貴族への支援
「マティウス! 今回ばかりは協力してもらうわよ!」
フィールの澄んだダミ声が響き渡る、寝起きに聞くには非常に辛い声だ。
俺は渋々布団を剥がし、顔を洗って魔導師用のローブに着替える。魔導師の正装と言えばこれだ、フィール相手なら正装である必要は無いがあの様子だと今回は余所の関わりがあるのだろう。スーとさんか、リリエルさんか、あるいは……
ガチャリとドアを開けてフィールの声のする食堂へ歩いて行く、窓を見ると日が高く上がっており、食堂にいると思っていたのであろう、だから食堂にまず来たのだろうな……
「フィール、今度はなんのようだ?」
あまりにも不躾だがフィールに俺を同行するほどの権力は無いので安心してこういう呼びかけが出来る。
「マティウス! もう昼よ? まったくもう……」
ブツブツと言っているが早く本題に入ってくれないかな……
「で、今回の依頼はなんだ?」
どうせ何かの依頼に決まっているので本題から入る、フィールに回ってきた時点でまともな依頼である可能性は非常に低い、重要ならご家族直々に依頼を持ってくるだろう。
それにしても今日のフィールの顔が少しいつもより大人びて見えるな、寝起きだからだろうか?
「言葉遣いに気を……まあいいわ。今回は私が北のフィラー卿から直々に受けた依頼よ」
おっと、フィールを頼る貴族がいたのか、まあ周囲からすればこちらのお家騒動など知ったこっちゃないし、スタイン家というくくりで、その一員のフィールに回ってくる可能性も無くはない、気を引き締めるか。
俺はコーヒーを一杯のみ落ち着いてから話を聞くことにする。
「で、そのフィラー卿がフィールになんの用があったんだ?」
その質問にフィールは堂々と答える。
「農作物の支援をお願いされたの、マティウスならちゃちゃっと増やせるでしょう?」
「確かに出来るが……」
北部にあるフィラー領はそれなりに土壌に恵まれ作物が育ちやすい地域だったはずだが……?
「凶作でも起きたのか?」
フィールはうーんと唸った後で答えた。
「凶作って言うより、病気ね。主食のジャガイモが枯死する植物の疫病で普段の半分近くになったらしいわ、しかもその上、いつもたくさんとれるからとぞんざいに保存しておいたものが光を浴びて毒をもったせいで食用出来ないらしいの。おかげで備蓄が底をつきかけてるって話よ?」
なるほど、疫病は植物間にも発生する、一つの作物に全振りしていればそれに特攻する病気が出たときにまとめて危険なことになる。しかもその上備蓄の保管方法が悪いと来ている。
正直なところを言えば自業自得ではあるし、効率がいいからと多様性を放棄したり、とれてもいないものを当てにして今あるものをぞんざいに扱うような事をしていては遅かれ早かれそうなるだろう。
端的に言うと……そっちの問題だろう知ったことか、だな。
「その仕事受けなきゃだめか? 別に俺たちには一切責任がないことのような気がするんだが?」
その質問に対しフィールは端的に返答した。
「ちなみにフィラー卿に父が結構な金額の援助を受けたことがあるわ、今回なんとかしてくれたらそれをチャラにするってわけ」
うわぁ……えっぐいやりかただなあ……
とはいえ、やる理由があって、困っている人が助かるならまあ少しくらい骨を折ってやってもいいだろう。
「わかったよ、こっちに拒否権はないって事だろ? ま、人助けならそのくらいかまわんよ」
「よろしくマティウス! ちなみに成功したら父様が払ってる返済金を少し渡しに分けてくれるんだって」
引き受けてから個人的な理由ぶっ込んでくるなよ……別にその情報知りたくないよ……
そうして数日、食料を積んだ馬車が出発した。
ちなみにストレージを使うともっと楽に早く輸送が出来るが、それをやると確実に足下を見られるため馬車で運ぶという「パフォーマンス」が重要なんだそうだ、人間の汚い部分が如実に出ていると行っていいだろう。
「ねえマティウス?」
フィールが何か言いたそうだ。
「これじゃ明らかに足りなくない?」
馬車一杯に穀物を積んでいるが、領地一帯を満たすにはあまりにも少ない量だ、それは分かっている。
