ダークドラゴンとの戦い

 俺は新聞を読みながら不穏な気配を感じていた。


 記事には簡潔に「ドラゴンが村を襲撃! 死傷者多数!」という見出しだった。


 そのドラゴンが出た村だが、スタイン領をわずかばかり出たところの村だ。ここから出てくる結論は一つ。


「マティウス! 緊急よ! 魔石をありったけもって集合して!」


 そうなりますよねー……


 正直ドラゴン相手は前回のアレと比べてマジでやばそうな相手なので関わりたくないのが本音なのだが……


「マティウス! 聞いてる?」


「ああ、ありったけを持った総力戦だろ?」


 フィールは真剣な顔で頷いて玄関の方へと出て行った。


 俺は自室に戻り、できればあまり使いたくなかった「神の杖」をストレージから取り出す。

「できればこいつは使いたくないんだがなあ……」


 そんな愚痴っていても始まらない、今回のドラゴンが村を全滅させてないことから、それほど力を持った個体でない可能性も十分ある、だが人間をもてあそぶことが目的の悪意の塊のようなドラゴンかもしれない。


 後者を相手にするには大量の戦力が必要になる。俺は部屋の隅に置いてある魔石をほとんどストレージにいれ、最大の魔石を「神の杖」のロック部分にはめた、自動サイジング機能で魔石は固定される。


