奉仕活動

「マティウス、明日ちょっといい?」


 フィールの依頼だ、いつものことだがスケジュールに余裕がない。

 俺も慣れたもので用件を聞く。


「なんの依頼だ? 命の危険がないなら受けるが?」


 フィールは平気で命に関わる依頼を受けてくるから安心できないんだ。しかしその日の注文は非常にあっけないものだった。


「スタイン家の慈善事業に協力して欲しいの」


 慈善事業! この勝手気ままに生きているフィールが慈善ねえ……どんな依頼でも金を取るのが世界の摂理だと思っていた俺には分からんね。


「ああ、報酬ならちゃんと出すわよ? 領主の慈善事業だからって領民を自由に使うわけじゃないから安心して」


 俺の考えを先読みして報酬の件を話す、俺にとってはそれなりに魅力的な額だったが、いささか魅力的「すぎた」のが不安になる。


「なあ、この金額だととんでもない依頼を受けさせられそうなんだが……」


 いくら何でも金額が大きすぎる、贅沢暮らし数ヶ月分くらいの小切手が差し出されてきて俺も戸惑う。


 うまい話には裏があると決まっている、どうせろくな依頼じゃないんだろう。


 しかし、俺に依頼をするのがフィール以外にほとんど居ない現実を考えるとこの提案はとっても魅力的である、受けるかな……なんにせよ何をするかだ。


「で、この金額で何をやればいいんだ? 魔王討伐か? 伝説上の生き物の捕獲か? なんにせよ普通じゃないんだろう?」


 さすがに普通の依頼がこの金額で来るわけがないことは理解している。その程度の分別は俺にはある。しかし、ほぼ唯一の依頼人をあんまり無碍にもできない。


「治癒魔法を使って欲しいだけよ?」


 治癒魔法? それは確かに俺は最上位回復魔法のフルヒールから、切り傷や擦り傷を治すプチヒールも使える。この金額に値するとすれば蘇生魔法のリザレクションでも仕えというのだろうか?


「一体どんな神業を期待しているんだ? 大量の魔石が必要だし、そもそもリザレクションクラスはあんまり使いたくないんだが……」


 あまり人の道理に反する魔法は使いたくはない、部位欠損の治療くらいならいい、だが死者を生き返らせるのはあまりに人のやることから離れている、正直なところやりたくないのが本音だ。


 しかしフィールの答えは意外にも拍子抜けするものだった。


「ああ、そんなに強力な魔法は求めてないから安心して、せいぜい上位回復魔法のハイネスヒールくらいよ」


 は? ハイネスヒールは多少難しい程度で熟練のヒーラーなら割と使用者が多い、あえて俺にやらせる意味が分からない、ついでに言うならあまりにも報酬が高すぎる。


「言いたいことは分かってる、何か裏があるかもって顔に書いてあるわよ?」


「……」


 誰だってこんな金額を中級魔法で提示されれば不審がるだろう、俺は無言だった。


「ちょっと数こなさなきゃならないからね、体内魔力だけで魔法を使うんじゃとても間に合わないの」


 数? 一体どれだけの魔法を使えというのだろう。


「ざっと私の担当の町一つ、三千人くらいでいいわ」


 三千!? 確かに魔導師がハイネスヒールを使える回数は上級魔導師でもせいぜい百回だ、それ以上になるともはや戦闘プランが無謀だったと言っていい、逃亡しても責める人は居ないだろう。


「できるわよね? マティウスだもん!」


 俺はため息を一つついて頷いた。


「ああ、一つの町くらいならなんとかなるだろう、魔石の消費も結構な量になるがな」


 それだけの魔法を使えば魔力消費もそれなりになる、魔石という外部供給源を使うにしても数個では足りないだろう。


「あんしんして、最近大きいのばっかり上げてたからクズ魔石がたっぷりあるの、一個でそこそこのヒールは使えるから、ちょうど良い使う機会だと思ってね。最近大技ばっかり頼んでたから小物がたまっちゃってね?」


