フィールの休日

「マティウス! ちょっとデートに付き合って!」


 は? 俺の頭に理解不能な記号がたくさん並ぶ。


「ええっと……ちょっとよく聞こえなかったな……デートって単語が聞こえたような?」


「分かってるじゃない、私とのデートよ! 喜びなさい!」


 はっはっはと笑うフィールだが意味が分からない。


「なぜ俺がデート? 相手には困ってないだろう?」


 フィールも一応貴族なので結婚相手は決められてるんじゃないだろうか?


「まーねー、私は父様も母様もあんまり期待してないからねー……普通に恋愛しても誰もとがめないのよね……あと、兄様と姉様はガッチガチに将来が決まってるから私の自由っぷりをうらやましがりそうだし?」


 性格の悪い理由だった……でも何で俺なんだろう?


「別にその辺の貴族捕まえればいいのでは?」


 フィールも見た目は良いのだから結構相手には不自由しなさそうだがな。


 しかし、分かってないわねえと首を振るのだった。


「いい? そんなことしたら家名に関わるでしょう? 別に私はその辺の多少お金持ちを引っかけても文句言われないけど、後腐れがある人間とは関わりたくないの。マティウスはお金に関することならどこまでも忠実で安全なの知ってるからね?」


 嫌な信頼感だなあ……まあ確かにお金には忠実であろうと思ってるけどさあ……言い方ってものがあるだろう。


 ドスン


 目の前に麻袋が置かれた。恐る恐る中を見ると……金貨が数枚詰まっていた。


「これが私とデートの報酬よ? 魔法を使うわけでもない安全が保証された楽な仕事でしょう?」

「そうだな、分かった、オーケー、引き受ける」


「それじゃ、明日町の噴水前で落ち合うわよ、ちゃんとした服を着てきなさいよ? あなたいっつもローブ着てるからね」


「アレが一番魔導師として効率が良いんだよ」


「はいはい、明日は魔導師じゃなく私の恋人なんだからそれなりの格好してきなさいよ、服は……クローゼットに入れとくから」


 至れり尽くせりだ事で……ありがたい依頼だなあ……


「じゃあまた明日」

「ああ、また明日」


「ちゃんと噴水前に行っておきなさいよ? スタートはここじゃないんだからね?」

「わざわざ町に出てから落ち合うのか……?」

「こういうのは雰囲気よ?」


 ともあれ装備一式(?)は部屋のクローゼットの中にそろっていた、白のシャツに黒のスラックス、ネクタイまで用意してある。


 ローブが楽なんだけどなあ……などと効率のみを考えてきたのでどうしてもそういう考えが浮かんでしまうのだった。


 明日の朝に目が覚めるように小さな音響魔法を仕込んで眠りについた。


 ――パチパチパチ

 ん? 朝か?


 音響魔法を止めてからクローゼットの中の衣装に着替える、この服、魔石を隠す場所があんまり無いな?


 ローブなら懐に結構な量を隠せるのだが……しょうがない、小型の魔石をポケットに入れて、大抵のことには対処できる程度の魔石をストレージに入れた、緊急時はポケットの魔石からストレージが開けるようにしておく。


 部屋を出て朝食を食べようと思ったのだが、家族そろって朝食を食べていなかったらしく、ダイニングには食器一つ無かった。


「しょうがない、町で食べるか……」

 俺は転移魔法を開いて約束の噴水前に移動した……途端に頭に衝撃が走った。


「痛ったあ……何する……ってフィールか?」

 衝撃の正体はフィールが俺の頭をひっぱたいたことだった。


「何するんだよ会ってそうそう……」


「そうそうじゃないわよ!? 行ったわよね、雰囲気が大事って!? デート場所に転移魔法で直行とか、マティウスは情緒ってものを考えたことがないの?」


「情緒って……待ち合わせ場所に来るのに一番効率が良いだろ?」


 フィールははぁ……とため息をついて俺に言う。


「いい、人間ってのは非効率なものも楽しめる生き物なの? そんな効率だけで生活したら息が詰まってしょうがないわよ!」


 どうやら認識の違いがあるようだ。


「間に合わないよりよっぽど確実で良い方法だと思ったんだが……」


「まったく……許したげるから、朝ご飯食べるわよ。マティウスが昔行ってた食堂とか無いの?」

「あるにはあるが……」


 あそこにフィールを連れていくのか……

 しばらく街道を歩く、俺がフィールの後をついていこうとすると「デートなんだから」と横を歩かされつつ目的の食堂に着いた。


 ギィ……


 きしむドアを開けると女将さんと目が合った。


「あらあら、マティウス君じゃない! 元気してた? 最近来ないからお金に困ってないのかと思ったわよ? 今日は野菜の切れ端のスープ? それとも肉の脂身とクズ野菜の炒め物?」


