第4話

 雨だった。


 仕事帰り。


 傘も差さずに、ずぶ濡れで歩く。


 しにたかった。


 気象のせいではなく。自分のこれまでのことの積み重ねのせいで。しにたい。


 もう。いいかな。


 そう、心から、思う。こわれたような、崩れたような、不思議な心の面持ちだった。


 プラネタリウムに入る前に、ビルの温泉施設で身体を暖める。どんなに、しにたくても。お風呂は気持ちよかった。


 すぐに上がって。


 プラネタリウムに入って。


 いつもの席に、沈み込む。


 偽物の空。


 偽物の灯り。


 隣に。


 男のひとがいる。


 でも、他の客がいるので。こちらからは話しかけないし、相手も話しかけてこない。プラネタリウム。静かな時間だけが、流れていく。


 他の客は、数分で帰っていった。


「あの」


「あの」


 小さく、声が被った。


 数分間。無言が続く。


「あはは。おかしいなあ」


 男のひと。楽しそうな小声。


「ふたりとも黙ってしまった」


「ええ。まあ。そうですね」


 自分の声は。どこまでも、低く、小さく、暗い。


「どうか、したのですか?」


「いえ。ちょっと、死にたいなって、思って」


「え?」


「どんなお仕事をされているのですか?」


 つい出てきてしまった死にたいという自分の言葉を。全く違う話で、押し流す。


「仕事ですか?」


「はい。お仕事です」


「私は、夜のとばりを降ろす仕事をしています」


「夜の帳」


「一日を終わらせる仕事です。仕事以外は、このプラネタリウムに入り浸ってます」


「そうなんですか」


 夜の帳を。降ろす仕事。


「あなたは?」


「わたしですか。わたしは、人に言えるような仕事は何も。普通の仕事です」


 それで会話は終わり。


 また、数分間。


 無言。


「しにたいの、ですか?」


 自分の言葉。押し流せなかった。


「はい。しにたいです」


 ちょっとだけの、無言。


「もし。このプラネタリウムに、星の雨が降ったら。明日も生きようと、思えますか?」


 無言で返した。


 次の瞬間。


 プラネタリウム。


 星の雨が。


 一面に。


 降った。


「わあ」


 思わず、ため息が出てしまうほどの。


 綺麗な景色。


「夜の帳を降ろす仕事なので、たまに流れ星なども担当しています」


「綺麗です。すごく、綺麗」


「どうぞ。いつまでも、眺めていてください。心ゆくまで」


 星の雨。


 まるで、触れそうなところにあるようだった。


 どこまでも。


 綺麗。

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