン一つに時間かけて、毎日残業して、休日なんてほとんどなくて。

やっと入った給料も、行きたくなかった大学の奨学金に吸い上げられやがる」


まあ、それは……お疲れ様。


「ずっと頑張ってきたつもりだった。絵やデザインですら、俺は底辺の人間だった。

そんなに言うなら、家出して芸大に通うくらいの気概がありゃよかったのに、そこすら踏み出せなかった凡人だ。

いや、凡人より劣ってるんだ」


ちょっと自分を卑下しすぎじゃない?

働いてるだけで立派だと思うけど……


「ちっげえよ! 俺がいなきゃ、こんな無駄な残業しないで済んでたんだよ! 俺が……俺が抜けてたから、先輩もそれに巻き込まれて残業してんだよ……

あんなに、心の中で先輩を見下しておいて……」


追い詰められてるなぁ……

そんなだからディスライトとかいうのに利用されるんじゃないの?


あんたが苦労してるのはわかったし、同情もするよ。でも、だからって無差別に暴れていいわけないでしょ。


「知るかよ! もうどうでもいいんだよ!

何でコスプレババアに言われなきゃならねえんだ!

お前だってろくな人生送ってないからそんななんだろうが!」


……そう、だよ。

ろくなもんじゃ、なかった、なぁ……


「俺ばっかり一方的に覗きやがって、不公平じゃねえか!

だったらお前の人生も見せてみやがれ!」





景色が吹き飛んだ。


俺は、さっきまで変なババアに説教されそうになってて……あれ?


目の前には、三人の……小学生くらいの女子たち。

さっきの変なババアと似たようなドレスを着ている。


「やった……!

魔王ディストールを倒したよ! これでみんな助かるんだね!」


さっきのババアと同じ、黄色いドレスを着た子供が喜んでいた。

ピンクのドレスを着た子供が涙目になりながら返事をする。


「よ、よかったぁ~。もうダメかと思ったよぉ」


「……とにかく、これで終わりね。これで私たちは、もう戦わなくていいんだ」


青いドレスを着た子供は、クールな表情でそう断定していた。なんのことだか、わからないんだけど。

誰か説明してくんない?


「これが25年前の話」


と、黄色いドレスの子供が口を開いた。

25年前?

お前、もしかしてさっきのババア?


ゴンッ!


いってぇ!?


「次、ババアとか抜かしたらマジでぶち殺す」


っつぅ~……!

な、なんなんだよお前は!?

魔王とか、わけわかんねえし。


「あの時、魔王って奴が日本に出現してね。

一つの都市を闇のエーテルで飲み込んだのよ。私たちはそれを何とかするために、精霊の女王とかいう胡散臭い奴から、魔法の力を借りて戦ったの」


25年前とか、俺は生まれてもいねえし……

ん? そういえば、謎の連続犯罪がふえた時期があったって、学校で教わったな。

犯罪者に関連性がなさすぎて、集団ヒステリーの一種とか言われてたけど……


「闇のエーテルは動物に取り憑くことができる。それは人間も例外じゃない。

……さっきのあんたと一緒だよ。みんなおかしくなった。私たちの家族も、友達も」


それで、アンタらが戦って何とかしたってのか?

信じられねえけど……でも、今もこうしてワケわからん現象に巻き込まれてるしなぁ。






ぶわっ、と風が吹いた。


次は……どこだ? 学校?


学校の裏庭で、さっきの黄色い子供が泣いていた。

いや、今は黄色くないけど。学校の制服を着てるし。


「うっ、ううっ……」


ど、どうした?


「みんな私をいじめるの……

私が生意気なんだ、って……」


そりゃ……ひでえことしやがる。


「でも、今思えば、しょうがなかったかもしれない……

私は魔王を倒せた。それは自信に繋がっていた。

何も怖くなかったし、誰にでも正直にぶつかっていけた。それが、普通の人たちには生意気に見えたんだよね」


……そんなこと、関係ないだろ。

どんな理由があったって、いじめていいことにはならねえ。


「……無関係な人は、そう言うよね」




また、風が吹いた。

次は……どこだ、ここは。大学?


さっきの女の子が、また泣いていた。

今度はどうしたんだよ?


「……彼氏に二股かけられて、しかも一方的に別れるって言われたんだよね」


ひどい男だな。


「なんかね、この頃から私も、だんだん他人が憎らしくなってきててね。何で私は普通に生きられないんだろ?

