リリエルとの和解

 その日、俺は穏やかに眠ろうとしていた……

 ドーン、バゴッ、ベキベキ


「うるせー!」


 眠れたもんじゃないぞ! なんだこの音を出しているふざけた連中は? 今何時だと思ってるんだ!


「まてぃうすー、なんかうるさいんだけど……夜は静かに……あれ?」


「ご覧の通り俺じゃないぞ、だれだよこんな夜中に大音量立ててんのは?」


 フィールは少し考え込んでから結論を出した。


「マティウスの部屋の方から聞こえてきたのは確かだし、他にこっちの方にある部屋で音が出そうなのと言えば練兵所くらいしかないんだけど……」


 この真夜中に誰が訓練なんぞやってるんだ、迷惑極まりないぞ。


「行くぞ」


「え? どこへ?」


 決まってるだろう。

「この迷惑な騒音を立ててる人のところへだよ」


 そうして俺は不審者の可能性を考え魔石をいくつかローブに入れてそれを着込み、練兵所へと向かった。


 コツコツと通路を歩いていると確かに音がだんだん大きくなっている、誰かが訓練? この真夜中に?


 不審者にもほどがあるがここまで目立つ必要があるのだろうか? 俺は怪訝に思いながらも歩を進めた。


 練兵所の前で立ち止まると、その中からは確かに爆発音のようなものや何かが燃えているような音が立っている。聞き耳を立てると。


「……だめです……このてい……てない……」


 なんだか戦闘中華のごとく疲弊した声がする。


「あれ? 姉様の声ね?」


 フィールがそう言って気がついた、確かにこの声はリリエル様のものだ。


 コンコン

 ノックをしてみる、突然音が止んだ。


 ギイときしむ扉を開けて入るとボロボロのリリエルさんが居た。

「あら、フィールじゃない。どうしたのこんな真夜中に?」


 笑っているが、顔には汗がにじんで服は砂埃で汚れている。そして、少し離れたところには木偶人形がいくつかボロボロになって転がっていた。


「リリエルさん、もしかして訓練を?」


「上に立つものの務めです、フィールとちがって私は誰かさんにおんぶ抱っことは行きませんからね」


 むっとしたのであろうフィールが口を挟む。


「姉様? 魔法ならマティウスに頼めばいいじゃないですか? 何故そんな苦労を? 私はマティウスを雇ってますけど姉様に貸すくらいでぐちぐち言いませんよ?」


 リリエルさんは不快感をもろに出して言う。


「あら? 私はあなたと違って人の上に立つんですから、それなりの格というものがあるのですよ?


 あなたはその魔道士一人を雇っているだけですけど、私は百人以上の部下がいるんです、失態は見せられないでしょう?」


 どうやらリリエルさんは秘密の特訓をやっていたようだった。


 フィールは面白くなさそうにリリエルさんに文句を言う。


「そんなのはマティウスに頼めばいいじゃないですか! そんなに私が嫌いなんですか?」

 リリエルさんもムキになって言う。


「私は! 領主候補なのです! 一体何人の上に立つ役目かわかってるの? あなたとは違うの!」

 どうやら俺一人に負けたのでよほどプライドが傷ついたらしい、しかしまあ……


「リリエル様、確かに私はあなたより強いです」


 俺は事実を告げてからもう一つの事実を告げた。


「しかし、私は人の上に立つものではありません。お一人で全部やろうとせずにフィールを頼ってください、フィールは確かに大勢の上に立つようながらではありませんが身内を見捨てるほど薄情ではありません」


「うぅ……」


 リリエルさんもたった一人でプレッシャーと戦い続けてきたのだろう、たった一人で戦うつらさはわかる。


 だから俺は……


「俺もフィールもあなたの敵ではないですよ、ただちょっと諍いがありましたが、確かにフィールはあなたの妹です、だから信じてもらえませんか?」


 リリエルさんは肩をふるわせて泣くのを我慢しているようだった。

 辺り一面に広がる木偶人形の残骸を見ると、これが今日だけのものならかなりの魔法を撃ったことになる。


 疲れたはずだろう、限界まで魔力を使うと後は体力が魔力の代わりに削られていく、きっと限界まで自分を鍛えようとしたのだろう。


「姉様……私は姉様のこと、気にくわないとは思ってますけど……家族だとはちゃんと分かってますよ?」


 魔力と体力の限界だったリリエルさんはフィールにもたれかかってつぶやく。


「私はあなたのことが嫌いよ……でもね、確かにあなたは家族だわ」


 今、ここに居るのは貴族の長女と次女ではなく、ただの姉妹だった。


「ちょっと背中を貸してちょうだい」


 リリエルさんはフィールの背中にもたれかかって嗚咽を漏らしていた。


「なんで……私があなたに負けたのかって思ってた……私はこんなに苦労してるのにって……でも、あなたが良い部下を見つけたことを素直に祝ってあげるべきだった……ごめんね……」


「いいですよ、姉が妹に頼ってだめなんて決まりはないんですから、遠慮なく頼ってくださいね」


 今日のフィールは少しだけ大人びて見えたのだった。


「フィール、あなたのマティウスは私だって簡単に殺せそうなのに、今まで絶対に傷つけようとはしなかったわね、あなたなりの気遣いだった?」


「そうですね、姉様や兄様はライバルですけど、傷つけてまで勝ちたくはないですよ」


「そう、ライバルね……フフ」


 なんだかいい話っぽくなったので良いだろう。


「ではリリエル様、手に負えなくなったときはフィールにご用命を、私がフィールにはついていますので」


「ははっ、お人好しねえ……」


 こうして二人の姉妹げんかは終わったように見えた……

 翌日

「フィール! この依頼は私が受けますよ!」


「姉様ズルい! 私が先に目をつけてたのに!」


 どうやら二人は姉妹という関係にはなってもライバルという関係は変わらないようだった。


 なお、その依頼はリリエル様がフィールに自分の持っている討伐依頼を一つ流すと言うことで解決した。

 もちろんフィールの依頼を解決するのは俺の役目なので……


「フィール、そこまでして依頼を受けなくても……」

「そう? 貴族が領民の依頼を聞くのは義務よ?」

 どうやら跡目を継ぐかどうかは関係なく、フィールは貴族であろうとするらしかった。

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