可能性の話「あり得たかもしれない世界」

 俺は今、研究をしていた。学の無い俺が研究などと言われると鼻で笑われそうだが、とにかく研究のようなことをしていた。


 魔石のエネルギーを一点に集めれば……一応これで理論上はできるな……


 その研究も一段落ついて後は実行するかどうかと言うところだが、そこが一番の悩みどころだ。

 コーヒーを飲みながら無謀とも言える研究に思いを馳せる。


「マティウス! 死んだ人が生き返らないってのは分かったんだけど、死んだ人に会う事ってできないのかなあ……?」


 いつものフィールのように面白がってでもなく、真面目な調子で聞いてきたので、つい、ほんの出来心で、禁忌とも言える研究に手を出した。「平行世界への干渉」この世界は無数に枝分かれした世界の一つの枝であり、枝の根本まで戻れば別の枝分かれした世界に干渉できるのではないかというモノだ。


 果たしてこれがいわゆる「神」とやらが許すのだろうか? 俺は神がいるならナゼ理不尽なことが後をつきないのかと常々怪しく思っているので、別にそんなわけの分からないものに許されようとも思わないのだが……


 しかし、だ。現実問題魔力を使用すればできてしまうのだからやるしか無いのではないだろうか?

 できてしまうからやる、可能なことはなんだってやってみたい、それが悪いことなのだろうか?

 そんなことを考えているとコーヒーがぬるくなってしまった。

おそらく考えても答えが出ない類いの問題なのだろう、俺は思考を中断してフィールに会いに行った。


「フィール、お望みの死んだ人間に会える装置を作ったぞ」


 フィールは目を丸くした。


「えっ! だってマティウスって死んだ人を生き返らせない方がいいって言ってたんじゃ……」


 フィールもよく分かっていないようなので説明をする。


「これはいくつもある可能性の世界を行き来することができる魔法だ、死んだ人が生き返るんじゃなく、死ななかった可能性の世界を見ることができるんだ。フィールの会いたい人がどんな死に方をしたのかは知らないが、例えば病気なら病気にかからなかった世界、事故なら事故に遭わなかった世界、そういったモノと行き来できる魔法だ。大事なのは行った先をどれだけかき回しても帰ってくるこの世界は何も変わらないと言うことだ」


「じゃあこれでフィンちゃんが死ななかった世界を見られるの?」


「フィンちゃん?」


 初めて聞く名前だった。


「私の初めてできた友達、私が魔法を使えなくても、あまりお金がなくても優しくしてくれたの、平民だったけど私はそんなこと気にしてなかった……でもね、流行病で死んじゃったの。あっけないものだった、アレが初めて私が体験した「身近な人の死」だった……もしももう一度会えるなら……「ありがとう」って言っておきたいの」


 どうやら思っていたより重大な可能性の変更のようだ。


「言っておくけど、それができたとしてもこの世界のフィンは生き返らないし最後にかけた言葉も変わらないぞ、それでいいんだな?」


 フィールは少し思案してから頷く。


「うん、結局のところは自己満足なんだと思う、生きていて欲しい、だからどんな手段だって手を出す、私の欲望みたいなものね、意味が無いと分かっていても出来るならやらずにはいられないから」

 きっとフィールの想像する未来図はバラ色を考えているようだが、現実はそんなに甘いのだろうか? 

 なんだか俺の脳の一部分がその魔法はやめておけと警告を出している。しかしそれを理性で覆い隠して魔方陣の欠いてある部屋へ案内する。


 その部屋は床だけでなく壁や天井にまで魔方陣が書いてある、とにかく巨大な術式なのでできる限りの補助が必要だったからだ。さらに魔石を大量に使用して干渉できるのは十分とすこし、絶望的なまでにコスパの悪い魔法だった。


 そもそも平行世界へ干渉したところでこちらの世界に何か変化が起きるわけではない、だから自己満足なのだが、フィールは「それでもいい」と言った。覚悟の上なのだろう。俺は彼女の事情を知らないしどれほどの友情があったかも知らない、ただそこに執念じみたものを感じているだけだ。


「じゃあマティウス、これでフィンに会えるのね?」


 俺は少しためらってから答えた。


「確かに会える、だがそれがお前の知っているその友達とは別の存在なのは忘れるな」


 フィールは喉をゴクンと鳴らし部屋の中へ入ってくる中央には手のひらサイズの魔石が小さな山と盛られている。


「すごい量ね? これだけしないと会えないの?」


「世界に干渉する魔法だからな、コストはもの凄く大きいぞ、ついでに言うならリターンは限りなく小さい、それこそお前の自己満足くらいしかない、いいんだな?」


 フィールは少し気圧されたようだがはっきり前を見て言う。


「いいわ、私はたとえそれがわずかの間の幻であっても、わずかな時間で解ける魔法だとしても、それにかけてみたいと思う」


 覚悟は出来ているようだ、ならば始めよう。


 世界に干渉する魔法を俺はついに唱え始めた、徐々に世界が書き換わっていく。部屋が光に包まれてしばらくしてようやく収まった。


「これで移動は出来たはずだ、時間が無い、急ごう」


「うん!」


 そうして部屋から出たところでメイドとフィールがぶつかった。


「ごめんなさい! いそいでいる……ので……!」


「え! 申し訳ありません! 失礼しました」


「待って!」


 そこを去ろうとするメイドの手をがっちりと握った。


「あなた名前は?」


「フィンです、お嬢様、お忘れになられたのですか?」


 フィールは思い出の中の存在に会えたことで目尻に涙をためていた。


「フィン、あなたにとって私って何?」


 フィンは困ったように言った。


「お嬢様は私の主です、平民だった私に務めをくれました感謝しています」


 どことなく事務的な口調で、おそらくこの世界では友達のような関係ではなかったのだろう。

 それでもフィールは口を開く。


「ありがとね! ほんとにありがとう! あなたは私の友達だよ!」

「え!? お嬢様? どうかなさったのですか?」


 フィンは驚いているがフィールは涙をぽろぽろとこぼしていた。


「私はあなたがいないときっとこうはなれなかったと思う、だから「ありがとう」」


 そう言っている間に白い光が俺とフィールを包み込んで、光が収まると元の部屋にいた。

「ねえマティウス? アレは夢じゃなかったんだよね?」


「二人で同じ夢を見る魔法を使ったんじゃなければな」

 フィールは満足そうに笑いながら告げた。


「マティウス! ありがとう! ずっと……ずっと心残りだったことが叶ったよ!」

 それは平行世界の出来事であり、この世界のフィンはまったくあずかり知らぬところだろう。だとしてもフィールはその自己満足を大事にしたいようだった。

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