和睦

「マティウス! 大変なの! 助けて!」


 フィールが涙目で部屋に入ってくる。珍しいな、こいつは絶望的な相手でも余裕を持ってるのに。


「どしたー? 今度はドラゴンの成体でも出たか?」


 こいつが慌てるのは国家レベルの緊急事態くらいではないかと思っているんだが。

 ぜぇぜぇと肩で息をしながらやっと呼吸を整えて俺に説明する。


「兄様が死んじゃうの! 助けて……」


 スートさんが? はて、あの人はとくに体調が悪そうな感じもしなかったが、なにか急病にでもかかったのだろうか?


「落ち着け、まだ死んでないならいくらでも手はある」


 病気にもある程度治癒魔法は効く、怪我なら欠損部位くらいの修復はできる。まだ死んでいなければだが……


 フィールは呼吸を整えて「これ」と一枚の紙を差し出した。


 その薄っぺらい紙にはシンプルな記事が書いてあった。


「スタイン領のスート興、急死! 事故か事件かは捜査中!」


 は? なんだコレは? 俺はこんなものを見たことはないし、第一死んだなら大騒ぎになるはずだ。だからコレはきっと勘違いやの書いたゴシップの飛ばし記事だろう。


「一応効くが……俺が聞いていないだけでスートさんは亡くなったのか?」


 フィールは不快そうに答える。


「そんなわけないでしょう! 兄様はまだ元気よ、全く病気の気配もないわ。問題はそれを書いた奴よ」


 ああ、こんなゴシップ誌ではあるがご丁寧に記名記事になっていた、本名の保証はないが良い度胸をしていることは確かだろう。


「予言者ヴィクター」


 記者名にはそれだけが書いてあった。


「で、こんなゴシップ記事を真に受けて俺に慌てて相談に来たのか?」


 フィールはそうそう慌てない奴だが、貴族である以上恨みを買わないと言うことはほぼ無い、心ない奴が適当な言説をばらまくのは割とよくあることだ。


 しかしフィールは恐怖をそのままにこの予言者について語った。


「そのヴィクターっていう記者ね、今までもいくつかの死亡記事を書いてるの、的中率は百パーセントらしいわ……私も信じられなかったんだけど、調べたら他の死亡記事は出たあと数日で死亡の報が出てるわ。私も信じたくはないの、でも怖いの……」


 うーん……

「とりあえずスートさんに会いに行くか?」


「え? そうね、まずはなにはなくてもそれだったわね……」


 本人より俺に先に伝えたらしい、まったく結構な信頼感だとは思うが……

 そうしてスートさんに俺たちは話を聞いた。


「ああ、そのくだらない記事か、町ではずいぶんと話題をさらっているそうじゃないか、愚かしいことだとは思うがね」


 本人はまったく動じておらず、この記者の存在も知っていて、その上で黙殺するつもりのようだった。


「スートさん、念のために検査魔法をかけさせてくれませんか?」


 俺がそう聞くとスートさんは「別にかまわんよ」と言ってくれた。


「スキャニング」


 俺が唱えると魔石が一個石になった、この魔法はクズ魔石一個以下の魔力で発動はできるが、使う魔力が大きいほど対象を精査できる。俺は血管から細胞の異常に至るまで隅々と走査していった。


