フィール自叙伝
平和だ……久しぶりの平和だ、ここ最近羽振りこそ良くなったものの心労と疲労が絶えなかった、それが珍しく何事もなく日常が進んでいる、実にめでたい。
「あぁ……無茶ぶりがないって素晴らしいな……」
それを唐突に破る足音が響いてきた。部屋に近づいてくる、勢いからしてフィールだろう、できれば関わりたくない、さーて地雷を踏み込む前に町にでも出かけるかな。
「マティウス! いるわよね?」
バタン
ノックもなくドアを破られてしまった、まあマスターキーくらい持ってるよな……
そんな俺の不機嫌さを見せない努力に気づくことはなく俺に質問してくる。
「ねえ、私っていい雇用者じゃない? ちゃんと雇用者の福利厚生を整えて経費もちゃんと落とす、そして定期的な休暇! 私は理想の上司でしょう?」
ふんすと胸を張るフィールだが現在休暇を破られているまっただ中な事には気づく様子はない。
「なんだよ、また何か依頼を受けたのか?」
フィールはこれでもこのスタイン家の中で陳情を受けるという評判が立っていた、大体俺が解決していることはまったく知られていない、まあ便利に使われるだけなのであまり高評価をつけられても困るのだが……
「実はね、私……」
ゴクリと喉を鳴らす、どんなとんでもない頼み事がやってくるか分かったものじゃない。
「自伝を出そうと思うの!」
あー……あれですか、自分の偉大さを誇示するのが大好きな人が話を盛りまくってることに定評のあるあれですか。
「そもそも書くことあるのか?」
一番の疑問をぶつける、人生経験のあっさいフィールが自伝を書いても義理以外でそんなに買う人がいるとも思えないが。
「いやあ、なんか兄様と姉様は自伝を出すほどのことはしてないから私を勧めてくれたんだって! 出版担当さんが言ってた」
これは体の良い丸投げですね、間違いない。
しかし、フィールさんはすっかりその気になったらしく聞く耳を持ってくれない。
「でね? やっぱりマティウスが来てから私活躍しだしたじゃない? ここはマティウスが私を褒め称える作風っていけるんじゃないかなって思うの?」
要するに自画自賛をするのは気が退けるので俺という第三者に賞賛されるという体の話で作りたいようだ。
「俺が語る方式にする意味ある? 堂々と自画自賛しとけば良いんじゃないか?」
フィールは心外のように反論をしてくる。
「だって! 偉い人が自分はこんなに偉いんだなんて書いてもみんなすごいって思ってくれると思う? やっぱりここは公正な目線が欲しいじゃない?」
結局俺に書かせるなら一緒じゃないだろうか? というか俺は文章力が怪しいのだが……
「まあ、マティウスが語る風に私の偉大さを伝えてくれればいいから、本を出してくれる人たちが良い感じにしてくれるそうだよ?」
「じゃあ全部作り話で良いのでは?」
フィールは納得がいかないようで俺に語れとせがんでくる。
「ほら、あるでしょ? 私がドラゴンやゴーストやアンデッドや邪神や地獄の悪魔を討伐したような話とか?」
なんかしれっとねつ造が入っているような気がするエピソードの羅列に呆れてしまう。
もうちょっと謙虚な姿勢を持った方が良いんじゃないだろうか?
とはいえ、なんか良いところを出さないと話が終わりそうにない。
俺の安息の休日のために適当にひねり出しておこう。
「ええと……慈悲深いとか?」
「そうそう! 他には?」
「そこそこ倫理観がまとも」
「ほうほう」
「安易に暴力にはしらないとか……」
「マティウス……なんか適当に絞り出してない?」
「ソンナコトハナイヨ?」
だってそんなたくさんこいつの良いところとか急には出ねーよ。
ええっと……あと何があったかな?
「犯罪に走らないとか」
フィールは暗い目で言ってきた。
「なんかそれって偉人としてじゃなくて人として最低限のレベルを守ってるだけじゃない?」
まあそうなんだが……確かにそうなんだが……
「案外、偉人にも倫理観ぶっ壊れてる人が多いから至ってまともな人間は貴重だぞ?」
フィールは不服そうだが俺は追加で根拠を言う。
「大体考えてみろよ? 一体どれだけの人間が戦争を始めたり、重税を餓死者が出るほどかけてると思ってるんだ? そこら辺をしないだけでも貴族としては十分立派なんだよ?」
少し表情が和らいだ。
「それに、俺が呼ばれたパーティなんて報酬を出さないどころか経費すら出さない連中が普通にいたんだぞ? そこがまともなだけでも十分立派だよ」
当たり前のことができる人というのは案外少ない。確かに普通のことをしない人間が問題なのだろうが、そういった人間が多いので相対的にフィールは立派な人と呼べる。
しかし、一つあげるなら……
「誰にでも優しいことじゃないか? 案外世知辛い世の中でそういった才能は貴重だぞ?」
領民が飢饉に苦しんでいても、平然といつも通りの税を巻き上げる貴族が多い中、ちゃんと考慮してくれるフィールは立派な貴族と言える。
むかし他の領地で依頼をこなしたときは討伐したモンスターの素材の九割近くを手数料という税金で持っていかれたのはさすがに堪えたものだ。
「それって立派なことなの?」
俺は少し考えて一つ答える。
「当たり前のことを当たり前にやるって難しいんだよ」
当然のことでも人は命のためやお金のためなら平気で倫理観に逆らうことをする、それをしない人は慕われると言って良いだろう。
「ふむふむ」
フィールはさっきからメモをしきりにとっている、やはり俺の語りという形で本になるのだろうか?
「ちなみに私の勇敢なエピソードはどれが良いと思う?」
うーん……勇敢ねえ……
「ドラゴン討伐に同行したでいいんじゃないか? 一応嘘ではないだろ?」
嘘ではない、同行したのは確かに本当なのだから。
「後はアンデッドの始末をつけたことくらいでそこそこ形になるだろうな」
「そういうものかな?」
「そんなもんだ、完成品を読んでみれば分かるんじゃないか?」
フィールは頷いて「楽しみにしててね」といって出て行った。
そうしてしばらくたった後、「フィール・スタイン自伝」が発売された。
その作品の内容は、フィールが並み居るモンスターをちぎっては投げちぎっては投げして無双をしながら、恵まれない人々に無償の施しを無制限にしているという内容だった。もちろん俺のことは伏せられ、フィール様お付きの人が語る! というキャッチがついていた。
持っていないとめんどくさそうなので一冊買って屋敷に帰った。
するとフィールが駆け寄ってきた。
「マティウス! なにあれ!? 私が書いたことほとんど没になってるんだけど!?」
俺は一言こう言った。
「な、実物を見れば分かるって言ったろ?」
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