幽霊の正体見たり枯れ尾花

「お化けが出た?」


 俺は驚きの声を上げた、いやゴーストだっているんだしそのくらいじゃ驚かないが……


「何でフィールそんなにウッキウキなの?」


 フィールは採集用の格好で俺の部屋に来ている、何故だ?


「それはお化けを捕まえるためよ? 知ってる? 今回のお化けってとってもきれいらしいのよ?」


 えぇ……またネクロマンサー案件じゃないのか……なんにせよこいつ一人でいかせるわけにも行かないんだが……


「被害はなんか出てるのか?」


「子供たちがきれいだからって夜に出歩くようになって大人が困ってるらしいわ」


 それは教育の問題では……?


「しかし……ゴーストがきれい?」


 フィールは首を振って言う。


「ううん、ゴーストじゃないみたいだよ? 被害も確認できてないし村でゴースト化しそうな死に方をした人も居ないって」


 おかしいな? お化けではあっても人間の魂じゃないのか?


 確かに動物でも魔物クラスになると魂だけで多少の干渉はできるようになるらしいが、きれいだとは聞いたことがない。むしろ魔物のゴーストは悪霊と呼ばれるくらいのたちの悪いもののはずだが……


「じゃあ一体何が出てるんだ? ネクロマンサーを昨日の今日で招き入れるほど見る目が無いわけでもないだろう?」


 ふっふんと胸を張ってフィールは言う。


「だから! 私たちが調べるのよ!」


 あー、これは便利屋として頼まれてますね……本人がその気だからいいようなものの、領主をこんな使いっ走りみたいな役にするとは度胸のある領民だな。


 しかし、やると言ったら聞かないのがこいつなので付き合うしかない、宮仕えとはつらいものだ。


「ちょっと待っててくれ、魔除けの装備一式とゴーストと戦うくらいの魔石を用意してくるから」


 しかし、フィールは心配なさそうに言った。


「え? 討伐依頼じゃないからそんなガチガチに装備固めなくてもいいんじゃない?」


「は? なんだか分からない生物だかゴーストだかが出たから退治してくれって話じゃないの?」


 しかしフィールはさらりと面倒なことを言うのだった。


「きれいだって聞いたからね、ちょっと一つくらいうちで飼えないかなって? ゴーストっぽくないし人じゃないなら飼育もできるでしょ?」


 こいつは人間的なくせにどこか倫理のたがが外れているところがあるようだ。アンデッドやゴーストを飼うなんて正気の沙汰じゃないぞ。


 そんな俺の心配をよそにフィールは軽装で早く行こうとせがんでくる。


 しょうがないので下級ゴーストの群れ程度なら一掃できるだけの魔石をローブに入れて着込む。


「いくわよ!」

「はいはい、分かりましたよ「お嬢様」」

「お嬢様はやめて欲しいんだけど?」


「そう思うんだったらもう少し自分以外の気持ちも考えてから行動して欲しいんだが……」

 俺の言葉は意に介さずに、さっさと邸宅を出る準備をしているフィールだった。


 なんだかなぁ……

 言い知れないモヤモヤを抱えつつ俺も部屋を出ていった。


「で? そのお化けだか幽霊だかゴーストだかはどこに出るんだ?」


「この町よ?」


 フィールの言葉に驚く。この町? 統治している町にそんなに堂々とモンスターが出たら大問題じゃないか?


 俺の驚いた顔を察したのかフィールは説明をする。


「なんかね、キラキラした光るものが夜にふらふら現れることがあるんだって。害は一切ないらしいんだけど、物珍しがる子供がそれを見たさに家から抜け出すからなんとかして欲しいって話なの」


 一応まともな理由はあるらしいのでほっとするが……


「蛍かなんかじゃないのか?」


「明滅はしないし、野生動物の線は薄いって話よ? なにしろ知性があるのか、追われたらちゃんと逃げるらしいしね」


 動物でも追われたら逃げるんじゃ……?


 しかしゴーストの類いだと知性がある場合もある、悪性になられると厄介なので早めに決着をつけておこうというフィールの行動は正しい……のかもしれない。


「それがすっごくきれいなんだって! これは私も一目見なきゃって思ったの!」


 ああこいつ考えてないですね。


「しかし知性あるゴーストか……魔石をもう少し用意しておいた方が良かったか……」


 今から取りに帰ることもできるが、現場に近いらしく、子供の姿がちらほらあった。

 取りに帰ってる間にこの子たちに何かあっても困るしなあ……


「マティウス! ほらほら! あそこ、光ってるって!」


 フィールが子供のようにはしゃいで指を指す先には、確かにふらふらと揺れる一つの光源があった。


 しかしそれはなんとか飛んでいるように見えて、むしろ追いかけている子供たちの方が元気に見えた。


 ……けて……たすけて……

 え? 何か声が……


「なあフィール、何か聞こえたか?」

「え? 子供たちの歓声くらいじゃない?」


「助けて……!」

 確かにはっきりと助けを求める声が聞こえた。フィールは子供たちの声が聞こえているだけだ。ここに居るのはフィールと俺と数人の子供、そしてあの光源。


 ということは、その声の主はおそらくあの光源だろう。

 一体あれはなんなんだ?


