フィールと経済学

 俺は今日、自由になっている。珍しいことにフィールの無茶ぶりもスートさんやリリエルさんの懇願もなく平和な一日を過ごしてる。


 人間暇だと、つい人と関わりたくなるものだ、そんなわけで町の酒場に来た。


「エール一杯、あとウサギ肉のステーキ」


 ちょっとした贅沢をさせてもらおう。何しろフィールお付きになってから少々財布が重くなってくれた。


 ゴトッとエールがジョッキで運ばれてきた、隣にはステーキが並んでいる。


 ジョッキを口に運んでからしょっぱいウサギのステーキを食べる、健康には悪いのだろうがとてもおいしい。「あれ? マティウスじゃん? 珍しいな、酒場で会うなんて!」


 俺が以前パーティを組んでいた(もちろん予算の都合でお別れした)面々がそろっていた。


「景気が良さそうで何よりだよ、口さがないやつなんてお前がいつ餓死するかで博打打ってたぜ」

「ちなみにお前は何日に賭けたんだ?」


 こいつの正確からして賭けてるだろうな……


「俺はこいつはそうそうくたばらないし餓死以外で死ぬだろうなって賭けてから一儲けさせてもらったぞ」


 がっはっはと笑う男。


「そうか、ならこの場くらいおごってくれても罰は当たらないんじゃないか?」


 肩をすくめて言う。


「マティウス、お前言ってたよな? 「俺たちをつないでいるものは絆なんかじゃなく金だ」ってよく言ってたじゃん。だったら俺に借りを作るのも嫌だろう?」


 まったく……知らないうちに好き放題してくれる連中だ。もっとも、「仲間意識」なんて生ぬるいものじゃなく「金」のつながりだったから結成も俺の放逐もなんの問題も無く気持ちよく進んだのだが……


「ねーちゃん! 俺にもエールを一杯!」


「お前休日なのか?」


「戦士だってたまには休むさ、年中休日だったお前とは違うんだよ」


「今は人使いの荒い上にこき使われてるんだがな……なんにせよ自腹切って一緒に酒場で飲める日が来るとは思わなかったな、乾杯!」


「乾杯!」


 グビグビとエールを飲む。アルコールがいい感じに不安を和らげてくれる。


「しかしマティウスが貴族のお付きねえ……領主様の考えることはさっぱり分からんな」


 俺が高燃費なのは周知の事実だが、全開を出したときの実力はほとんどだれにも見せてなかったので、俺の扱いは魔石を使えば波の魔導師レベルにはなる、程度の認識のやつが多かった。


 それにしてもこいつとも生きて会えるとはうれしいものだ、なにせ危険な依頼ばかり受けるので自殺志願者じゃないかと噂されたくらいだからな。


「ところでさ?」

「なんだ?」

「お前の名前ってなんだっけ?」


 男は呆れたように肩をすくめた。

「パーティ組んだ相手の名前くらい覚えとけよ……」


「悪いな、とっかえひっかえしてたんでいちいち全員は覚えてないんだ」


 結構な数のパーティの助っ人だったり緊急用の人員としては使われたので全員の名前など覚える気もしなかった、それにギルドで依頼を受ける人間にはそもそも訳ありで名前もないやつが普通にいたので、安易に聞くのもはばかられるところだった。


