マティウスの飲むコーヒーは苦い

 俺はその日、ギルドのクエストボードを見ていた。卿は依頼のない日、この前の謎の依頼で魔石と報酬をそれなりにもらったので、魔石を使うクエストでもないかと眺めに来ていた。


 ふと、隅の方に、ひっそりと張られた一枚のクエスト依頼が目に入った。


 ぺりとその紙を剥がして眺めてみる、依頼の要約はこうだった。


『現在不定期に発生している謎の連続殺人事件を解決してください、報酬は解決できた方に支払います』


 成功報酬か……失敗したらゼロなのでだれもうけていないのだろう、金額自体は悪くないが、もらえると保証されていないものに命をかけられるものはいないらしい。


「おうマティウスじゃん!」


 昔、一度パーティを組んでいた知り合いから声をかけられる。


 パーティを組んでいたのは分かるのだが、あっちこっちを渡り歩いていたのでその男の名前は出てこなかった。


「その依頼はやめといた方が良いぞ? なにせ警察から領主様の私兵まで出して結局解決しなかったからな、しかも最近はあんまり事件が起きてないから探しようがないぞ」


 ふむ……誰も受けないクエストか、依頼者もダメ元で出しているらしく、失敗時のペナルティは書いていなかった。失敗しても何ら影響を受けないならとりあえず受けてみるか……


 幸い、財布はフィールの依頼の数々のおかげで多少厚くなっているので休日を一日潰すくらいの余裕はある。


 そういうわけで、俺は一枚の依頼書をはがし、受付へ持って行った。ちなみに依頼書を剥がすとしたにもう数枚貼ってあったので、誰彼かまわず依頼を出しているようだった。


「これ……受けるんですか?」


 露骨に渋い顔をする受付担当、俺は「受ける」とはっきり言った。


 受付はため息を一つついてから説明する。


「いらっしゃるんですよねえ……報酬の高さに飛びつく人……やめといた方が良いですよ? 未だに誰も捕まえられなかったんですから、あなたは特に、この間まで金欠だったんでしょう? もう少し報酬の良いクエストを選ばれては……」


「いや、これを受ける」


 受付は肩を落として依頼書に判を押した。


「止めましたからね?」


 そういって俺の着任はなされたのだった。

 期限なし、捜査費は自分持ちかあ……


 俺の気まぐれにも困ったものだ、こんな微妙な条件のクエスト以前なら目にもとめなかっただろうな。


 最近の事を思い出す、どうやらフィールのお節介が移ってしまったらしい。


 さて、事件の概要でも調べますかね。

 俺は図書館に行って事件について書いてある新聞を読みあさった。


 被害者は老若男女問わず、目的不明、規則性なし、唯一の共通点は体をめった刺しにされているところ……


 うん、何の参考にもならないな!


 さて、この報酬ならあれを使うのが一番手っ取り早いな、原価ギリギリの報酬になってしまうがまあそこはしょうがないだろう。


 俺はローブの中からそこそこ大きい魔石を一つとりだして、かなりの魔力を消費する呪文を使う。

「プリディクション」


 予知魔法、それなりに高い精度で未来の予測ができる、ただし魔力消費がとんでもない上に、使うまでに時間がかかるので戦闘時に使われることはめったにない。


 普段から使おうにもあまり役に立つ場面もないので、この時代には廃れてしまった古代魔法だ。

 脳内に今夜の映像が流れ込んでくる、今夜は何も起きないようだ。


 皿のその翌日、魔石がそろそろ一つ使い切る頃、あさっての朝に号外が配られている映像が流れてきたところで魔石が石になって予測が切れた。


「明日の夜が勝負だな……」


 その日、宿に泊まり、フィールの屋敷とは比べものにならない環境に、自分が普段かなり恵まれていることに気づいたのだった。


 翌日、俺は辺りにサーチャーを散布していた、索敵魔法でもいいが、あれは「俺に」敵意を向けているときに効率の良い魔法で、誰かに向いた敵意まではひっかからない。


 知能の低い獣や魔獣ならそれでもいいのだが人間相手だと悪意がどこを向くか分からないのでそうもいかない。


 町の一面に定点観測をできる魔力粒を設置して、夜に備えて昼寝をしていた。なお現在あと一個で原価割れする量の魔石を使用している。


 日が落ちる頃、俺は起きて観測を開始する。


 怪しい奴……怪しい奴……

 引っかかった!

