外交とは
その日、俺は重要な任務を受けていた。
破格の報酬、支給されている魔石は一級品が山ほど、送迎付き、食事付き。
まったくもって文句の一つも無い素晴らしい依頼だった。もちろん依頼主はフィールだ。
この依頼は正直なところ意味が分からないものだった。
「マティウス、ちょっと明日魔法撃ってきてくれる?」
「依頼か、内容は?」
「魔法撃つだけだよ? 特に魔法の種類も問わないし、魔石だって撃ったら一財産築けるほど支給するよ」
「撃つだけって……いくら何でもなんのために撃つのか教えてくれないのか? 敵がいるなら倒すし、傷ついた人間がいるなら治癒だってするぞ?」
魔法を撃つだけの任務なんて聞いたことが無い、ほとんどすべての場合において魔法は目的を達成するための手段だ。魔法を撃つこと自体が目的なんて聞いたことが無い。
「ま、いいからいいから。マティウスがガンガン大きな魔法を撃ってくれればそれでいいの、それだけで十分、何も言うことは無いよ?」
「あ、報酬はこれだけで、魔石の支給量はこのくらい」
ペラペラの紙一枚にはかなりの報酬と戦争をできるくらいの量の魔石が書いてあった。そして依頼内容は魔法を撃つこと、それ以外に書いていなかった。
いくら何でも怪しすぎる任務だった。指定の場所は何も無い平原、魔法を撃つ対象さえまったく存在していないような場所だ。
「ここで魔法を撃つ意味が分からない、もし賊がいるならピンポイントに撃った方が絶対に効率的だぞ?」
「うーん……」
フィールは困り顔を浮かべてから答えた。
「詳しいことは言えないんだけどね、マティウスがそこで大きな魔法をどんどん撃ってくれたらそれで十分なの、傷つける人も治療が必要な人もいない、そこはもう避難命令が出てるから巻き込まれる人は誰もいない、ね、気軽に魔法ぶっ放してきてよ?」
いかにもな怪しい任務だった。これだけの魔石があれば山が一つ軽く消し飛ぶ量だ。こんなものを無目的に浪費するだろうか? 明らかに別の目的があるのだろうが……
じっとフィールの瞳をのぞき込む、キラキラしたルビーの赤い瞳が見えるばかりで真意はまったく見えなかった。
しかし俺が怪しんでいることには気づいたようだ。
「大丈夫だよ? 今回は誰も傷つけないから、というよりも傷つけないための任務なの、これ」
傷つけないための任務? 依頼書をよく読むと使用する魔法の欄に注釈で「攻撃魔法に限る」と書いてあった。
もちろん攻撃魔法は誰か、もしくは何かを破壊したり傷つけたりするための魔法だ。それが一体何につながるのだろう?
しかしフィールも口を真一文字に結んでこれ以上は話さないという姿勢をしている。おそらく魔石を用意していることからして俺にしかできない依頼なのだろう。
「わかったよ、受ける。ただし、攻撃魔法使用前に探索魔法で辺り一面に人がいないかは調べるぞ?」
「いいよー、誰かいたら避難させておいてね?」
「ああ、もちろん」
このやりとりからするに、そこにたまたまいる誰かを狙っているわけでもないらしい。謎でいっぱいの任務だった。
翌日、俺は見渡す限りの平原に魔石を山盛りにした馬車から降りた。
「サーチ、生命反応」
辺り一面に探索用のソナーを蒔くが一切反応はない。どうやら避難済みで偶然巻き込まれる人もいないというのは本当のようだ。
「考えてても始まらないか……」
俺は手頃な魔石を手に取り攻撃魔法を撃ってみた。
「ギガライトニングスパーク!」
天から大きな雷が落ちるが地面をこがし、爆音がするだけで、まったく反応してくれるものはいない。
「これ、何の意味があるんだろうな……」
「ヘルファイア、フローズン、ショックインパクト……」
こうして上位攻撃魔法を撃っているのだがまったく反応はない、そうして俺はしばらくの間魔石の無駄遣いをひたすらに繰り返した。
そうして魔石の九割が石になったところで残りは帰り道のいざという事態のために残しておき帰路についた。
結局、任務の意味は分からないままだった。
日が沈んだ頃、屋敷に戻ると誰もいなかった。珍しいな……
しょうがないので自室で待っているとフィールが飛び込んできた。
「マティウス! よくやったわね! 何がとはいわないけど完璧だったわ!」
「そ、そうか」
今日の行動に意味があったのかはさっぱり分からなかったが、フィールがお手柄といっているので何かをしたのだろう事しか分からなかった。
――話は少し前、フィールたちのいる場所へ遡る。
「ですから、スタイン卿。ここは我々の領地なのです」
「いえ、ここは以前から私たちの領地でした」
父、アルベルト・スタインは現在領地の範囲でテグラ卿とやりとりをしていた。
両家は領有している土地の中間にわざわざできた新しい村について、どちらに属するかを争っているのだった。
そうして議論が紛糾している頃……
ドカーン!
「!? なんだ!? 敵襲か!?」
焦りを露わにするテグラ卿だったが、私たちは涼しい顔をしている。
「テグラ卿さま、実は私の部下の魔導師が現在ちょっとした演習をしていまして、少々響くようですね?」
私はにこやかにいってやった。
テグラ卿は「少々」とか「ちょっとした」という言葉に顔を青くしていた。
まあなにせ大量の魔導師を確保しないと使えないであろう大型呪文がガンガン撃たれているのだ、少しは響くだろう。
私たちのにこやかな顔にテグラ卿は顔を青や赤に染めながら焦りまくっていた。
「父様、焦っていらっしゃるようですよ?」
「申し訳ないですな、大分距離をとってからやるようにと入ったのですが」
地面がかくかくと揺れ、目の前のティーセットの水面が揺らいでいる。
そう、あきらかに「ちょっとした」演習だとは思わないだろう、大規模な演習だと思うのが普通だ。だれもたった「一人」がこれだけの量の魔法を打ち続けているなど思わない、マティウスを知らないのならだけど。
「ま、まあスタイン卿も最近快調のようですし、あのむらのけいえいをあんしんしてまかせられそうですね……」
テグラ卿……焦りがわかりやすく表に出るタイプのようだ。
そうして私たちは領地の境にできた一つの村を手に入れた。
――そして現在のマティウス
「はて? フィールたちの領有にこんな村があっただろうか?」
記憶力には自信があったのだが、どうやらそこまででもないようだ。
俺はその聞いたことのない村の名前を頭に入れてからいつもの食事をするのだった。
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