「しょうがねえな……ガイアだよ姓は無い、そのくらいは分かってるだろ?」


 ギルドに登録するのは大半があぶれものなので姓を持つものは珍しかった、いたら覚えてるだろうな……


「で、ガイアは景気どうよ? 最近デカいのがないだろ?」


「ああ、そうだな。たまにデカい依頼が出るかと思ったら領主様が片付けてしまうことが増えたんでな」


 多分その依頼を受けたのはフィールだろう、あいつには後でこの町の経済のイロハを教えるべきじゃないだろうか? 下層の人間が苦しんでるぞ……


 とはいえ俺も十分下層民だあまり贅沢な依頼は個人では受けられない。

「そういえばさあ、最近水道水が煮沸せずに飲めるようになったってみんな喜んでたぜ、お前も一枚かんでるのか?」


 かんでるどころかメインでやったのが俺なんだがな、面倒だし適当に答えておこう。

「ああ、一部を作ったよ、結構な人使いの荒さだった」


 ほとんど嘘は言っていないので問題ないだろう。


 ガイアが愚痴を言い始めた。


「俺はそこそこのモンスター化って生計を立ててたんだがな、領主様がその辺全部治安維持でかっさらっちまうんだわ、たまったもんじゃないぜ」


「しかも、魔導師の専門分野まで口を挟んできてる、結果を出してるだけに余計にたちが悪いなあ……」


 結果を出していなければその人たちも食い扶持にありつけたのだろう、残念ながら俺が少し邪魔をしてしまったようだ。


「まあソイツらも普通の生活が送れるんなら普通に暮らすって言ってちょい貧乏な平民くらいの生活ができてるんだがな……良くも悪くも領主様だな」


 それなりの暮らしはできているのか、ならばよしとしようじゃないか。

「よっし! マティウス! メタルリザードでも狩るか? ちょうどいい感じに依頼が出てたんだ」

 何を言い出すんだこいつは……


「言いたいことは分かる、だがちょっと待ってくれ……こいつを見ろ」


 ごろりと魔石が数個袋から転がって出てきた。

「珍しいな、魔石なんて買ったのか?」


「ちげーよ! 馬鹿な依頼主がな、現金が実はないのでどうかこれでつって報酬を魔石にしやがったのよ。で、俺も換金方法には詳しくないし、そこにちょうどお前を見かけたってわけだ!」

 バンバンと俺の背中を叩く。


 まあガイアとその他の人たちにも少し迷惑がかかっているようだし受けてやるか……


「依頼書を見せてくれ」

「あいよ」


 ぶっきらぼうにバンと置かれた依頼書には、町の近辺にメタルリザードの目撃例があるので実際にいるなら討伐をたのみたい、と書いてあった。


「いるかどうかも不確かなのかよ……」

「まーなんだ、そういう依頼はしっかり残ってんだよ!」


 酔っ払って笑うガイアを眺めながら面倒なことになったと思っていた。

 町の門を出ると道の脇には草原が広がっている。

「えーと……西門を出てすぐの丘で目撃例があるな」


「あそこだろ、さっさと行こうぜ!」

 ちなみにメタルリザードには物理攻撃がほとんど効かないため俺の魔法だよりになってくる、ガイアはそこまで計算していたのだろうか?

「着いたな……」

「すぐだったな……」


 広がる岡の上にはメタルリザードが全精力で待機していた。

「あれ、やばくね?」


 ガイアはそう言うが俺は魔石の量からして片付くと判断した。


「じゃあ俺が倒すわ、魔石もらうぞ」

「ヘルファイア」


 周囲一帯を綺麗に焼き尽くし、メタルリザードの金属成分だけが残っていた。

「マティウス……お前、以外とすごいんだな?」


「魔石がなきゃただのポンコツだがな」


 俺は自嘲気味に笑う。

 そうして町に帰った後。


「いいのか? 俺が九割も報酬もらって……ほとんどお前が倒したじゃないか?」

 俺は報酬の九割をガイアに渡していた、フィールが依頼を潰していた罪滅ぼしでもあるのだがそっちについては黙っておく。


「ま、魔石が無けりゃ何にもできない魔導師だかんな……魔石の持ち主がそれなりにもらう権利は大いにあると思うぞ?」


 ガイアは笑いながら言った。

「俺が間違ってたよ、お前がいつか餓死するんじゃないかって思ってたが老後までは平気そうだなハハッ……」


「先の事なんてわかんないさ」

 そうして俺たちはしばし思い出話をして帰途についた。

 その後屋敷で当然フィールにギルドの依頼を全部受けたりしないようにとお説教をしたのだった。

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