 なるほど、最近の大技の多さから魔石はそれなりのものをもらっていたのでクズ魔石が残ってしまったということなのだろう。


「しかし……慈善事業なんてやってたんだな?」


 貴族のイメージとは違うものだった。大抵民衆の上に立って偉そうに支持しているイメージだったので意外だ。


「まあ、結局みんなの支持や納税あってのものだからね? それなりにはするよ」


 そうして翌日、指先程度の大きさしかないクズ魔石を大量に詰んだ馬車とフィールと俺が乗る馬車が町へと出発した。


「私たちの住んでる町は病院があるから良いんだけどね……地方までは手が回らないし、あんまり医師も行きたがらないのよ、歓迎はされても華々しくはないからね。で、時々出るけが人とかを医師を臨時で派遣して治療してるの。今回はちょうどマティウスが居るからね? 頼んじゃえば良いんじゃないってみんなが言うもんだからね?」


 俺のことを褒めているようだが、要するに厄介事を押しつけられたということだろう。

 しかしまあ……隣で随行している馬車を見る限り正しい選択だな。


 俺は隣で荷台からあふれそうなクズ魔石の山を見てそう思った。


 そうしてしばらく後、町に到着する。


 町長が機嫌良さそうで出迎えてくれた。


「おお! スタイン様! お待ちしておりました、この方がお医者様ですかな? お隣は薬ですか? ずいぶんとたくさんと……感謝します」


 何か勘違いで感謝されているがフィールがそれをただす。


「いいえ、こちらはマティウス、魔導師よ。ちょっとでも体調に問題があればみんな連れてきなさい、こいつが治療するわ」


 ずいと押されて俺は町長と目が合う、いかにもうさんくさいものを見る目だった。


「いえ、魔導師様は助かるのですがお一人ではとても足りない数が……」


「つれてきなさい」


 有無を言わせずフィールが町長に命令した。


 なんだかんだで変なところでリーダーシップのある奴だ。


 そうしてしばらく後……


「ヒール、ハイネスヒール、プチヒール……」


 俺は魔石をポンポンと持ち替え次々とただの石に変えながらひたすらヒールを使っていた。

 なにやら町民も町長も驚いた顔をしていたが、俺はあまりの数にそれどころではなかった。


「ハイパーヒール!」


 俺は最後の一人に上級治癒魔法をかけ、ようやく列がなくなったことにほっとする。


「疲れた……」


 山ほどの魔石だった石を眺めながらそうこぼす。


 結局持ち込んだ魔石の九割がただの石となって転がっていた。


「おつかれー! さすがマティウス!」


 フィールは気楽にいうが俺自身に誰か治癒魔法をかけて欲しいほど疲れていた。


「ありがとうございます……まさかこれほどとは……」


 町長もにこやかな顔をしている、結局町民のほとんどが怪我や病気をしていたので、大小はあれどほとんどの住民に治癒魔法を使っていた。


「じゃあ、帰りましょうか、あなたはよくやったわ」


 フィールが褒めてくれるが、俺はただあの報酬金額のべらぼうな高さに一人納得をしているのだった。


「じゃあねー! また来年来るから!」


「おお……またあの上級魔法が見られるのですか! 長生きはするものですの……」


 来年!? 勘弁して欲しいのだが……

 そうして帰りの馬車でへばっていると、フィールがくいくいとローブの裾を引っ張った。


 声もかれているのでそちらを見ると、町の方を指さしていた。

 そこには夜の闇と星が広がっていたが……そこに一筋の光がはしった。

 ひゅー……ドーン、ぱちぱち

 花火だった、おそらく町からのお礼なのだろう。


「ここね、医師団を派遣すると花火が見られるって評判だったの」


 そうか……誰かを助けるとは良いものだな。

 そう思いながら目を閉じると真っ暗な中に先ほどの花火が浮かぶのだった。

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