歪んだ幸福
「マティウス! 大変よ!」
ドタドタとフィールが駆け込んでくる、いつものことなので気にしないが、どうやらその日は事情が違ったようだ。本当に慌てているといった風だ。
「どうした? フィール?」
「周辺領野村の一つが、アンデッドの手に落ちたの!」
なるほどそれは確かに一大事だ、しかし村が丸々アンデッドに全滅させられることなどあるのだろうか?
知性を持たないゾンビやグールは遠距離からの攻撃や、焼き討ち等に非常に弱い。後のことを考えなければ排除する方法などいくらでも思いつく。
「さっさと駆除するか……」
善は急げと言うし杖と魔石の用意をしているとフィールから衝撃的な発言が飛び出してきた。
「それが……村の人間は自分からアンデッドになったんだって……」
はあ? 自分からアンデッドになるだと? そんな馬鹿な話があってたまるか、自分から人間であることをやめる理由がない、大体、一応は一度死ぬ必要があるのにそんなことをわざわざする理由がない。
「始まりは流れ者の研究者だったそうよ……」
そうしてフィールは事態の説明を始めた。
村にアンデッドの研究者がやってきたこと、自分は危険の無いアンデッドを作成していると主張していること、そしてすでに自分がアンデッドでも上位のリッチーであること、などを説明して回ったらしい。
村では追い出そうという派閥と、話を聞いてもいいのではないかという派閥に分かれて論戦が繰り広げられたが、そのリッチーが明瞭な意識を持っていることがなによりも影響した。
そうしてその村ではアンデッドが文明的な生活を送っているそうだ。
「これが事のあらましよ」
フィールは淡々と語った。
しかし……自分をアンデッドに変えるなんてずいぶんと勇気のあることで……
欲しかったのかな? 永遠の命が?
「しかしそれだと馬鹿な村が一つ滅んだだけに思えるんだが……」
アンデッドは長距離を移動できない、この町まで到達することは不可能のはずだ。
「それがね……件のリッチーが来てるのよ……」
フィールは苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。
難にせよ会わないと始まらない、というわけで会談の場を設けてもらった、意思の疎通ができるアンデッドと会話するのは初めてだ。
「お初にお目にかかります、私は「ケイオス」と申す者です」
「私はフィールです、よろしく……でいいのよね? リッチーさん?」
ケイオスと名乗った者は薄い能面のような笑顔を崩すことなく答えた。
「ええ、私は人類とアンデッドの共存を目指す者です」
アンデッドとの共存ねえ……それは不可能だと思うのだが……
「私の使うまったく新しいアンデッド化呪文なら、意識を保ったまま永遠の命を得ることが可能なのです!」
わぁ……すっごーい……こういうやつがろくなやつだったためしがないんだが……
「例えばこのネズミ……ほら、言うことを聞いているでしょう?」
ケイオスの手には目が白く変色したネズミが一匹、おとなしくちょこんと座っていた。
「このネズミは餌も食べませんし知力も生前と一切変わっていません! どうです! この技術!」
ネズミに芸をさせている、フィールは興味ありそうだが俺は別のことが気になった。
「ちなみにこのネズミは言うことを聞くのですか?」
俺がそう聞くとケイオスは誇らしげに答えた。
「もちろんですよ! もはや私の命令に逆らうことなどあり得ないのです!」
「なるほど、あなたが訪れた村の方と同じようにですか」
ピシリ……と空気が引きつった。
「なにが……言いたいのでしょう?」
少し怒気をはらんだ声が飛んでくるが気にしない。
「いやあ、まるでアンデッドを意のままに操っているようだなあと思いまして……」
ケイオスが気づいたのか反論してくる。
「彼らは自分の意志でアンデッドになったのですよ? おかげで村の食糧事情や病気や老化とも無縁になったのですよ!」
「そしてあなたの言うことに逆らえなくなった……というわけですね」
脇をフィールがつついてきた。
「どういうこと? 話が飲み込めないんだけど?」
「ようするにこの人は部下を増やしたがってるって事だよ」
リッチーなのに青筋を立てたケイオスさんが俺に言ってきた。
「まるで私がアンデッドを利用しようと考えているように聞こえますね?」
俺は飄々と答える。
「実際その通りだと言っているんですよ、あなたは綺麗なお題目を立てて実際のところ、自分の配下を増やしたい、そうとしか思えないのでね」
俺はフィールを突き飛ばして自分は横に飛んで躱す。
「ずいぶんと察しがいいようですね……迷惑なのでいったん死んでもらいましょうか、なに、死霊化術でちゃんと復活させてあげますのでご心配なく」
「マティウス!」
フィールから怒声が響く。
「あいつやっちゃいなさい! アレは邪悪なリッチーだわ!」
「言われなくとも」
「フレアストーム!」
熱気が部屋を包みリッチーの弱点である炎で焼き尽くす、部屋が燃えないように加減はしている。
「ききませんねえ……」
あのケイオスはまったく何事もなかったかのように炎の渦から出てきた。
「ちっ! ウィンドブラスト!」
部屋の中では不利と判断し中庭へ吹き飛ばした。
中庭に降りるとケイオスは不快そうに言った。
「なるほど……建物の中では思ったように呪文が撃てませんか……しかし太陽の下に出ても同じだと思いますがねえ?」
「プロミネンス!」
上級の炎魔法がケイオスを焼き尽くそうと襲いかかる、灼熱から出てきたのは所々焦げたケイオスだった。
クソッ! こいつ化け物を自称するだけはあるな!
「今のは少し痛かったですよ? 久しぶりに痛みを感じました」
何でも無いことのように言ってのけるケイオス、クソ! 化け物じゃねえか……
「では私から……アイスエッジ!」
氷の刃がいくつも飛んでくるがギリギリのところで躱すことができた。
何か弱点は……
「無駄ですよ? 神聖魔法すら克服した私に敵はありません」
神聖魔法でもだめ……ならば炎で焼き尽くすしかないな。
「プロミネンス!」
「だから無駄だと……」
「オキシジェンバースト!」
「エアブロー!」
炎にありったけの酸素をぶち込んで温度をどんどん上げていく。
「ウォーター、セパレート」
水を作り出し酸素と水素に分離して撃ち込んだ、爆発が起こり周囲の石が溶けかかり、ローブの魔石もかなりが石になったところでようやく炎が晴れた。
そこには一体の「死体」が転がっていた。
階段を使って降りてきたフィールが聞いてきた。
「殺せたの?」
俺は一言こう答えた」
「とっくに死んでるやつがようやく死体になったんだよ」
その死体は指一本動くことのない「死んだ死体」だった。
後日、そのリッチーの葬儀が執り行われた。
あまりいい印象のないやつではあったがまた復活されても困るので、念入りに棺に神聖魔法で封印を施して土の中深くに埋めた。
「あの人は悪い人だったのかな?」
フィールがそう聞いてくる。
俺はそれに答える。
「人間は有限の時間を生きてるんだ、無限に生きようなんで夢物語だよ……」
そう答えたがこのリッチーだったやつが土の下でどう考えているのかは知りたくなかった。
これがリッチー騒動のあらましである。
ちなみにケイオスが倒れたことにより、こいつがアンデッド化していた村の人間に理性が無くなったためお隣の領主が駆除し尽くしてその村は消えたそうだ。
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