リリエルさんの憂鬱
「はぁ……」
俺は物憂げにため息をこぼしている隣に目を向けず、朝のコーヒーを飲んでいた。
やはり朝食にまともなコーヒーがついてくる環境は恵まれてるな、一番ひどかった時期は白湯が朝食だったこともあるし、それに比べればトーストとコーヒーなんて極上の朝食だ。
「はーーあーー……」
先ほどより大きいため息が聞こえるが気のせいだろう、スタイン家の皆さんはフィール以外問題なんて抱えておらず、順風満帆な人生を送っているはずだ。
「はー……あー!」
だから隣でため息をついている女性は決してリリエルさんなどではなく他人のそら似で……
「はぁ……」
しょうがないなあ……
「どうしたんですか、リリエルさん?」
ここまでしつこくごり押しされて無視できるほど薄情ではないので事情を聞いてみるくらいはいいだろう。
「マティウスさーん……実はコボルトが領地に出てきまして……」
「はぁ?」
コボルトなんて下級モンスターの始末はリリエルさんの部下なら問題なく片付くだろう、俺に頼る理由なんてないはずだ。
だから二杯目のコーヒーをカップに注いですするとリリエルさんから泣きが入った。
「助けてくださいよ! フィールが頑張るって言ったからみんなマティウスさんを当てにして休暇を取っちゃったんですよ?」
えぇ……フィールのビッグマウスが原因か……口は災いの元とはよく言ったものだなあ……
「で、そのコボルトを片付けて欲しいと言うことですか? でも、コボルト程度なら休暇明けでもたいした被害はないと思いますけど?」
コボルトは犬系統のモンスターだが戦闘力は高くなく、子供程度の戦力なのでなんなら現地住民だけでも片がつくことも珍しくない。
だからリリエルさんだって全員が一斉に休暇を取ったわけではないだろうし、多少の戦力があれば十分討伐できるんじゃないだろうか?
「それがですねえ……女王種の個体の目撃談もあって数がもの凄い勢いで増えてるんですよ、コボルトクイーンを討伐できるほどの戦力が今はないんですけど、部下たちの休暇明けを待っていると手に負えない数になる可能性がありまして……」
「そうですか、じゃあ今の戦力で頑張ってください」
俺は直接の雇用主ではないリリエルさんのために金と時間と命をかける義理はない、というわけで戦略的撤退を図る。
「ちなみに私が渋るとフィールに話がいくでしょうね、あらあらいけない、ポケットの中身が出てしまいました、一度落ちたものを使おうなんて気はないのであなたが持って行ってもいいですよ」
リリエルさんはわざとらしく布袋を懐から床に落とす、ドシリと言う音が響いた。
これは……俺はその袋の中身を見て絶句した、半分は金貨の重さ、残りの半分は純度の高い魔石の重さだった、貧乏暮らしをしていた俺の手にはそれがひどく重いものに感じた。
「で、マティウスさん、どうですか?」
そこにはお願いや頼みではない強制の響きを含んでいた。
「はぁ……分かりましたよ、コボルトの討伐ですね? ちゃちゃっと終わらせますよ」
リリエルさんは満足そうに微笑んでそれから従者に馬車まで案内させるように言った。
フィールは馬車と馬を借りていることがほとんどなので涙ぐましい節約の跡が目に浮かんだ。
「ではマティウスさん! お願いしますね?」
「了解」
俺は御者に出すように言って屋敷を出て行った。まあ、フィールが受けてたら面倒さは増して報酬が多少少なくなっていただろうし、元請けから直接依頼を受けるのも悪いことばかりじゃないな。
「で、その村までどのくらいかかるんだ?」
御者に聞いてみると、意外そうな目でこちらを見ながら答えた。
「いえ、村ではなく町です、鉱山都市ですね」
町か……この辺に格差を感じずにはいられない、フィールの受ける嘆願は大抵金のない村からのことが多い。この辺も信用や豊かさの差なのだろう。
そうしてわずかに移動したところもう町に着いた。馬車が飛ばしていたとも思えないので都市部近辺にその町があることが分かる。
町について馬車から降りても町長が駆け寄るようなことはなかった、最後の頼みにフィールを呼ぶのとは違って施されて当然と考えているのだろう。
別にそれはいい、扱いが悪いのはいつものことなので我慢もできる、しかし置き去りにされてもそのコボルトの巣さえどこにあるか分からないのだが……
魔石で「サーチ」の魔法を使おうと袋を開けると手引書が入っていた、リリエルさんも全部織り込み済みだったようだ。
その書簡にはコボルトの巣の予想地域と想定される最大数が書かれていた。討伐方法もしっかり書いてあり「できるだけ派手に」だそうだ。