「マティウス……苦労してたのね?」


 フィールの目が優しくて辛い……


 ここの女将さんには金がないときに安値で普通なら出さない裏メニューとして金欠の時にお世話になっていた、あまりそのことを他言したことはないのだが……


「分かったわ! この店で一番のおすすめを出して!」


「あら! 誰かと思ったら領主様のご家族のフィール様じゃないですか!?」


「「今は」フィールちゃんでお願いするわね、事情は察しなさい」


「はい、フィールちゃんとマティウスにちゃんとした料理を出しましょうかねえ……マティウスにまともな料理を出す日が来るなんてねえ……」


 女将さんはうるっときていたがこっちは恥をさらしただけなんだよなあ……


「マティウス、あなたの食生活って大分アレだったみたいね?」


 俺は必死に弁解する。


「いや、たまにだよ! ほんと時々来ただけだから!? まるで主食が野菜クズみたいに言わないでくれる?」


 フィールはクスクスと笑いながら言った。


「あなたってほんと面白いわね?」


 俺を芸人路線で認識するのはやめて欲しいんだが……


 そんなやりとりをしていると料理が出てきた。


「はい、当店自慢のグラタンだよ! マティウスにこれを出す日が来るとはねえ……」


「分かりましたから! 他のお客さんの相手をしててください!」


 人の過去を掘り返すのはやめて欲しいんだが……


 ハフハフ言いながらフィールはグラタンを食べている。


 俺はといえば実はこれが初めて食べるグラタンだったりする。ここの看板メニューなのは知っていたがいつも出してもらっていた料理は……お察しだ。


「ねえマティウス? ここ割とおいしいじゃない? 隠してたの?」

「隠してたわけじゃないよ、ただ、ここはな……」


 大抵なかまに予算を言い訳にパーティを追い出されるのは決まってここだった、そこそこの料理を頼んでそれを退職金と言ってその場でみんなとさよならした記憶がよみがえる。


 もっとも、誰が悪かったというわけでもないのだが、あえて言うなら貧乏が悪い、たったそれだけのことだった。


 グラタンをスプーンで口に運ぶと肉の味とクリームの味が広がった、ああ、あいつらは普通にここでグラタンを食べることができたのだろうな……きっとそれは幸せなことなのだろう。

「マティウス? 一つ言っておきたいことがあるの」


 なんだろう? ついにフィールからも解雇されるのだろうか、できればそれは避けたいのだが……

「ここのグラタンを食べるのはまた付き合ったげるわ、遠慮無く呼びなさい!」


 どうやら気に入ってくれたらしい、俺もフィールも初めて食べるグラタンをおいしいと思いながら店を後にした。


「一つ分かったことがあるわ!」

「なんだよ?」

「マティウスは私がいないとだめだって事ね!」


 そういうフィールの顔は何故かとても嬉しそうだった。


「さて、少し早いけれど日の高さからしてそろそろね、屋敷へ帰るわよ」


 デートと言うにはあまりに短かった話だが、もう一度ゲートを開いて屋敷へ帰った。

 行きにゲートを使ったのはずいぶん怒られたが帰宅は大丈夫らしい、よく分からんな……


 屋敷に帰るとスートさんとリリエルさんが死んだ目をしながらうつむいていた。


「あらら、兄様も姉様も結構な食事会だったんでしょう? ずいぶん落ち込んでるわね? ちなみに私はマティウスとグラタンを食べてきたわ!」


 フィールが堂々と宣言すると二人とも恨めしそうな目を向けながら去って行った。


「なあ……何であの二人はあんなに体調が悪そうなんだ?」


「ああ、貴族の食事会って面倒なマナーと入念なチェック、クソ面倒なお作法があるのよ、私は初回で出禁を受けたわ」


 フィールは気持ちよさそうにそういった。

「私には大して背負うものも無いしね、あの二人には頑張ってもらわなくっちゃ!」

 そう言って花のような笑顔を俺に向けるのだった

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