命の選別

「マティウス! ちょっとお願いがあるんだけど?」


 またか、どうせろくなもんじゃないのはわかりきっているが一応聞いておこう。


「スタイン家の領地の一つが飢饉なの! ちょっと食糧支援が必要なんだけど……頼める?」


 至ってまともな理由だったが、何故俺に?


「ここの食料を持って行けって話か? 別に普通に運べば良いんじゃないか?」


 フィールは苦い顔をして言った。


「それがね……ひどい飢饉でかなりの食糧支援がいるの。で、馬車だと大量に必要だからね、いつだったかのマティウスの収納魔法みたいな事ができれば一回で大量に運べるでしょ?」


 飢饉だと確かに苦しいだろう、餓死者が出ていないことを祈ろう。


「確かにそれはそうだけど……ちなみにどのくらい運べばいいんだ?」


「食料備蓄庫の半分、ってとこね。正直こんな飢饉めったにないんだけど……」


 ふむ、食料備蓄庫程度なら一回のストレージに入りきる量だ、問題はない。


 魔石は小指サイズで十分出し入れできるだろう。そこはかまわない。


「分かった、いってくる。ただ……」

 フィールが怪訝な顔をする。

「ただ?」


 俺は推測を語らず準備を進める。

「いや、何でもない、気にしないでくれ」


 ストレージの出し入れようの魔石と「念のため」の魔石をローブの懐に入れて出発準備を整える。

「で、どの村だ?」


「前に、私たちがゴブリン討伐に向かった村よ」


 おかしいな、あそこは土壌改良魔法をかけているのでしばらく飢饉は起こらないはずだが……

 とはいえ推測で物事を語るのも良くないので出発をする。


「どうせ準備はしてるんだろ?」

「もちろん!」


 フィールは俺が断る可能性などみじんも考えていないのだろう。これを世間では「信頼」と呼ぶのだろうか?


 そして屋敷を出ると当たり前のごとくフィールがついてきた。


「で、フィールもついてくるの?」

「あたりまえでしょ? 私の名前を売るチャンスなんだから」


 どこまでも自分の承認欲求に忠実なフィールは置いておいて。


「じゃあ出してくれる」


 フィールの声と共に馬車が走っていった。

 十分な食料はストレージに収納済みだ。


 村に着く前にこっそりと、ある魔法を懐に入れたものにかけておいた。

 そうして馬車が走ることしばらく。


 数刻で馬車は村に着いた。

 一言で言えば、ひどい有様だった。

 畑は食い荒らされ所々に穴が開いている。

 葉物野菜もほとんどが枯れ果てている。


 そんな光景を見ていると村から老人が出てきた。

「おお……領主様……お助けください」


 いつぞやの村長だった、名前は覚えてないけど顔は覚えてる。


「何があったの? 飢饉になるような天気じゃなかったはずなんだけど?」


 そう、最近の機構は晴れが多く、ほどよく雨も降っていた、ここだけピンポイントに気候がおかしいとは考えにくい。


「それが……」


 村長曰く、作物が何かに食い荒らされて困っているらしい。一日中見張りをつけるわけにもいかず、害虫が出るわけでもないのに何故か作物が荒れていくらしい。


 しかも困ったことにそれは姿を現さないらしい、一度一晩中見張りをつけてみたがやはり変わらず、何も起きなかったのに作物は枯れていったとのことだ。


 俺はなんとなく原因は察していた、この村に近づいたときに「地面の下から」魔力反応があった。

「急場の食料は持ってきました、飢饉の原因は……」


 とりあえず俺はストレージに入っている食料を出す。これだけあれば四半期くらいは食いつなげるだろう。


 ただ、元をどうにかする必要がある。


「問題ない、一晩でどうにかする。村長、これを植えてくれないか?」


 俺は懐から一個のジャガイモを取り出す、これには「ポイゾニング」の魔法がかかっているため食べたら死ぬような毒性を付与している。


「はあ……それはかまいませんが」


 村長もよく分かっていないようだ。

 そこで脇腹を小突かれた。


「マティウス、原因分かってんでしょ? 教えなさいよ」


 フィールは俺だけ気づいていることに納得がいかないようだった。

「まあ……明日になれば分かるよ」


「村長、この村に宿は?」


 村長は気まずそうに答えた。


「なにぶん、観光で来る人もいない村ですので……わしの家の二階を使ってくださいませんか? 領主様をお泊めするほど立派な建物でもないですが……」


「いいわ、別に今日帰っても解決はしてるんだろうけど気になるし」


 フィールはどうあっても何が原因か知りたいらしい。

 そんなわけで一日の宿泊を挟んで翌日。

 村は大きな歓声にわいていた。


「このクソモグラめ!」

「お前のせいでどんだけひどい目に遭ったと思ってるの!」


 などなど様々な罵声が巨大なモグラの死体に浴びせられていた。

 フィールはビクビクしながら村人たちの中へ割って入る、そこにあったのは人の二、三倍はあろうかというモグラの死体だった。


「マティウス! これ何?」

「ジャイアントモール、要するにモグラの魔物だ、多分ここが豊作になったから良い餌場だと思って住み着いたんだろう」


 フィールはしばらくそのモグラを眺めてから俺に「よくやったわ」と言った。

 そうして村長宅での宴会を開き村を出て行った。


 今回は土壌改良の魔法が仇となったようなので、それはなしにしておく。


「ねえマティウス……生きるって大変ね?」

 モグラの死体を見て何か思うところはあったらしい。


「あのモグラも生きるためだけに食べてたんでしょ? 殺しちゃって良かったのかな?」

 俺はその問いに簡単に答える。


「人間なんて大量の死体の上に成り立ってんだから気にすんな、汚れ仕事は俺がやるさ」

「そうね! 頼りにしてるわよ!」

 そう言ってフィールは微笑んだがあまり気分が良さそうには見えないのだった。

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