マティウスとフィールの遺跡探訪

「マティウス? ちょっとお願いがあるんだけど今いい?」


 珍しくフィールが下手に出ている、いつもなら強制命令するところなのに珍しいな。


 しかし、フィールもなんだかいつもに比べてやる気が感じられない、いつもなら図に乗って無理難題を引き受けてその上で堂々としているような奴なのに……


 フィールがやる気を持てない依頼という時点で俺の力は不要なのか、もしくは気が乗らない依頼なのか、どちらかだろう。


「報酬が出るなら地獄を焼き尽くしても構わないが、どんな面倒な依頼を受けたんだ?」


 向こうもやる気なさそうに答えた。


「ああ、山の中に洞窟が見つかってね? それ自体はよくあることなんだけど……」


 なんだ? それが悩むような依頼なのか?


「その洞窟にね、なんか分厚い鉄か何かの扉のようなものがあるって聞いたの。で、私に調査が回ってきたわけ」


 たいした依頼でもないので気が向かないのだろうか?


「別に誰かがアジトにしていたってだけじゃないのか? 山賊とかいるだろ?」


 あぶれものが年の県外でひっそりと暮らしたり人に迷惑をかけることは珍しくない。だったら治安維持は領主の役目だ、それは自然なのだがなぜこいつはこんなにやる気がなさそうなのだろう?


「それがね……その鉄の扉ってのが曰く付きなのよ?」


「曰く? 幽霊でも出るのか? 見つかったばかりの洞窟だろ? 出そうな人間が死んでるとかないんだろ?」


 見つかったばかりの場所に曰くがつくというのもおかしな話だ。なにか怪しいところがあるのだろうか?


「その扉みたいなものがね、何か書いてあるのよ?」


「何か? 何かって言葉か絵くらい描いてある扉は珍しくないだろ?」


 フィールはため息をついて困り事を答えた。


「文字……らしきものではあるんだけどね? 国中の言語学者を総動員したんだけど誰も読めなかったのよ? そんなことある? ここに住んでた人間ならこの辺りで話されてた言語で書くでしょう? 何が入っているか分からないから安易にこじ開けられないの」


 開けようと思えば方法はいくらでもありそうだが……


「開けられないなら溶かすなり、切り取るなりすればいいんじゃないか? 金属なら大抵加工はできるだろう?」


 その質問にうなって答えがきた。


「なんかその扉開けない方が良い気がするのよ、中から何か出てきそうじゃない?」


 この無茶無理無鉄砲を体現したような子が用心するとはよっぽどだな。


「一応アンロックの魔法は使えるが……開けるか?」


 フィールはうーんと唸って答えた。


「マティウス、あなた透視魔法って使える?」


「ああ、それなりに近い範囲で薄い壁程度ならどうにかできるが……」


 パンと手を叩いて方針が決まった。


「じゃあマティウスが内部を見てからやばそうならきれいさっぱり埋めちゃいましょう、問題なさそうならアンロックしてくれる?」


 決まりだな。


「分かった、ちなみにその山はどこだ?」


 フィールは領地の隅にある山の名前を答えた。


「強めに透視できるように一応魔石多めに入れとくわ、なによりソレが破壊対象だったときのこともあるしね」


――そうして三日後


 俺は杖を念入りにメンテナンスして魔力を魔石から少しストックしておく。いざというときに転移魔法は使えた方が良いからな。


 俺の杖は専用品で多少の魔力を蓄えられる、体内から魔力を生成できる人間には完全に無用の産物だ。

 さらに隠し球の個人所有の魔石を懐に入れておく、今回の依頼みたいな敵がいるのかいないのか、魔法が必要かすら分からない依頼ほど面倒なことはない。リスクをどの程度とるか考えておかなければならない。


