インフラの整備

「マティウスー? ちょっと頼みがあるんだけど」


 おそらくフィールの持ってくる頼みは「ちょっと」どころではないのだろうが、平気で俺のところへ持ってくる、人を万能の神か何かと勘違いしてないだろうか?


 パタパタと廊下を小走りする音が部屋へ近づいてくる、覚悟は決めておいた方が良さそうだ。

 足音が俺の部屋の前で止まり部屋が大きく開かれる。


「マティウス! 水道の整備をやってくれるかしら?」


 またこのお嬢様は面倒事を持ってきてくれるなあ……あきれを通り越して感心すらする俺にフィールは「年計画書」を見せてきた。


「なんだよこれは……「全人民に安全な水を提供することを約束します!」ってビッグマウスにもほどがないか?」


 現在の文化状況では各家庭で夏はぬるく、冬は凍るような水をいったん煮沸してから使っている、薪代だって馬鹿にならない。だからまあ理解できなくはないんだ……でも何で俺が?


「そう言うのは領主様の仕事だろう? 何でフィールに回って来てんだよ?」


 こいつは胸を張って誇らしげに言った。


「そりゃあ、父様も母様も手に負えないって言ったからよ!」


 だったらお前も断れよといいたいのをぐっと我慢して目を通す。


 上水道自体は昔々に敷かれたものを使っている、食器を洗ったりお風呂を沸かしたりするのには問題ない、生水を飲めないのが問題だ。


 それなりの年齢なら薄いワインを水が割に飲むこともできるだろうが子供は特に寄生虫などへの抵抗力が薄いため、安全な水は重要だった。


「どうするんだ? 給水前にいったん煮沸するのか?」


 現実的なラインだとその当たりだろう、幸い、上水道に病原が入り込む余地はないので大本で煮沸しておけばすむ。


「それは燃料が足りないわね、マティウス、なんか魔石でぱーっときれいな水にする方法はないの?」


 綺麗にねえ……無くはないのだが……


「一応ある、あるにはあるんだが……」


「なに? 何か問題でもあるの?」


 制御系がとても複雑になってしまう、理論上は可能でも実際作るのはなあ……


「精密な魔法機器なので一歩間違えれば四方が消し飛ぶ」


 ひっ……とフィールが声にならない悲鳴を上げた。


 この方法は成功すればとても効率の良いものだ、くみ上げてきた水に神聖魔法の光を当てて良くないものを消し去ってしまう。確かに効率は良いのだが……暴走したときが危険極まりない。


「水道局の建造と保守要員がいるぞ? 当てはあるのか?」

「ぐぬぬ……」


 そんなやりとりをしているとノックの音が響いた。


「はーい、だれ? こんな時に……」

 ガチャリ


 そこに立っていたのはスートさんとリリエルさんだった。


「えーっと……お二人とも、どうかされましたか?」


 二人とも少し気まずそうにしどろもどろながらも経緯を話してくれた。


「いやあ、フィールが水道の整備を引き受けたって聞いてね、マティウス君に相談するだろうと思ってどんな話が興味があってね……いや立ち聞きする気はこれっぽっちも無かったんだがね?」


「私もフィールとマティウスさんだけじゃあ荷が重いかと思ってきてみたらね……私も立ち聞きしようなんて思ってなかったんですよ?」


 要するにフィールがどうやって無理難題を片付けるか気になって聞き耳を立てていたと言うことらしい。


 しかしまあ良いタイミングとも言える。

「マティウスさん、リリエルさん、人材を少し貸していただけませんか?」


「ちょ! マティウス!」

 フィールの口を押さえて話を続ける。


「まず俺たちでは装置は作れても人員が足りません、水道局の建築要員と保守要員です」

 スートさんは興味深げに言った。


「それは高度な技術が要るのかい?」

「いいえ、単純な土木作業です」

 リリエルさんも食いついてきた。


「ちなみに保守とはどんなことをしますの?」

「保守要員は各種メータを見て異常時には俺に連絡を入れてもらいます、基本は待機ですね」

 スートさんは喜ばしげに言った。


「それはそれは、ちょうど私の部下が少し持て余していてね、ちょっとそちらの建築に回させていただけないかな?」


「願ってもないことです」


 ありがたい、これで建築はどうにかなった。


 そしてリリエルさんも口を挟んだ。

「その……保守要員に危険はありませんの?」


「基本的に扱うのは安全化された水なのであふれるにしても水です、口に入ったら死ぬようなものは取り扱いません、それに平常時は監視だけなのでほとんど危険はありません」


 リリエルさんは笑顔で俺に言った。


「でしたら保守要員にいくらか回させていただけませんか? どうにも私の人使いが荒いと言われてしまうので……そちらならその……あんまりキツくないでしょう?」


「ありがとうございますリリエルさん」


 その隣で仏頂面をしているフィールに言った。

「お前も大事な役目があるぞ、魔法機械用の魔石の調達をしてくれ、幸い水棲生物程度なら小型の魔石でも一月くらいは綺麗にできる」


「ま、任せときなさい!」

 そうして三者三様の役割が決まり、俺は工事の監督として水源に赴いた。


「そこは銅製のパイプ通して、そこは水に触れないからモルタルで良いよ」


 とまあ指示を出しつつ徐々に水道局は完成していった。


 さて、と。 俺は魔法機械の開発に着手していた、神聖魔法で煮沸と同じような効果を出せるのは知っていたので、ガラス管と周囲を囲む魔石入りの照射機械で水を綺麗にするのはそんなに難しくなかった。


「マティウス! がっぽりとってきたわよ! これで十分でしょう?」


 フィールは鉱山から上質な魔石をたくさん背負って持ってきてくれた、正直なところオーバースペックなくらい上質だった。


「マティウス君、水門を開けていいか部下が聞いているんだが?」

「構いませんよ、全開にしてください」

「構わないそうだ、水門、全開!」


 その声と共に水がじゃぶんと貯水槽に流れ込んできた。


「マティウスさん? 保守というのはどのようにすればよいのですか?」


「ああ、こことこことここのメータが下限と上限に達してなければ問題ないです、水の見た目が明らかにおかしいときとかは非常レバーを引いて供給をストップさせてください」


「だそうよ? やりたい人は順番にね?」


 リリエルさんが部下に希望者を募る、希望者多数なのでローテーションでやることになるだろう。

「むぅ……」


 その様子を見ているフィールはずいぶんと不機嫌そうだった。

「どうしたんだよ? 依頼はこれで完璧だろう?」


 ため息と共にフィールの愚痴が漏れてきた。

「だって私一人の力じゃないし……私がすごいって感じあんまりしないじゃない……」


 どうやら自分一人でなんとかするつもりだったらしい。


「いいかフィール、人が一人でできる事なんてどうやっても限界がある、だから頼れるときはだれだって頼れ、それは決して恥じることじゃないぞ?」


 フィールはどこか納得はしていないようだったが不機嫌ではなくなった。


「フィール! ありがとう! おかげで領民に安全な水を提供できるよ!」


「ありがとね、フィール! あなたのおかげで士気が保てるわ」

 二人からの予想外の感謝にはフィールも顔をにやけさせながら対応していた。


 余談ではあるが、町には水売りという「安全な」水を売る商売があった。彼が失業したかと言えばそんなことはなく、かれらは「天然物! 加工前の水だよ!」などといってそれなりの売り上げを上げていたそうである、いつの世も商売は思いつきなんだなあと思ったのだった。

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