空を夢見て
「マティウス、ちょっと頼みがあるんだけどいい?」
このパターンは絶対「ちょっと」じゃすまないパターンですね、経験則で分かる。
「どうせ断れないような話だろ?」
いつものことだし慣れてはいるんだから回りくどい話し方をする必要もないと思う。直球で本題に入って欲しい。
「ううん、断れるよ」
「はいはいわか……え?」
「だから、断ってもいいっていってるじゃない」
断ってもいい……だと? この傍若無人を絵に描いたようなお嬢様がたった一人の部下の俺が断ってもいいと?
いやいや、人数がいて替えのきくスートさんやリリエルさんの配下なら少しぐらい人員を減らしてもいいだろう、だがフィールの配下は俺一人だ、たった一人で荒事をこなしているのに俺が断れる話だと?
「ああ、言いたいことは分かるわよ? 今回の依頼は私の個人的な希望だから断るのも自由って事だよ」
「「私の」? つまり今回はフィールの個人的な頼みと言うことか?」
「そうそう! やってみたいことがあるんだけどね、私じゃちょっとどうにもならないからマティウスに頼みに来たってわけ」
おそらくそれほど難易度の高い依頼ではないのだろう……ただ不安ではある。断ってもいい依頼ってなんだろうか?
そういう好奇心が胸に浮かんでからは話だけでも聞いておかないと気になってしまうので、依頼内容を聞くだけきくことにしよう。
「それで、どんな依頼なんだ?」
「私ね……空を飛びたいの!」
「空!?」
深海と並んで魔道技術が発展しても一向に分からないフロンティアの空か……それは確かに出来る人も頼める人もいないだろうな。しかし空を飛びたいと来たか……魔導師の悲願をこうも簡単にできそうに言われても困るのだがな。
ドサリ
鈍い音が響いた、ああ、きっと今回も報酬はいいのだろう、だったら俺は……
「分かったよ、なんとか空を飛ぶ方法考えとく」
「さすがマティウス! 話が分かるわね! じゃあこれが今回使用できる魔石ね」
ドスンともう一度鈍い音が部屋に響く、袋を置くとフィールはそそくさと出て行ってしまった。さて、引き受けたはいいが完全にノープランだ、いくつか考えてみよう。
まずは風魔法で強力な風を起こして空に飛ばす方法、シンプルで成功率も高いが不慮の事故が起きそうなので出来ればやめておきたい。
次に身体強化魔法でひたすらに強化して、人力で空までジャンプできるようにする、これは成功率はまあまあ高そうだが、これで「空を飛んだ」と言い張れるだろうか? そこが問題だ、強化した跳躍力による高度ジャンプと自由落下、これを飛ぶと言い張るのは少し無理があるのではないだろうか?
さらに一番安全な方法としてはそもそも飛ばずに精神操作で空を飛んでいると錯覚させる方法もある、ばれたときに思い切り怒りそうだが方法の一つとしてはある。
では重力操作魔法ではどうだろうか? 一応フィールを持ち上げられるほどの重力を空に生み出すことは可能ではある、ただし重力はフィール以外にも作用するため実行したらあちこちが持ち上がってしまいひどく迷惑をかける人が多すぎる。
そうしてしばらく悩んだ結果、一つのシンプルだが安全な方法を思いついた。
翌日、俺たちと「一羽」は屋敷の中庭に集まった。
「ねえマティウス? 飛べるようにしてと入ったけど鳥と私を合成でもするつもり?」
失敬な、人が苦労して考えついた方法だというのに。
「まず使用する魔石はこれだけだ」
俺は親指ほどの大きさの魔石を見せる。
「ちょっとまって! いやいや、王宮の魔導師団がたくさん集まっても思いつかない魔法をそれ一個で出来るっておかしくない?」
まあその疑問はごもっともだ、それに俺はフィール自身を飛ばす気はないのだから問題ない。
「まあ聞け、平たく言えばフィールにはこれからこの鳥の精神を乗っ取ってもらう」
「はい?」
素っ頓狂な声を上げるが気にしない。
「要するに一時的に鳥になるわけだな、意識のリンクだからこの鳥にもしもの事があってもつながりが切れるだけだから問題ない。そもそも体を改変して空に適応させるより元から飛べるものを使用した方が早い」
えぇ……という顔をするフィールだった。
「それって空を飛んだって言えるのかな?」
「この鳥にフィールの一部が入るわけだから一応飛んだことになるんじゃないか?」
納得はしていないものの他に良い方法も思いつかないのでフィールもそれで手を打ってくれた。
フィールを椅子に座らせ詠唱を開始する。
「じゃあはじめるぞ?」
「うん!」
「リンクイメージ、シンクロ開始」
魔法の詠唱で慎重にフィールの精神と鳥の精神を同調させる、慎重に慎重に……フィールの方は脳の処理能力が高いので鳥のイメージが流れ込んでも処理できるが、逆は危険だ、人間の意識を過剰に鳥の精神に上乗せするとあっという間にパンクしてしまう。
フィールの意識は落ちているようだ、鳥の方は大丈夫だろうか?
「フィール、ちゃんと意識があるなら右の羽だけを上げてくれるか?」
バサリと右側の羽が上がった、どうやら問題ないようだ。
「じゃあしばらく飛んでくるといい、本体の法は俺が守っとくよ」
そうしてフィール鳥(仮称)は空へと羽ばたいていった。
高く高く飛ぶ鳥を眺めながら俺はまだまだ未熟であると思い知らされる、本当に飛ぶならもっとエレガントな方法があるはずだ、今回のような詭弁ではないちゃんとした方法が……
――そうして数刻後
フィールがようやく目を覚ました、魔法が切れたのだろう、今回使用した魔石が石になって転がっていた。
「マティウス! 空ってすごいんだね!?」
フィールがテンション高く俺に話しかけてくるのだが、残念ながらあの魔法は自身にかけることが出来ないので俺は空を見上げるのが精一杯だった。
「ああ、そうだな」
見上げると青空が広がっている、ここを自由に飛ぶのが魔導師の一つの夢になっている。
それを実現できるのが俺だとまでは言い切れないが、そうであって欲しいとは思うのだった。
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