第3話

 いつの間にか。


 眠ってしまっていた。


 起きる。


 その瞬間だけ。目覚めなければいいのにと、思う。しんでしまえば。目覚めることもない。ただ眠り続ける。それだけ。

 べつに、しぬことに対して幻想的な考えや夢みたいなことを持ち込む気はなかった。天国とか生まれ変わりとかは、信じたいひとだけが信じればいい。自分は、ただ、しねればそれでいい。普通から、普通に、抜け出したい。だからといって、特殊な何かも必要ない。


「起きましたか?」


 声。


 隣の席。ひとがいる。声は、男のひと。


「ずっと気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので、声をかけるべきか迷いました。しんでいらっしゃるのではないかなと思って」


「しにたかった、ですね」


「ん?」


「あ、ああいえ。こちらの話です」


 席を立った。


 次の日も。帰り道は曇りだった。まだ陽は暮れていないようで、紅い雲だけが広がっている。

 いつものように、プラネタリウムに入って。いつもの席に沈み込む。今日は仕事がいつにもまして楽だったので、眠る心配はなかった。


 偽物の夜空。


 しばらく眺めていて、気付いた。


 隣の席。


 ひとがいる。


 眠っているのだろうか。安らかな顔で。ぐったり椅子に沈み込んでいる。


 声を。


 かけるべきか。


 迷った。


「あの」


 声をかけてから、気付いた。昨日、同じようなことを言っていたひとがいた。気持ちよく寝ていたから、死んでいるかと思った。そう、言っていたっけ。


「あ。ふああ。いけない。眠ってしまった」


 彼が立ち上がる。


「すいません。つい声を」


「あ、ああいえ。ありがとうございます。仕事があるので、あまり寝過ごすとまずいんです」


「しんでいるかと、思いました」


 薄暗がりのなかで。


「あ。もしや昨日の」


 お互いの顔の輪郭を、なんとなく確認する。


「おはなししたいところですが、私は仕事がありますので、ここで。また、ここで会いましょう」


 男のひとは。そう言って、去っていった。


 去り際。


 ほほえんでいた、気がする。




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