 おそらく魔法適性の高いものにのみ聞こえているのだろう。しかしどうしたものか……

「ていや!」


 そんなことを考えているとフィールがその光に向けて虫取り網を振るった。

 そんなもので捕まるわけが……


「出してー!」


 しっかり捕まっていた。なんだコレ……


 捕まえた網には光だけで形が見えないので魔法をかけて実体化をした。


「マテリアライズ!」


 ゴーストなどの物理的な実体を持たないものを物質化する魔法をその光にかける。すると現れたのは……


「わー! カワイイ!」


 フェアリーだった、どうやらずいぶんと追い回されたらしく傷が見えた、この魔法はちゃんと傷まで表現してくれるので「ヒール」で回復することもできた。


「助かりましたー! ありがとうございます!」


「いいってことですよ!」


「いえ、あなた私に網を振っただけですよね?」


 どうやら俺に感謝がしたいらしい、フェアリーを見たのは初めてだったが実在したんだな。


「しかし、どうして町に出てきたんだ? フェアリーは森の奥や人の住んでいない高原とかにすんでいると思ったが……」


「はい! ひどい人間がいまして……私たちは十人くらいの集団生活を森の奥でしていたのですが、突然人間が私たちの村を壊してさらっていこうとしたんです。幸い私は最年少だったので年長のみんなが逃がすのに頑張ってくれたのですが……他のみんなは捕まっちゃって、やっぱり私が助けに行かないとって思ったんですけど……人間さんって強いんですね……」


 どうやら子供に追い回されたことがトラウマになっているらしい。伝承上の存在ではあっても力があるとは限らないらしい。


 いや、むしろ滅びそうなほど力がないから伝承になりかけているのかもしれないな。


「マティウス! もちろんやるわよね?」

「そうだな、弱いものを守るのは貴族のつとめなんだっけ?」

「あら、わかってきたわね?」

「?」

 一人フェアリーだけが呆然と俺たちのやりとりを眺めていた。


「あ、あの!? 本当にやるんですか? 皆さん凶悪な方ばかりでしたよ?」


 俺たちは密猟団のアジトに来ていた。フェアリーは魔力を出すので一人居れば仲間は同種の魔力をサーチすればヒットした。


 このフェアリーの十倍くらいの魔力反応だったからおそらく集団で捕まっているのだろう、まったく……隠そうともしない程度の連中を恐れるわけがないだろう?


 俺なら真っ先に魔力遮断をするがね、その方が安全に運べるだろう、その程度の考えも及ばない程度の連中なら片付けるのはたやすい。


「フレイム」


 俺は木製のドアを炎で焼き払った。道はできたな。


「相変わらず強引ねえ……」

「何事もシンプルなほど効果的なんだよ」


「!?!?」

 フェアリーのフェア子(仮称)は困惑しているだけだった。


「だれだ! 俺たちを誰だと思って……」

「はい緊急逮捕状、家宅捜査状ね」


「フィール……さま?」

「マティウス、殺さない程度にね?」


「了解」

「クソッ! 逃げ……」

「アイスバインド!」


 高速魔法で一人目を捕らえる、別に普通のバインドでもいいんだが卑怯者は少し痛い目を見た方がいいだろう。


「冷た……助けて」


「フェア子の仲間も同じ事を考えてただろうよ」


 冷気で気絶したのでさっさと仲間を捕まえていく、フェア子がいうには直接捕まえに来たのが二、三人だったそうなので見張り含めても五人程度だろう。


「ボルトパラライズ!」

「フレイムジェイル!」


 適当に苦痛を与える高速魔法で仲間を捕まえていくとフェア子の仲間が居る部屋があった。

 その部屋にはご丁寧にフェアリーの商談を進める書状が置いてあった。


「これは……フィールたちの仕事だな?」


「そうね、二度とないようにしっかり全員シメとくわ」


 治安維持は領主の仕事だ。俺がやることじゃない。


 高速魔法をかけていた連中を警備隊に引き渡した後俺たちは屋敷に帰っていた。


「なーんか、後味が良くないわね……結局死人が出なかっただけでフェアリーたちには迷惑かけちゃったし……」


「そうだな、でも最悪の事態は防げただろ?」


 フェアリーは希少種なので結構な金額で取引されている、買い手も潰せたのはそれなりの成果だろう。


「まあ、誰も死ななかっただけでもよしとしましょうか」


 うーんと伸びをしてフィールはあくびをする。


「疲れたろ? 今日はもう寝ておけ」

「そうするわ」


 フィールは帰る早々自室へと帰っていった。俺はこっそりと密猟団から拝借したフェアリーの生息地の地図を見て、一つの遠隔魔法をかけた。


 それはある種の結界で人が入れても中に居たものを外に持ち出せないというものだ。

 結構な範囲だったので手のひらほどの魔石が一個石になったが、その代わり、俺はすがすがしく床につくことができたのだった。

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