俺はトロッコの線路を追って鉱山地区の予想地点にたどり着く、ちなみに現在まで手を貸してくれた人はまったくいない。
そこには子供が通れる程度の小さな穴が開いていてそこから二足歩行の毛深い犬のようなものが出入りして見張りをしていた。
「ここ……だな」
片付ける方法は庫の量の魔石なら無数のプランが立てられる。だが「できるだけ派手に」とのご注文がついているので少し考える。
安全策をとるなら炎で焼き尽くして残りを酸欠にしたり、風魔法で洞窟内の空気を追い出して真空状態にすれば物理的被害もほとんど出ない。
しかし、「派手に」と言うことはそういうこぢんまりとした魔法はお望みではないのだろう、現にその手の魔法なら十回使ってもまだまだ魔石は残っているだろう、逆に言えばこの量を使えるだけ使えという意味ともとれる。
電撃魔法などは見栄えも良く、協力ではあるのだが洞窟内で使うと四方八方の壁に吸い込まれてひどく効率が悪い、使うだけが目的ならまったくそれでいいのだが、今回の依頼は根絶やしだ。
いっそ水を大量に生成して洞窟内をあふれさせてしまおうか……そんなことを考えながらふと空を見上げた。
そこで一つのプランをひらめいた、この時期ならまだアレの欠片が残っているだろう、ここにたたき込めばあらゆる生物を一掃できることは確かだろう。しかしいささか派手すぎるような気もするが……依頼者の希望には応えるとするか。
俺はゲートポータルの魔法を魔石の八割方を使用して開いた、通常の移動や物資の転送ならほんのわずかの量で事足りるのだが、今回は大盤振る舞いをした。そう、例えば星でも通れるようなサイズのゲートを開いた。
闇が、真っ暗な闇が空に広がり、そこから小さくなった星の破片が辺り一帯に降り注いだ。
当然コボルトはあっという間に「消滅」した。抹殺などと言う生やさしい状態ではなく、空間をまるで切り取ったかのようなクレーターが広がっていた。
「よし、と……やり過ぎたかな?」
まあ派手にというのはリリエルさんの希望なのでいいか。
そうして町に着くと、意外なことに皆落ち着き払っていた。あれだけの衝撃でまったく動じないとは、この村の人たちは肝が据わっているな。
そうして俺は馬車で屋敷に帰っていった、そのあとフィールになぜ私以外の命令を聞いたのか責められたのは言うまでもない。
――話は数日前に遡る
「ではリリエル様、減税の請願、たしかにしましたぞ?」
「はい、受け取っておきます、考慮はしますがご希望に添えるかは分かりませんよ?」
「かまいませんとも、我々は自治ができるほどの力を持っていることをお忘れなく」
町長の請願を受け取ったリリエルさんに青筋がはしる。イラッとしているのは明らかだった。
そこであることが頭に浮かんだ。
「そういえばあなた方の町からコボルトの目撃情報が上がってますよ?」
町長は落ち着き払って言った。
「たかが犬ごとき、我らの敵ではないですなあ」
リリエルさんは愉快そうに町長に言った。
「なるほど、その件は私が片をつけましょう、それからもう一度請願をしてもらえますか?」
町長は不思議そうに答えた。
「かまいませんが……領主様の手を煩わせるほどではないですぞ、たかだか数十匹程度のグループですからな」
「ふむ、その犬を駆除してからもう一度請願に来ていただけますか?」
いぶかしみながら町長が聞く。
「それで一体何かが変わるのですかな?」
リリエルさんの口角が少しだけ上がったが町長は気づいていないようだ。
「いえ、我々の「実力」を見ていただこうかと思いましてね?」
「は、はぁ……」
「ですのでそれまでこの請願は様子を見させていただきます、コボルトの巣が片付いてからもう一度来てください」
町長は却下されたのではないことに一応の納得を見せて帰って行った。
――そうしてコボルト討伐後
「町長! あんなものが町に向いたらどう責任をとられるのですか!? たかがコボルト相手にあれだけの破壊をする相手ですよ! 「ただのコボルトの群れ」にあれだけのことをするのですよ?」
「いやあ……その……我々の主張を前向きに考えてくれるとリリエル様が……」
「正気ですか! あんなの相手に私たちが対抗できるわけないでしょう? 税率は維持すべきです!」
とまあそんなやりとりがあって減税の請願がもう一度来ることはないのだった。
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