魔族の逆鱗

「マティウス? ちょっといい?」


 フィールがそう声をかけてきた。また何か面倒なことになったのだろうか?

 俺がそちらに行くと露骨に渋い顔をしたフィールがいた。


「どうした、村内やそうな顔をして。いっつも依頼なら無茶でも普通に受けてるじゃん?」


 コイツは明らかに無理のある依頼でも平気で受けてドヤ顔をするような人間だと思っていたのだが?


「それがね、また王様からの命令なのよ」


 ああ、また勅命か、前回のアレで報酬を渋られたのを根に持っているのだろう、露骨に不満な顔だった。

 アレは報酬をケチると人心が離れるという良い見本だろう。


「で、今度はなんの命令だ?」


 フィールは吐き捨てるように言った。


「前回獲得した領地の掃討だって、なんでもインチキだとかの声が上がって住んでた魔族が立ち退かないらしいわ」


 ああ、あの時はずいぶんと無茶をしたものな、魔族の皆様もずいぶんとご不満だろう。


 しかし、勝負は勝負、負けたなら出て行ってもらわないと困る。


「しゃーない、全滅させるか」


「マティウスは気軽に言うわねえ……まあ魔石はきっちり出させてるから大丈夫だとは思うけど……あの国王この状況で魔石ケチろうとしたんだから信じられないわ」


 国王は案外領地に執着がないのだろうか? この状況で金をケチるとろくな事にならないのは火を見るよりも明らかだというのに。


 しかし、フィールの尽力で魔石は確保できたようだし、最悪更地にするくらいの方法をとって良いなら片付けは楽だろう。


「余裕そうね……私はまた報酬値切られるんじゃないかとすっげーイヤなんだけど」


「じゃあやめるか? 俺の主は国王でなくフィールだからフィールがやめろというならやらんぞ」


 俺は国王に仕えているつもりは無い、国家の所属したわけでもないしな、フィールの判断がすべてだ。


「私は一応来俗なんでね、そうもいかないのよ……それに断ったら兄様と姉様にまで八つ当たりが飛ぶのは目に見えてるじゃない?」


 それもそうか、フィールが国王とのつながりが薄いとはいってもスートさんとリリエルさんはモロ貴族だもんな、そうそう国王の頼みを無碍にもできないか。


「で、支給された魔石は?」


「馬車で運んできてるわ、前回より少ないのがすっごくムカつくけど」


「あんまり国王を責めてあげるな、俺が少々使いすぎただけだよ」


 フィールははぁ……とため息をついて言う。


「もう魔石は準備してあるし、後はいつでもぶっ放せば終わるんじゃない? マティウス超強いし」


 もう投げやりになってしまっていた。

 そんなフィールを少し気の毒に思いながら聞く。


「で、魔族が居座ってる領地ってどこだ?」


「ちょっとまってて」


 フィールが地図を持ってきた。


「ざっくりこの辺ね」


 地図の魔族量と人間量の中間地点を指して言う。


「ちなみに人間はいないから遠慮なく吹き飛ばしていいわよ?」


「まったく……人を破壊心みたいに……まあそれが一番手っ取り早いんだがな」


 力は正義だ、これほどシンプルなルールはない、圧倒的な力で相手を蹂躙する。決して文句の出ないやり方だ。


 一応中途半端にやれば禍根が残るが、完璧に根絶やしにすれば文句を言ってくる連中は存在しない。


「じゃあ馬車の準備をしておいてくれ、魔石を支給された分だけ詰んでおいてくれれば後はなんとかなる」


 フィールがなんだか恐怖にも似た感情の目でこちらを見てくるが気のせいだろう。


「準備はしておくわ、といっても、魔石の積み替えだけだから明日の朝までには終わるわよ?」


「十分だ、さっさとこの面倒なお仕事を終わらせて遊びほうけたいものだな」


 この程度の戦いは以前の魔族量で大量の魔族相手に戦ったときに比べれば児戯にも等しい、楽勝である。


「ああそうだ」

「?」


「奇襲をかけるから人員は俺一人でいいぞ、目立つのは良くない」


 フィールは呆れて言う。


「普通の人からすれば自殺志願者にしか見えないでしょうね……相手も明日消し飛ばされるとは思ってないでしょうに……かわいそうですらあるわ」


 失敬な、俺はちゃんと慈悲深い殺戮をしているつもりだぞ、まるでシリアルキラーみたいな言い方はやめて欲しい。


「お願いね、生きて帰ってきてよ?」


 そうだな、生きて帰ってこいと願われたのはいつのことだっただろうか? 俺の記憶が混濁しているのか、そもそも言われたことがないのかさっぱり記憶には無かった。


 そうして翌日早朝、まだ日も明け切らぬうちに俺は馬車を走らせた。


 走りゆく馬車の中で考える、魔族もずいぶんと分の悪い相手にけんかを売ったものだ、自分が最強と思っている種族だけあって思い上がりも結構あるようだ。


 ま、適当に一発ぶっ放せば終わりだろう。


 そうしている間に魔族量との境界に着いた。いかにもな雰囲気が向こうから漂ってくる、瘴気だろうか?


 俺はロッドを取り出して、哀れな魔族に次は人間になれるように祈りながら大技をぶっ放した。


「ホーリーレイン!」


 光が大量に降り注ぎ、大きな熱量が魔族たちを焼き尽くしていく。


「魔族とはいえ、あまり気分の良いものではないな……」


 皆殺しだった、魔族たちは反撃の機会さえ与えられず光に飲まれて消滅していった。

 そこで地平線から日が昇ってきて、魔族の死体を灰に飼えていった。


 俺は哀れな魔族を悼みながら帰途についた。

 ちなみに魔石は八割方石になっていた。


 屋敷に着くとフィールが飛びついてきた。


「マティウス! やったみたいね! ま、まあ。心配なんてしてなかったんだけどね?」


「はいはい」


 俺は領主様に討伐が終わったので国王に報告しくださいと言って一日の仕事を終えた。


 昔は殺した相手を覚えていたが、それを辞めたのはいつだっただろうか? 比較的すぐだった気もする。


 そのくらいには戦いに明け暮れて、「兵器」としての役割を果たしていたからな。今と大して変わらないがちゃんと報酬が出る辺り非常にありがたいものだ。


 そうして俺は今回の立ち退きで犠牲になった魔族を気の毒に思いながら、それでもフィールのお手柄になることは間違いないので気分よく眠りについた。

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