マティウスのおんがえし

「マティウス? 何をやっているの?」


 フィールは俺に問いかける。そうだろうそうだろう、これを見て何をやっているか分かる人間はそういない。俺はオレンジを搾って、加重に砂糖や諸々の調味料を入れていた。


「ねえ? それ何ができるの?」


 フィールはしつこく聞いてくるので俺はシンプルに答える。


「酒が飲めない年代向けの飲み物だ」


 現在飲酒年齢に下限は定められていないスタイン領であるが、決まっていない故の問題として、子供が酒を飲んでアル中になるという問題が発生していた。


 それは水が飲めないから代用品として飲んでいた酒で怒ったことなので、上水道から安全な水が手に入るようになった現在そのようなことは起きないはずだった。


 しかし「ただの水とかまっず」という子供たちの反骨精神から背伸びをしてワインやエールを飲むというのが流行っているらしい、リリエルさんが「せっかく上水道を作ったのに……」と嘆いていた。なお上水道はしっかり大人が使っているので役目は一応果たしていた。


「それを売る気なの?」


 失敬な、まるで金の亡者を相手にしているようないいかだな、間違ってないけど。


「じゃあ最初の一杯はフィールでどうだ?」


「え? 飲むの?」


 上水道が整備されるまでは生水が飲めず、わざわざ煮沸する手間をかけた水に味をつけようとする人がいなかったのでジュース文化は一部貴族の間だけで流行っていた。


 俺が渡したオレンジジュースを注いだカップをクイと一気に飲む、アルコールは入ってないからその飲み方でまったく問題は無い。


「あ! おいしい! ねえもう一杯!」


「だーめ、これは今度の礼拝で子供向けに配るんだから」


「珍しいわね、マティウスが宗教に肩入れするなんて?」


 確かに俺は神というものを信じてはいないだとしても……


「あそこの教会の炊き出しの世話には何回もなってるんだ、たまには恩返しもしたい」


「義理堅いわねぇ……」


 フィールも理解はしてくれるようで要求はそこで止まった。


「でもこれ、案外みんなにいいんじゃない? お酒よりは体に良さそうね?」


 フィールも酒は飲み慣れていないのか酔っ払いの事情は知らないらしい。


「フィール……仕方なく酒を飲んでる人もいたがな……現在はほとんど好きだから飲んでるんだぞ?」


 露骨に嫌な顔をしていた。


「わざわざアル中になってまで飲むものなのかしらね? 上水道作ったんだから水の方がいくらかマシな気がするけど……」


「いいか、おいしい物ってのは大抵体に悪いんだ、このジュースだって酒よりマシって位で飲みまくったら体に悪いぞ?」


 そう、大抵体に良いものというのは美味しくないと相場が決まっている、逆に美味しければそれは大抵体に悪いんだ。


 でなきゃあんなにエールやワインが流行るわけがない、人類はみんな心のどこかに破滅主義を持っているんだと思っている。


「しっかしマティウスが炊き出しねえ……うん、似合うわ」


 などと失礼なことを言っているフィールはさておいてジュースを一樽丸々作ったので当日分くらいはありそうだ。大分甘めに見積もって樽の三分の二は需要があると見込んでるからな、そういうときに限って需要がやたら大きくなる物だ、こればっかりは余裕を持っておくしかない。


「マティウス? これだけの果実どこで手に入れたの?」


「規格に通らない売れないやつを集めてきて魔法で圧搾して果汁を搾ったんだ、形が悪かろうが飲み物になれば一緒だからな」


 あまり見栄えの悪い物は売り物にならず廃棄予定となる、見栄えの悪い物ばかり売っていたら食糧難と間違えられる等々の事情もあり流通に乗らなかった物を集めた。


 貧乏暮らしをしていた頃はこういうものを食べて食いつないでいたからな、この手の物の流通網には詳しい。


「ちなみにあっちで混ぜてるのは?」


 そちらでは魔法機械が白い粉を入れながらジュースを撹拌していた。


「ああ、調味料だよ。原液そのままも味があっていいがやっぱ飲みにくいからな、甘みや酸味の調整をしてる」


 フィールは「へえ」と感心してから残っていたジュースを飲み干して言った。


「ねえマティウス! その炊き出し私も行っていい? 領主様からの配給って形にすると私の株が上がると思うんだけど?」


 どこまでも欲望に忠実なフィールだった、まあ悪いことばかりでもないのだが……

「じゃあ仕入れた材料費は経費で落ちるか?」


 俺は請求書を見せる、規格外の品を買い集めたのでそれほど高くはない。


「うーん……大丈夫そうね、よし! 次の炊き出しが楽しみね!」


 こいつは本当にメンタルが強いな……そんな感心をするほどぶれない精神をしている。それがいいか悪いかは分からないが……


三日後――

「ごはん! ごはん!」

「のどかわいたー!」


 とまあ恵まれない子供たちが集まったところで教会での領主様主催の炊き出しは開始された。

 俺は飲み物のみで食べ物については触れなかったが、フィールがウキウキで歩いていたことでスートさんやリリエルさんにも速攻でばれて、領主家全員が主催する炊き出しとなった。


「ありがとーりょうしゅさまー」

「はいどうぞ」

「ありがとー」


 次から次へとやってくる子供にジュースを渡していくフィール、案外手際が良かった。


 スートさんとリリエルさんからは食べでがある野菜と肉のスープが提供された。


 野菜と肉なので野菜ばかりかと思っていたのだが思っていたより肉が多かった。


「では神様と領主様に日々の糧をいただいたお礼をしてから食べましょうね」


 シスターはそう言うが子供の一部はもうがっついていた。子供なんてそんなもんだ。


 ちなみに大人には飲み物の提供はなかった、エールにせよワインにせよ嗜好品の提供はなしだ、水分が欲しいなら水が簡単に手に入るのだから。


――終了後


「ありがとうございました領主様、みんな満足いくほど食事ができたのは久しぶりです!」


「領主として当然ですよ」


 その当然を俺が食い詰めていたときにもして欲しかったがまあ言わないでおいた。


「それと、飲み物が良かったですね、子供はただの水をほしがりませんから……エールやワインはだめだと入ってるんですけどね……」


 フィールは自信満々に言った。


「任せなさい、私は需要をよく分かってますからね?」


 その後ひたすらお礼を言うシスターと自信満々に俺の作ったジュースの自慢をするフィールを眺めながら……今の子は恵まれてるなあ……と思ったのだった。

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