「ノーエラー」


 頭の中に異常なしの声が響く、コレならおそらく病死の線はないだろう。


「どうだったかね? 私は病気で死ぬとでも言うのかな?」


 スートさんは何でもないことのように聞く。


「いえ、病死の線はほぼ無いでしょう、となれば答えは一つになりますね……」


「そうだな、そのシンプルなものが一番簡単で確実なものだ……結局のところその記者はそういうことに手を染めていると言うことだよ」


 スートさんは平然とそう言った。動じない人である。


 それの意味が分からずフィールが割り込んでくる。


「どういうこと? ねえマティウス? 兄様?」


 俺とスートさんは少し考えた後でフィールにこう言った。


「フィールは気にしなくていい、スートさんは死なないしその記事は真実にはならない」

「フィール。心配は嬉しいのだがね、少々急ぎすぎだ、簡単な点を見落としている」


「?」


 フィールはわけが分からないといった風に首をかしげていた。


 その夜。

 足音を鳴らさないように厚い布で靴底を覆った男が魔法で姿を消し屋敷に入ってきた。

 その男は兵士がまったく気づいていないことに愉悦を感じながらスートさんの部屋へとやってきた。


 そして遮音魔法をかけ部屋の扉を開く。

 満足そうにまったく動いていないベッドに顔を向けてどく魔法を放った。


「ポイゾニング……」


 そのささやき程度の言葉でベッドの上に悪性の毒液がまき散らされた、魔法で作られたものなので夜明けには消えているだろう、何もかも計画通りといった風に口角を上げながらその男は出て行こうとした。


 そこで気づいた、部屋には遮音魔法が張ってあるため悲鳴は外には聞こえない、だが「部屋の中」へは響き渡ってもおかしくないはずだ、そのはずなのにベッドはまったくピクリともしない。


「よう、予言者さん、来るとは思ってたよ?」


「まったく、こんな子供だましに一体何人が引っかかったんだ……」


 俺が笑いながら「インビジブル」をとくと俺とスートさんが部屋の隅に立っているのが露わになった。


「な!?」


 男は言葉を失っている、証拠を残したつもりはない、何故この二人は気づいたのだ。


 それについて俺がシンプルな答えを返す。


「まったく……未来を演算するのには骨が折れたぞ……面倒なことをやらせるな、記名記事にするなら日付もちゃんと入れておけと言うんだ」


 俺が愚痴をこぼす。


 そう、魔石をいくつも石に変え、起こりうる未来を演算ではじき出した、結果、明日この予言者の話題が町に広がると出た。早めに実行に移してくれたのはありがたい、こんな大規模魔法何度も使いたくはないんだ。


「なあ? 予言者ヴィクター?」


 男の顔に恐怖の色が浮かぶ。そうだとも、そのくらいの見世物を見せてくれなければ気が済まないくらい不愉快なことをこいつはやってくれたのだ。


「ちなみにここに私が持っている二枚の紙は緊急逮捕状と死刑執行令状だ、どちらにもサインをさせてもらったぞ」


 スートさんは余裕そうにひらひらと紙をなびかせる、もう許可は出ているのだ。


「フリーズ」


 俺は冷却魔法を予測魔法を使って余った魔石で放った。

 部屋は途端に冷え込むが部屋に冷気を伝えている目の前の氷の塊は二度と何もしゃべることはない。


 コン、と俺がその氷塊をつつくとかつて人だったものはバラバラに砕けた。

 翌日


 町ではこの前の予言の話で持ちきりだった、予言が当たったからではない。予言者の化けの皮が剥がれたことに対してだ。


「マティウス? いつから気づいてたの?」

 フィールは不満そうに言う、どうやら自分が今回の件について蚊帳の外だったのが気にくわないらしい。


「そんな魔法を使える魔道士ならこんな記事は書かないさ、予言の種なんて明かしてみればこんなものだ」


「フィール、マティウス君に文句を言うのはやめなさい、一応私を救ってくれたんだぞ」

 スートさんが俺に対し敵意を持たない口調で言う。


「まあ……兄様が無事だったならそれでいいけど……」


 結局のところ予言者とやらは自作自演のくだらないトリックだった。病死や事故に見せかけて殺すために隠蔽魔術にかなり長けていたらしいが所詮はその程度である。


「じゃあマティウス、あいつが来るのが分かったって事はあなたは本物の予言が使えるって事なの?」


 そこは気になるところだろうな。

「予言じゃない、演算だ。この程度の未来予測なら魔石次第でできる。もっとも、燃費が悪いのでそうそうは使えないがな」


 フィールは興味深そうに聞いてきた。


「ちなみに今回のコストは?」

「手のひらサイズの魔石十個」


 結構な豪邸が変えそうな量の魔石を消費していた。


「君には借りができたね」


 スートさんは何でもないことのように言う、結局こんなところが金銭感覚の違いなのだろう。

 だから俺はシンプルにこう答えた。


「その借りは出世払いって事でかまいませんよ」

 青い空の下、俺たちのお茶会はスートさんが居ること以外完璧な日常のそれと変わりなかったのだった。

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