何で誰からも愛されないんだろ? って、そう感じるようになってきたんだ。

だって、おかしくない? 私は命を懸けてみんなを守ったんだよ? 私がいなきゃ、あの男も、浮気相手の女も、この街の人はみんな死んでたんだよ?

なのに私は誰からも感謝されてない」


だったらそれを教えて、感謝されればいいだろ。


「教えるわけないじゃん! 頭おかしい奴だと思われて終わりだよ!」


……それもそうか。


「11歳の子供に、老若男女みんなの命を背負わせてさ!? 代わりにこっちも命懸けて!

給料もないし感謝もされない! 何のために戦ったのかわかんないじゃん! だったらみんな死んでればよかったじゃないの!?」


お、おい、落ち着け。


「どいつもこいつもバカにしやがって! アイツだって……ッ!」




また、風か吹く。


今度はどこだ?

……一戸建ての、家の中?


リビングに続いているらしいドアの前に、さっきの女が座り込んでいた。

頭を抱えるように耳を塞いでいる。


……何してんだ?


「就職が決まったことを、お母さんに報告しようと思って……サプライズでさ。何の連絡もなく、家に帰ったの」


そしたら?


「……お母さんがリビングで、知らないオッサンとヤってた」


うわ。


「私が守ったものって、こんなもんだったわけ?

頭がぐっちゃぐちゃになってさ。ドアを思いっきり蹴ったんだよね。こうやって」


ドガッ!

と、女の子がドアを蹴りつける。

ガラス入りのリビングのドアは衝撃で割れ、派手な音をたてた。


で、それからは……?


「とにかく逃げたよ。こんな気持ち悪い場所にいたくなかった。自分のアパートに帰って、それから一度も連絡してない」




風が、吹く。




「ヒトミぃ~! 駄目ッポ! 戻るッポ!」


朝倉仁美は、闇のエーテルに侵食されていた。

目の焦点はあっておらず、意識も混濁していた。


「あ……あれ? ここは?」


ディスライトに取り憑かれていた青年は、逆に自分を取り戻していた。

そう、敵の次のターゲットは朝倉仁美だったのだ。


『だから……こんな世界、守った意味なんかなかったんだ、って、そう思って……』


「あ、あんたもしかして……さっきの!?」


青年、前島トクヤは気が付いた。

さっきまで、夢みたいな妙な世界で会話していたのは目の前のコスプレおばさんだ。

あの瞬間、意識が繋がっていたんだ。


会って間もない、完全な他人。

だが今はトクヤこそが、最も朝倉仁美を理解できる人間だった。


『私が守った。守ってしまった。

だから、私が終わらせなきゃ……壊さなきゃ……ママと間男を殺さなきゃ……!』


「ヒトミ!? な、何ッポ……?」


前島トクヤは、前に出た。

朝倉仁美に手を伸ばす。


「ちっがうだろ! そうじゃねえ!

俺も……アンタも! そんなことしたくねえだろ!」


風が吹いた。

前島トクヤは後方に吹き飛ばされ、ビルに叩きつけられた。

バリアすら持たない生身の身体にはひとたまりもない。


「ぐっああああ!」


前島トクヤの叫びに、朝倉仁美は反応した。

自分が傷つけた。

ぼんやりとした頭でも、それは理解できた。


(本望だろう? 壊したかっただろう?

こんな世界、滅べばいいじゃないか。

それで人類平等だ。争いも全てなくなる)


……ディスライトが囁く。

エーテルの塊が、意思を持っている?

今の朝倉仁美に、そんな疑念を考える余裕はない。


違う。そんなのおかしい。

そりゃ私は幸せにはなれなかった。

でも、幸せになれた人たちはいる!


(それがお前の幸せに繋がらなかったじゃないか。

何の義理がある? お前を不幸にした世界に)


それは……


(弁護士からの書類に目は通したんだろう?

お前のパパとママは離婚してるし、間男はどこかに逃げてしまったぞ。

お前に帰る場所はないし、支えてくれるパートナーもいない。生き甲斐もないし、満たされてもいない)


それは……!


(こんな世界に、守るだけの価値はない。そうだろう?)


それは!

私が決めるんだよっ!




ボゥッ! と、まるで大火事でもあったような黒い炎が燃え上がった。


その炎の中心地は朝倉仁美だ。

一目で異形だとわかる。


右手には輝かしい白き光。

左手には忌まわしい黒き炎。


かつて希望に満ち溢れていた11歳の少女が、やさぐれた中年女性のような表情で立っている。


「ひ、ヒトミ……若返ってるッポ!?」


「え……うわ、マジだ! は!? 何これ!?」

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