 ゴトゴトと馬車に揺られて野営を一日はさみ、やっと該当の場所に着いた、と思ったら……


「マティウス、じゃあここからは歩きね?」

「え? 馬車は?」


「常識で考えなさい、今まで見つからなかったような場所の洞窟に馬車が通れる道があると思う?」

「それもそうか」


 当たり前だった、見つかったのが遙か前なら道もできているだろうが、ごく最近見つかった場所に道が通ってたらおかしいわな。


――それからさらに数刻


「疲れた……」

「だらしないわねえ……」


 フィールの呆れた声も右から左へ通っていく。


「しょうがないだろ、俺は魔導師だぞ、体力を期待する方が間違ってる」


 というか何故フィールは平気なんだ? そっちの方が気になるんだが……


「身体強化魔法くらい使えば良かったのに……」


 お説教はごもっともなのだが、待っているものが何か分からない以上魔石のストックを一つでも減らしておきたくはなかった。


「じゃあここが例の洞窟ね」


 指さす先にはぽっかりと穴が開いていた、それ自体は洞窟なのだから当然だろうが、何故か真円に近い穴に、水平な床が敷かれているというなんとも奇妙な洞窟だった。


「ここ、人の手が入ってるな?」

「そうね、この報告が怪しかったのよ、盗賊なりなんなりがご丁寧にアジトを一カ所に固定して住み心地をよくする? 普通は転々としていちいちその場所にこんなご丁寧な工事をいちいちしないでしょ?」


 盗賊であればそうだろう、他国の諜報組織という可能性も考慮が必要だ、もっとも、そうであればこの中にはまったく何も残ってないだろう。


 コツコツと何故か土を歩いている気のしない音が響いている、床は土なのだろうか? 大理石のような反響をしている。


 コトン、コツッ


 二人の足跡がそこで止まり、ドアらしきものが見えてきた。しかしそこで気になることがある。


「なあフィール、ライトの魔法使ったか?」

「マティウスが気を利かせてくれたんじゃないの?」


 当たりの壁は白っぽく光っていた、ライトとは違う光で、あえて言うならこの前のうさんくさい発明家が持ってきたものの光に近いと言える。


 ドアには黄色と黒の丸いマークがついていて、よく分からない文字がその下に赤く書かれていた。

 俺はこっそり「リーダブル」の魔法を使う、フィールに教えるのはまだ早いタイミングだ。


 その文字は「立ち入り禁止」と「危険! 要注意!」と注意を促しているようなものだった。


 安易に開けると何が出てくるか分からないので透視魔法が確かに必要だな。

 扉には一切の取っ手はついておらず、開けるヒントがなかった。


「じゃあ、中を見てみるな」

「ええ、お願い」

「トランスペアレンシー」


 透視魔法を使い中を見ようとする、しかし中が見える前に一つ目の魔石が石になった、どれだけ厚い扉なんだ……


 俺は次の魔石に持ち替えて魔法を続行する、ようやく中が見えてきた、何故か光っている、決してライトの魔法を補助で使っていないのに十分な明るさが見てとれる。


 そして内部にはいくつかの干からびた死体が転がっていて、ソレは驚くようなことではない。

 しかし中には先ほどの文字と同じ種類の文字であろう文字の羅列が書いてあった。


「リーダブル」

 次の魔法を重ねがけしてその文字を読む。


『危険! この区域への権限のないものの侵入を検知した場合自壊スイッチを押してください』


 そういうものだった。


 何かひどく危険なものを扱っていたのだろう、そこに深入りしないことはそこから通じるどの扉も透視魔法で魔石を一個石にしても見えなかったことで危険と判断した。


「フィール、ここは壊しておく」


 俺は端的にそう告げた。フィールも予想はついていたらしく頷いて意志を表した。


『バーンノーティス!」


 焼却魔法で部屋の中を焼き尽くしてから洞窟を出た。

 そうしてその洞窟に。


「ブレーク・アース!」

 強力な重力でその洞窟を内部に存在しているものを含めて押しつぶした。


「帰りましょうか……」


「ああ、今回はフィールの予感が当たってたよ、アレは人間が扱えるものじゃないだろうな」


 そうして無言で俺たちは屋敷へ帰っていった。

 そうして帰った頃、あの魔法でも壊れていなかった設備の最重要区画で補助電源で動いていた装置がようやくその平気保守の役目を終えて完全に闇へと変わっていった。

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