第1章 社会統制の国

第1話 社会統制の国

 聖暦二〇二一年一月十日。テンシャン人民共和国、ランシン市。

 美空みくはまだこの街に着いたばかりで地理がよく分からなかったので、とりあえず当てもなくふらふらと歩いていた。


「……少しお腹が空きました。そこの屋台で何か買いましょう」


 道端に小さな屋台を見つけたので、近づいて店主のおばさんに声を掛ける。


「すみません、それを一つください」


 屋台の蒸し器に並べられていた肉を薄い皮で包んだ料理を指さすと、おばさんはそれをトングで掴んで包み紙に入れた。


「はい、二ゲンね」


 ゲンとはこの国の通貨だ。一ゲンは皇国の通貨に直すとおよそ十七エンなので、この料理は三十四エンという計算になる。

 美空は両替しておいた一ゲン札を財布から二枚取り出し、おばさんに差し出した。


「何だい、現金かいね」

「現金払いに何か問題がありましたか?」


 渋い顔をするおばさんに、美空は首を傾げる。


「今時イーウェンペイとか使ってないのかい? 現金は信用ならないからね」


 どうやらこの国では電子決済が主流のようだ。魔法が発達した世界の中で、科学で覇権を握った国だけのことはある。

 しかし、自分はそういったシステムが使える最先端のデバイスを持っていない。


「すみません。私、よその国から来たばかりでして……」

「ふ〜ん、そうかい。観光客なら仕方ないね」


 二ゲンと引き換えに、熱々の料理が手渡される。


「その肉まん、冷めないうちに食べるんだよ」

「了解。……じゃなくて、分かりました」


 つい護衛隊の癖が出てしまった。

 おばさんに軽く頭を下げ屋台を後にした美空は、近くにあった公園のベンチに腰掛けた。そして、肉まんと言うらしい料理にかぶりつく。


「うん、これはなかなか美味しいですね」


 モチモチの皮の中から肉汁が溢れ出し、旨味が口いっぱいに広がる。

 隣の国にこんな料理があるなんて知らなかった。海を挟んだだけでここまで文化が違うのか。


「ごちそうさまでした」


 あっという間に肉まんを食べ終えた美空は、包み紙をそばのゴミ箱に捨てて再び歩き出す。


「しかし、目的も無く歩いていても仕方ありませんよね……」


 コンビニ、ドラッグストア、書店、土産店。お店は数あれど、ふらっと立ち寄ったところで買うものもない。かといってホテルに泊まるほどの余裕もないので宿探しともいかない。


「ま、なるようになりますかね」


 するとその時、十歳ほどの少女が全力で走って来た。そして、美空の目の前で立ち止まる。少女は膝に手をついて息を整えると、自分の顔を見上げた。


「お姉さん、助けてっ!」

「どうしました、お嬢さん?」


 少女の目には涙が浮かんでいる。迷子だろうか。

 美空はしゃがみこんで目線の高さを合わせた。


「お姉ちゃんが、お巡りさんに連れて行かれちゃったのっ!」

「あなたのお姉さんがですか?」

「うん。ただ写真を撮ってただけなのに、急にお巡りさんが来て、それで、それでっ……!」

「まずは落ち着いてください」


 泣き出してしまった少女の頭を、美空はそっと撫でる。


「あなたのお姉さんは、何か悪いことをしたわけではないのですね?」

「うん、絶対にしてないっ! それに、お姉ちゃんはとっても良い人だよっ!」


 小さな身体を目一杯動かして、必死に主張する少女。とても嘘をついているとは思えない。

 どうせ暇だし、見捨てるのも可哀想なので助けてあげよう。


「分かりました。あなたのお姉さんは恐らく警察署にいるはずです。そこで確認してみましょう」

「うんっ!」


 少女は大きく頷くと、ようやく笑顔を見せた。

 美空は立ち上がり、少女と手を繋いで歩き出す。


「あなたのお名前を教えて頂けますか?」

「私はワン・シェンリーだよ。お姉さんは?」

「私は漆原うるしばら美空中尉です」

「ちゅうい?」


 またやってしまった。護衛隊の癖はすぐには抜けないか。


「いえ、気にしないでください。それよりシェンリーさん、申し訳ないのですが警察署まで道案内をお願いしてもよろしいですか?」

「うん、いいよっ!」


 こうして美空は、地元の少女シェンリーと共に警察署へ行くことになった。

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