死者蘇生の可能性と不可能性

「ねえマティウス、ちょっと聞きたいんだけど?」


 フィールがそう聞いてくる、こいつがこう言った際に「ちょっと」ですむはずがないのはいつものことだ。


 しかし朝食を食べながら隣に座っている俺の足をぐりぐりと踏まれるのも不愉快だし、あいにくそういった趣味はないのでやめてもらう。


「どうした、なんか依頼か?」


 フィールは首を振る、おや珍しいな? こいつはいつも無理難題を押しつけてくるのに……


「マティウスってさ、「あの時ああしてたら」って思うことない?」


「いくらでもあるぞ、でもそれが人生だろう?」


 こいつは呆れたような顔を俺に向け問いかける。


「だって、もしもそうだったら、って人類の夢じゃない?」


 フィールはどうやら死者蘇生法についてできないか聞いてきているようだ、アレについては……


「もしもは人生にはない、今がすべてだ、不毛なことを考えるより請願に耳を傾けたらどうだ?」


 俺はにべもなく断る。アレは絶対にやってはいけない禁呪なので考えることすら嫌だ。


 俺が渋い顔をしているのを見てフィールが図星をついてくる。


「マティウスってもしかして試したことあるの?」


「ない! 俺は実直な魔導師だからな。そんな夢みたいな事は考えたことがない」


 フィールは「へー」と信じた様子もなさそうだ。


「で? どんなことになったの?」


 わくわくしながら聞いてくるフィール、この話はしたくなかったんだがな……


「フィールとで会ういくらか前に、俺はある一行とパーティを組んで討伐依頼を受けていた」


「誰々? 知ってる人?」


「悪いがその名前を出す気は無い、できれば歴史の下に沈めておきたい話なんでな……」


 そして俺はとあるパーティとの出会いと別れを語った。


 それはごく平均的なパーティで、人がよく、あまりお金の出ない依頼も嫌な顔をせずに引き受けた、いい奴らだった。


 俺は荷物持ち件非常時の要員と言うことでパーティに加わっていた、魔石もほとんど無かったためほぼ食費と野宿をしない程度の賃金しか出なかったがそれは嫌なことではなかった。


 無論、豪勢な暮らしを夢見るものや、故郷に錦を飾りたいもの、お金持ちになって恋人の病気の治療費を稼ごうとするもの、様々な理由で戦っていた。あの日までは……


「さてフィール、ここから先は聞いてて面白い話でもないし、できれば話したくもない話なんだが、それでも聞きたいか?」


 フィールは無言で頷いた。

 そうしているうちに俺が空間移動の魔法を使えると知ったメンバーが、高難度のクエストを受けようと提案した、そいつ曰く「やばくなったらマティウスが空間移動の魔法を使ってみんなで逃げられるだろ」と脳天気なことをいいながら引き受けた。


 俺はその時があの悲劇を止められる最後の時間だったと思う、依頼を受けたときには運命は決まっていた。


 前方にはドラゴンを引き連れた大量の魔族軍、後方からは亜人種の挟み撃ちに遭っていた。

 目的は目の前のドラゴンを討伐して魔族の戦力をそぐことだったがそれが不可能なのはみんな気づいていた。


「逃げよう! あの数じゃ相手にできない!」

 俺がそう言うとリーダーもしょうがないと同意して俺が転送ゲートを開こうとした。その時だった。


 亜人種の放った矢の一本が剣士に刺さった、ドクドクと血を流しながらも俺たちは退却した。

 その後退却の際に使った魔石が最後の一個で、剣士に使う回復魔法用はまったく残っていなかった。


 俺はなじられたし、責められた、責任もとれと言われた、つまりは剣士は致命傷を負っていた。

 それからそのパーティを追い出され剣士の墓に参ることさえも許されなかった、いやそれには理由があったんだが……


 数日後、俺はパーティーのリーダーのナイトに呼び出された。


「マティウス、お前の判断遅れのせいで仲間が一人死んだのは覚えてるよなあ?」

 気分の悪くなるような声だったが俺の判断が遅かったのも事実だったので認めた。するとそのナイトは手のひら大の魔石を俺に差し出してきた。報酬でないのは明らかだった。


「これで……俺に何をしろと?」

「決まってんだろ? 死者蘇生だよ」


 その仲間たちは死んだナイトの遺体を持って帰りできるだけいい状態で保存しておいたらしい、その時点でできる限り協力したくなかったし、その魔石をどうやって手に入れたのかは絶対に聞かないことにした。


 部屋に入るなり剣士が俺の後ろから剣で俺をつつきながら「やれよ」と言った。拒否権なんて上等なものはそこには無かった。


「しかし……死者蘇生はほぼ例のない魔法で……」

「うるせえ! お前のせいで死んだんだろうが! グズグズ言わずにやれ……」


 俺は渋々魔石から魔力を吸い出し始めた、いつもなら力がたぎってくるのにその日は手のひらから氷を体の中に突っ込まれたような気分だった。

 魔力が行き渡ったので俺は一言呪文を唱えた。


「リザレクション」

 当たりに光が広がり、それが保存状態のいい死体へと吸い込まれていった。後知恵に過ぎないが、あの光は聖なるものなどではまったく別のものだったのだろう。

 そして死体は上半身を起こした、生き返ったんじゃないかって? いや、確かにアレは死体だったよ。


 そこからは地獄絵図だった、集まっていたパーティメンバーに噛みついたり首を折ったり、とにかく皆死んでいった。


 俺は最後まで残ったのでその「ナイトだったもの」にホーリーパニッシュメントを唱えて死体に戻した。


 そこには俺以外の、人には到底不可能な殺され方をした新鮮な死体三体と、とっくの昔二審でいたしたいが一つ、残ったのはそれだけだった。


 オチ? そんなものは無いんだよ、現実派いつも残酷であり意味のあることばかりが起きるわけじゃない、人が突然死ぬことや悪人が奇跡的に助かることだってよくあることだ、だからこの話はここでおしまい。


「とまあこんなことがあったわけだよ、どした?」


 フィールはガクガク震えながら聞いていたようだ。


「あなた、そんな修羅場をいくつくぐったの?」


「数え切れないほどだよ」


「すごいメンタルしてるのね」


「慣れだよ、慣れ」


「で、だ。フィール? 誰かを生き返らせて欲しいのか?」

 フィールは無言で首を振った、だれを願おうとしていたのかはついぞ分からなかった。

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