「まあ、出来ることなら自分でなんとかするべきなんだからな、少し考えがある」
馬車のそこに隠した魔石の魔力を感じながら人間関係の複雑さに嫌気がさしていた。
そうして間の領を通った時に、「大変ですなあ……びんぼ……恵まれてないと」と言われフィールが切れそうになったりしながらもなんとかフィラー領に着いた。
領主の邸宅へとはしらせると下卑た笑みで出迎えてくれた。
「いやあ、ありがとうございます! お父上にもよろしくお伝えください、おかげで当家は冬が越せます!」
「当家は」、つまり要するにそういうことだ。領民のことは知らないし、俺たちが全員を救えるほどの食料を持ってこないことも織り込み済みで自分たちの分だけでも持ってくれば儲けもの、そういう考えなのだろう。
「フィラー様! それでは領民が……」
フィールの言葉も意に介さず一瞥をくれて食料を移し替えて自宅の貯蔵庫へと運んでいった。
そうして残された俺たちだったが……
「なにあれ! 領民とかどうでもいいって言うの!?」
フィールは怒っていたが俺はまあそんなことだろうと思って保険をかけている。
「中央食料貯蔵庫へ行くぞ」
「え? あそこはほぼ全滅したんじゃ……ああ、何かあるのね。いいわ、行きましょう!」
そうして御者に貯蔵庫へ行くように頼み俺は積み荷の板の下にある魔石を取りだしていた。
「あっきれた、そんなに魔石持ってきてたの?」
「最悪に備えよって格言もあるだろ?」
フィールはクスリと笑いながら貯蔵庫の方を眺めていた。
――
そうして着いた貯蔵庫は、非常に大きいドーム型で、日光をよく通すようなガラス張りになっていた。
「こりゃ駄目にもなるわな……日光は食料の劣化に悪影響だぞ」
「ここは豊かだからね、そういうことすら考えなかったんじゃない?」
俺たちが感想を言っていると中からげっそりと痩せこけた人が出てきた。
「あのう……どちら様かは存じませんが、この中の食料は食べられませんぞ……残念ですがお帰りくだされ……」
老人なのだろう、痩せこけていてそれも分からなかったが。
「フィール・スタインと申します。この貯蔵庫の食料を見せていただきたいのですが」
「ああ、領主様がお呼びになったという……しかしやはり馬車にはなにも残っておらん様ですが……」
馬車にはなにも残っていなかった、体内にチャージした魔力の元になった魔石はただの石なので道中で捨てていた。
「まあ、なんとかするのが私たちですから」
その人も、盗む価値もないものしか入っていない貯蔵庫に入れても問題ないと判断したのだろう、警備が門を開けた。
辺り一面に盛られていたのは濃い緑色になったジャガイモだった。ここまで変色してしまうと毒性が強くてとても食べられないだろう。
「このとおりなので……」
力なく言う管理者を方っておいて俺は魔力を解放する。
「リバース・タイム」
「ジーン・モディファイ」
二つの魔法でジャガイモがどんどんと茶色く戻っていく、案内した管理者も口をあんぐりと開けて眺めていた。
ざっくり目につくものから毒性がなくなったところでストップする。
「これで食べられると思いますよ? あと遺伝子操作で多種に変更したのでこの中のいくつかを種芋にすれば今度は全滅という事態は避けることが出来ます」
もちろん、今の効率第一主義の種類よりは取れ高は下がるが、リスクを避けるために多少は我慢してもらおう。
「後は天井を黒く塗っておくか遮光性の高い貯蔵庫を新しく建ててください、今年は問題ないので来年からでいいので気を遣って保存したくださいね?」
ぽかんとしていた貯蔵庫の担当皆が歓声を上げていた。
「食べられる! 食べ物だぞ!」
「ようやくまともなものが食べられる! もう重湯とはおさらばだ!」
なにやら悲惨だったようだが俺たちには関係ないのでその場を後にした。
後日、借用書の破棄証明と、領民たちのお礼の言葉がたくさん載った書状が送られてきた。
俺はそれに満足していたが、当のフィールは、借金の利息分のお金が支給されたと言うことで気分良く街に繰り出していったのだった。
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