「プラネタリウムの帳を降ろす仕事、だったんですね」


 声。


「あら。起きていらっしゃったんですか」


「寝てないです。ずっと、夢を見ていました」


「それは、寝ている、という、ことでは?」


「いえ。星の雨が。降っていて。ごめんなさい寝てました。まだ寝ぼけているのかも」


 彼女。


 立ち上がろうとしてよろめいたので、とっさに支える。


 シャンプーの香り。


 そのまま。


 抱きしめられた。


「ごめんなさい」


 彼女。


 まだ、きっと。


 夢の中にいる。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 限界なのだろう。


 心が。


 悲鳴をあげていた。


「私でよければ。おそばにいましょう」


 彼女。


 数分間。無言で抱きついていて。


 そして。


 急に、びっくりしたように、私を突き放す。


「ごめんなさい。わたし。なんてことを」


「いまのご時世、こんなことをしただけで訴えられちゃいますからね」


「訴えられちゃいますか、わたし?」


「いいえ。最初にあなたに触れたのは私のほうなので」


 倒れそうな身体を、支えてしまった。


「あの」


「はい。なんでしょうか」


「お話を聞くとか、そういう風には、言わないんですね」


「お話?」


「いや。よく、わたし、口説かれるとき言われるんです。悩みがあるなら聞くよとか、俺でよければ話を聞くよとか」


「そうなんですか」


 もてるのかな。薄暗がりで、お互いの顔は見えない。


「それで、口説かれるのですか?」


「いいえ。男性経験なんてないです。そんな暇があったら空を見てます」


「そうですか」


「あなたは。わたしの話を、聞こうとしなかった」


「口説いているつもりはなかったので」


「でも。寝ているわたしに、何か、言いませんでしたか?」


「あ、ああ」


 さっきのやつか。


「あなたはすごいひとですって。そう、言いました」


「口説き文句だ」


「そうなんですか?」


「あの。プラネタリウム」


「本日は終了です。夜の帳は降ろされました」


「そうですか。ごめんなさい。つい長居を。すぐ出ます」


 また、すぐに立ち上がろうとする彼女。


 不意に。


 どちらからともなく。


 手が。


 繋がれて。


 そのまま。


 プラネタリウムを出る。


 普通のビル内装。


 プラネタリウムの外。明るい景色。


 手は。


 繋がれたまま。


 お互いに。


 ゆっくりと。


 あ互いを向く。


 はじめて見る顔なのに。


 はじめてじゃないような、気がする。


 お互いに。


 朱い顔をしていた。

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