第2話

 つかれていた。生きることに。


 毎日の仕事は、別段つらかったりも、苦しかったりもしない。ほんのすこし忙しいときと、ほんのすこし楽なときが分かれている程度。世の中で叫ばれているような企業体質の問題とかそういうのとは、無縁のところだった。

 そういう、普通が板についたような生き方のなかで。自分が生きているという事実そのものに、つかれてしまった。昨日と同じ今日が終わって。そして、今日と同じ明日が来る。それが、どうしようもなく、退屈でつらいもののように感じられる。

 だからといって、変化を求めているわけでもなかった。一度普通になると。思考まで、普通に支配されていく。普通から抜け出すなんてことは考えなくなって、自分が普通にしのうとしていることさえ、普通の範疇になっていく。


 仕事終わり。

 いつもの帰り道。

 空は、曇っていた。


 いつも、夕暮れや夜空を眺めながら帰っていた。仕事に関係なく、空を見つめる。むかしから、そうだった。

 空の模様には、自分の心が映し出されるような気がして。いつまでも、眺めていられた。仕事が楽なときも、空ばかり見つめている。

 あの空のように。生きてみたい。つらいことや苦しいこと、生きることや死ぬこと。すべてを内包して、ただそこにある、空のように。


 街の灯り。

 この街では特殊なネオンが使われていて、どんなに街がきらきらと光っていても、夜空の星は見える。仕組みはよく分からなかった。特殊偏光性なんとか、と言ってたっけ。

 星。曇っていて見えない。

 こういうときは、いつも帰り道のビルにあるプラネタリウムに通っていた。

 星を見つめていないと。何か、どこかが、満たされない。

 あんまり人気のないプラネタリウムで、自分の行く時間にはいつも閑散としている。フリーパスを購入しているので、いくらでも見ることができた。プラネタリウム自体も、休憩時間なしでずっと上映され続ける方式。飽きたら、自由に外に出れる。


 プラネタリウム。


 いつもの席。椅子が、軟らかく身体を沈み込ませる。


 夜空。


 星。


 どこまでも綺麗な偽物の景色が、一面に映し出されている。


 偽物の空。


 偽物の灯り。


 自分のようだと、なんとなく、思った。普通の生活。普通の人生。その偽物のような何かのなかで。ゆっくりと、心が、こわれていく。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る