「さて、行きますか……」


 玄関に行くとフィールもさすがに緊張しているらしく足が震えていた。戦力にはとてもなりそうにないのでアドバイスをしておく。


「フィール、少しでも……ほんの少しでも危ないと思ったら全力で戦線から逃げろ、俺は命令する権利など持っていないので命令はできないが「お願い」を聞いて欲しい」


 俺の真剣な顔がフィールにも伝わったのか真剣な顔で頷いた。


「すまないね、今回ばかりは猫の手も借りたいくらい戦力が必要でね」


「フィールは巻き込みたくなかったんですけど……あの子は聞きませんから」


 スートさんもリリエルさんもフィールの戦力が俺一人であることに不安を抱いているようだった。

 「切り札」を温存しているのでひけはとらないと思うが気は引き締めておかなければならない。


「兄様、姉様、急ぎ国軍と合流しましょう!」

「ああ」


「ええ……」


 やはり二人ともフィールの参加にはあまり乗り気でないようだ、何せたった一人でドラゴンを相手にするのだからな。


 ――不安をそれぞれ抱えながら三人はドラゴンとの戦闘の前線にたどり着いた。


「皆が一騎当千の戦士であることを私は信じている、死ぬことは許さん、必ず生きて帰るように」

「皆様、絶対に無茶はしないでください、手に負えないと思ったら後退も一つの手です」


 スートさんとリリエルさんは部下に檄を飛ばしていた。一方俺は……


「マティウス! 任せたわよ!」と自信満々に俺を命のやりとりをしている場に送り出すのだった。


 フィール以外の二人はこちらを白い目で見ていた、大方ドラゴンの強さを侮っていると思っているのだろう。


 そうこうしているうちに、国軍のトップがブリーフィングを開始した。


「現在ダークドラゴンはここにいる、山の高い位置なのでそこまで上るのに資源を必要とするため、次の襲来時に叩こうと思う、意見はあるか」


 俺は黙って挙手をした。


「なんだ? まさか怖じ気づいたわけでもあるまい?」


「いえ、次の襲来を待っていたら確実に村に被害が及びますよね? 現在の位置で叩くべきでは?」

 将校はフンと鼻を鳴らして言う。


「そんなことは分かっている、山を登るときの死傷者数を考えたら村人の多少の犠牲の方が少ないのだ」


 俺は納得がいかない理屈を聞かされている。国軍なんだから国民を守るべきではないのだろうか? 犠牲はしょうがない? そんな言葉で命は片付かない。


「では私が単独でドラゴン討伐に向かいます、皆さんに迷惑はかけません」


 将校が目を丸くして言う。


「死ぬ気か!? アレは確実に人間のかなう相手ではないぞ、歴史上単独でドラゴンを討伐した記録はない、この意味が分かっているのか?」


 決まっている、誰も傷つかないに越したことはないのだ。


「問題ありません、私が全力を持ってダークドラゴンを討伐して見せます」


 周囲で「辺境貴族の従者ごときが勝てるわけが……」「自殺志願か?」「死にたいんだろう、放っておけ」


 などとの隠れてもいない陰口が聞こえてくるが俺はまったく気にしない。


 念のためフィールに構わないか聞くと「絶対に生きて帰ってきてよ!」と許可をもらった。

 そうして俺は身体強化魔法を使用して山を登っていった、ダークドラゴンは積雪している部分にいるらしく温熱魔法を必要とする寒さだった。


 そしてそこには真っ黒な姿をした美しいドラゴンがいた。


「なんだと思えば人か……懲りないものだな……所詮人間など私のおもちゃに過ぎん、出過ぎたまねは万死に値するぞ」


 尊大なことを言うドラゴンに俺は軽く挑発をした。


「は虫類のくせにこんな寒いとこでよく暮らせるなあ? あれ? もしかして我慢してるの?」


 俺の安い挑発にドラゴンは思い切り乗ってきた。炎のブレスが俺の方へ飛んでくる、俺は「アイスシールド」で軽くそのブレスを弾いた。


 ドラゴンは少し驚いてから言った。


「ふむ、ただの人間ではないというわけか……いいだろう、私も脆弱な生物の相手をするのも飽きてきたところだ、私が直々に殺し尽くしてやろう」


 ドラゴンは立ち上がり、大きく鳴いた、おそらくこれが戦闘の合図なのだろう。


「フィジカルアップ」「バイタルアップ」「マジックレジスト」


 俺はバフを重ねがけし、ブレスを回避する。


「サンダーボルト!」


 雷撃魔法を仕掛ける、しかしダークドラゴンはまったく聞いていないようだった。


「ちっ!」


 ブレスや大きな尻尾から逃げながら手はないかと考える、おそらくこのドラゴンは恒温動物だ、寒冷気候で平気なことから凍結魔法は効かないだろう。さらに厄介なことに、炎のブレスを吐いていることから炎耐性もおそらく持っている。


「しゃーない……使うか……」


「どうした人間、戦う意志も失せたか……」


「いいや、お前はここで死ぬ。神がいるなら懺悔をしておくんだな」


 ドラゴンは楽しそうに笑う。


「クックック、神だと? 至上の種であるドラゴンに神ごときがかなうものか」


「ストレージ」


 俺はドラゴンの長ったらしい自慢話を切り上げストレージから一本の杖を取り出した。


 白い樹木からできたらしい所々曲がった杖には支給された最大の魔石がセットされていた。


「そ……それは!」

 ドラゴンもさすがにうろたえるようだ。


「これが神の杖だ、お前には万に一つも勝ち目は無い」

 そう言うとドラゴンは俺にかぎ爪を振り下ろした。

 ガキィン


 自動発動した防御魔法が攻撃を弾く、続いて飛んできたブレス攻撃も軽く弾く。

「お……お前は一体何なのだ……? 神……だと……」

「これ出すと疲れるんだわ、一気に行くぞ」


「空間圧縮」

 ドラゴンの存在した空間が丸くしぼんでいく、空間が切り離されているため断末魔は届かない。

 ポン!


 圧縮された空間は限界を迎えて破裂し、ついでにそこに入れられたドラゴンも均一な広がりによってバラバラになっていた。

「ふぅ……疲れたな……」


 神の杖は非常に使用するとつかれるんだ……

 俺は麓にゲートを開いて作戦本部に入った。


「ドラゴン討伐終わりました、襲撃は無いと思われます」


 将校は驚いてから嘘なんじゃないかと言ってきたので飛び散ったダークドラゴンの破片のいくつかを見せると納得してくれた」


 将校は心底不思議そうに俺に聞いた。


「マティウス殿なら宮廷魔術師でも可能でしょうに……なぜ今のような地位に甘んじているのですか?」


 時々宮廷魔道士とかを聞いてくる人はいるが答えは一つだ。


「俺はなんだかんだ人間が好きでしてね、政争に祭り上げられるのはごめんですよ」


 将校はクックックと笑ってから俺に言った。


「なるほど、たしかに今は王宮も混乱していますからな、我々はあなたが来るなら歓迎しますよ」

「お気持ちだけいただいておきます」


 そうやりとりをして将校が離れた後、一人になった俺にフィールが飛びついてきた。

「よがったよう……マティウス……生きでるよね……ぐずっ」


 なんだかんだで心配だったらしい……信用無いなあ……


「ところでさっき偉そうな人と何を話してたの?」


 俺は逡巡してから答えた。

「フィールドのは人を見る目があるってさ」

 そうして大嘘を答え、フィールは目を輝かせていた。

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