新興国潰し

「マティウス、話があるの」


 いつになく真面目な顔でフィールが俺に話しかけてくる。

 こういう顔をしているときは本当に面倒な話だろうな……


「なんだ、今度はなんの厄介事が起きたんだ?」


「……」


 無言で俺を見つめている、どうやらふざけているようでもなくいたって真面目な話らしい。

 俺は居住まいを正してフィールと向き合う。


「で、今度の敵は『誰』だ?」


 こいつは案外モンスターには容赦ないが人間相手だと途端に及び腰になる、まあ生きてる人間と戦うのは気持ちの良いものでもないしな。


「今回の依頼は嫌なら断っても良いんだけど……」


「受けるよ、でなきゃもっと面倒なことになるんだろ?」


 はぁ……とため息をついて諦めたように本題に入る。


「私たちの隣の領地でね、独立運動が起きてるの」


 独立ねえ……俺は面倒事は嫌いなのでわざわざそんな面倒なことをする奴らの気持ちは分からないが……


「要するにその運動を潰せと、そういうことか?」


 そしてそんな命令を出すのは誰かと言えば……


「勅命でね、うちからも戦力を出す必要があるの」


 だろうな、こういうことを潰すならその領地の領主か国王だろう、その二人には独立運動は大きな不利益になる。


「かまわんよ、なんにせよ人間相手だってしてきたからな」


 久しぶりになるが人間を相手に殺すつもりで魔法を撃ったことはある、初めて死人が出たときには三日寝込んだ。


 しかし慣れるもので数えるのも諦めた頃には属なんかを殺した後で平気で酒場で一杯なんてやってた、どんなことであれ、たくさん経験すれば慣れるものだ。


「いいの……? 人間だよ? 生きてる人だよ?」


 フィールが悩むのはよく分かる、はじめの頃はナイーブになるものだ、しかし……


「俺が受けなきゃスートさんやリリエルさんに話がいくんだろ? 手を汚すのは慣れてるよ」


 貴族の務めというのはあまりろくでもないこともよく舞い込んでくるものだろう、だったら手を汚すのは俺一人でいい、なんだかんだいってもスートさんもリリエルさんも荒事になれている感じはしない、だったら俺が一番の適任だろう。


 フィールもそのことを知っていたのか俺に聞いてくる。


「兄様も姉様も私が心配するようなことじゃないって言ってるの、でも二人ともすごく辛そうで……」


 二人ともなんだかんだ言ってフィールに甘いところはあるんだな、家族愛ってやつは良いものだな……俺には無かった。


「任せとけ、厄介事は慣れてる。知ってるか? 誰も殺したことが無いやつが一人殺す方が、千人を殺したやつが千一人目を殺すよりよっぽど辛いんだぞ? だったら俺が何よりの適任だろう」


 慣れきった自分が嫌になるが実際依頼の遂行中に敵対した連中がいたことは多い、あるときは報酬の奪い合い、あるときは討伐後の素材目当ての賊、その他諸々、数え切れないほどの人数を焼いて凍らせて、黒焦げにしたり砕いたりした。今更百人くらい増えたって誤差だ。


「マティウスは強いね……」

「弱いから殺すしか無かったんだよ……本当に強い相手にはそもそも敵対しようとすらおもわないもんだ」


 ろくなもんじゃ無いが、誰かがやるべきことをやるなら自分は進んで手を汚そうと思う、できれば自分だけで済ませたいと心から思う。


「マティウス?」


 フィールがか細い声で俺にお願いをしてきた。


「帰ってきてね? 絶対だよ?」


 帰ってきてね、か。汚れ仕事をするのにそんなことを言われたのは初めてだな……

 事態は急を要するらしく俺は単独潜入任務を行うことになった。


 目的は独立勢力の鎮圧であり、殲滅ではない。ならば急いで鎮圧すれば死者も少なくてすむ……詭弁だがなんにせよ殺しなんて少ない方が良いものだ。


『アクセラレーション』

『インビジブル』

『バイタルアップ』


 一通り強化魔法をかけて戦地に急ぐ、馬車を使えば目立ちすぎるので単独任務だ。

 一昼夜走り続け、魔石が数個石になった頃、独立勢力の蜂起場所にたどり着いた。


 さて、と……リーダーを見つけないとな。


 この人数の中でリーダーを探さないとこの運動は潰せない。


 焦り始めていた頃、中央の台にリーダーらしきやつが上って演説を始めた。


 馬鹿なんだろうか? こんなもの代表は隠れて指示を出すのが基本だろうに、狙ってくれと言っているようなものだ。


「諸君! 我々は悪辣たる領主とそれを認める国王からの独立を望むものだ! 我々には力がある! 我々が本気を出せばあらゆる勢力を叩き潰せると確信している! 我々は強者なのだ! それを認識させねばならない!……」


 その辺で聞くのを止めた、だめだなこいつ、放っておくと国軍に皆殺しにされかねない。あまり気分の良いものではないがここで潰しておくのがここで集まっている連中のためだろう。


『ライトニングシュート……』


 小声で呪文を使い、閃光が自分に酔っているリーダーを貫いた。


「え……!?」


 バタリとそのリーダーが倒れる。どうやらあのリーダーのカリスマに依存していたらしく、当たりは蜂の巣をつついたような騒ぎになり、誰も犯人捜しさえしようとしていない。


 俺は『インビジブル』で姿を消したままその場を後にした。


 帰途につき、別に身体強化魔法でさっさと高速で帰っても良いところなのだが、なんだかフィールにあてられたのか、久しぶりの殺しにセンチメンタルな気分でゆっくりと歩いて行った。


 そうして三日ほどかけて、屋敷に着いた。


「マティウス! 遅い! もしかして帰ってこようか迷った……?」


「いや、俺の殺害リストに一人が増えただけだしいちいち悩まないさ」


「ねえマティウス? その……」

 フィールがもじもじしながら言い淀んでいた、俺は自室に帰ろうかと考えていたのだがその機会を逃した。


「あ……ありがとね!」

「ああ、こういうことは任せておけ、なに、いつものことだ」


 その割にはずいぶんと迷ったものだと思う、こういう日常だったことから離れてしまうとずいぶんと感覚が変わってしまうものだ……


「ねえ……マティウス……」

 まだ何かあるのだろうか?

「帰ってきてくれて……嬉しいよ」


 嬉しいか……この手の仕事の後は蛇蝎のごとく嫌われていたものだがな、ずいぶんな扱いの良さだ。


「疲れたからしばらく寝るよ……次の依頼までは二三日余裕をくれ……」

「うん!」

 そうしてフィールのいい笑顔で俺は部屋へ行くのだった。

 そして、武装蜂起をたった一人で止めたという事実は誇っていいはずだが、俺からすればその何倍もフィールが笑顔で出迎えてくれたことを嬉しくて誇らしく思うのだった。

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