 懐に金属製の板状のものを持っている反応がヒットした、おそらく刃物だと思われる形状だった。


 肉屋のおっちゃんとかだと困るため、俺はそれとなくその男とすれ違うことにした。


 都合の良いことに全域に散布したサーチャーでその男は難なくすれ違うことに成功した。


 男は殺気を隠そうともせず歩いていた。町のみんなは気づかないのだろうか?


 まあいい、今夜決着がつくのだ。


 プリディクションで見つけた犯行現場の路地裏の入り口を張っていたところ、たまたま一人の少女がその路地裏に入っていった。


 男がどこから見ていたのか出てきたので路地裏に入ったところで俺は言った。


「何かお探しですか? ずいぶんと物騒なものをお持ちのようですが?」


 男は驚いた様子もなく俺に向き直る。


「ふうん、なるほど、見つかったか。まあいい、あなたから死んでもらおう」


 男はナイフを取り出し俺と向き合う。


「なんでそんなことをしてるんだ? 金目当てってわけでもなさそうだが」


 その男は初めてとても愉快そうな笑みを浮かべていった。


「楽しいからだよ」


「何を言って……」


「楽しいだろう? 子供が、老人が、男が、女が、あらゆるものが俺に命乞いをしてくるのだ、それほど愉快なこともないだろう?」


 ああ、だめだなこいつは。更正不可能、もっとも今までの被害者数からして極刑は免れないだろうがそれにしても動機がひどい。


 完璧な快楽殺人者、容赦は不要だな。


「どうした魔導師? お前の魔法ごときで私が捕まえられるとでも……」


「アブソリュート・ゼロ」


 俺が背中から出した杖から絶対零度の冷気がほとばしる。男は足下から凍りついていった。


「まあ、その、なんだ……お前は生かしておいちゃ行けないやつだ、死ね」


 数秒で男は完全に凍り付いた。被害者になるはずだった少女もいないが、凍り付いた男の手にあるナイフで証拠としては十分だろう。


 そうしてギルドへと向かった。


「なんです……こんな夜中に……あなたですか? え! 犯人を捕まえた!?」


 驚く受付だが捕まえたというのは正確ではない、死んでるからな。


 捜査員数人を連れて現場へと戻ると、魔力で凍らせたのでまったく溶けていない犯人がいた。


「凶器は手に持っているナイフ、多分この手合いは一つの凶器を使い回すから被害者の傷口なりと照合すればわかるだろう」


 俺が淡々と説明をしていると捜査のリーダーが質問してきた。


「それで、この男はなんのために殺しをやってたんですか? それが分からなかったので次の被害者の目星もつかなかったのですが……」


「快楽殺人、要するに殺すこと自体が目的だった奴だよ。たまーにだがね、こういう異常者はいるもんだ」


 捜査員たちはもう死んでいる男に震え上がっていた。

 そうしてその翌日。


「赤字だー……」

 予知魔法の時点ではまだ予算があった、サーチャーでギリギリまで魔石を使った。

 しかし最後の怒りにまかせた凍結魔法で魔石が一つ完全な石になってしまった。

 大赤字だった。


「マティウス? 何で大手柄を立てたのに死にそうな顔してるの?」

 そうのんきに聞いてくるフィールに俺は何も言えなかった。


 やっぱりこいつの持ってくる任務が必要だなと思いながら、苦いコーヒーを飲んでいた。

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