鉱山の危機
「マティウス! ちょっと緊急で依頼があるわ!」
フィールが俺に依頼をするのはいつも唐突だが、何故か今回はやけに焦っていた。
「どうした? 緊急の要件か?」
フィールは走ってきたのかぜぇぜぇと息をつきながら俺が関わらざるを得ない依頼をした。
「鉱山でグリフォンが出たの!」
なんだグリフォンか、確かに強いけど倒せる人間はギルドにいる程度じゃないか。
「それが何で急ぐんだ?」
フィールは青い顔をして言った。
「その鉱山、スタイン家所有のものなの、メインの鉱物は魔石」
そこまで聞いて非常に不味い事態になっていることを理解した。
「一応聞いておくが他に魔石鉱山を持ってたりは……?」
「しないわ、あそこで採れなくなったら法外な値段の市販品を使うしかなくなるの」
それは確かにゆゆしき問題だ。俺の力が魔石頼みなのを考えれば力の源が立たれるにも等しい。
こうなると今ある魔石だけで間に合わせてグリフォンを倒すしかない。
「魔石の備蓄は?」
「三日ってところね、これ以上浪費したらさすがに私でも不味いわ」
量は少ない、ならばやることは決まっている。
「鉱山に急ごう」
フィールは俺が関わることを前提に馬車を玄関に待たせていた。
俺たちは乗り込んでから妙な連帯感を覚えた。
俺は今でこそ魔道士として役に立っているが、今までは浪費のすごい落ちこぼれだった。その落ちこぼれと貴族の落ちこぼれのフィールが出会って手柄を立てることができるようになったんだ。グリフォンごときに絶対に邪魔はさせない。
「マティウス、気合い入ってるわね?」
決まっている。
「物量は微妙、敵は強大、のんきに構えているわけにも行かないだろう?」
「そうね、いざというときはこの前の装備で協力するから……」
騎士用装備のことだろう。俺はこの前のフィールの顔を見てから、こいつには戦わせたくないなと思っている。
「大丈夫だ、戦闘は俺がすべてこなす、フィールは見守っててくれ」
「うん……」
力になりたかったのか肩を落としている。だがグリフォン相手だと死者が出る可能性すらある、万全の装備をしてもだ。
だったら俺が戦い抜く以外の選択肢なんてはじめから存在しないんだ。
俺はローブの内側にある杖と魔石少々を触りながら、どのような戦略ならこの量で勝てるか考えていた。
毒魔法を使う? だめだ、耐性持ちの可能性があるし、与えるダメージがあまりにも少量だ。
即死魔法は以前使ったが、おそらくグリフォンクラスの魔物には通用しないだろう。
ならばどんな方法がある? ならばならばならば?
いくつもの「もし」を頭の中で考慮して欠点を洗い出す。
たくさんの案の中で結局選ばれたのはこの上なくシンプルで危険な方法だった。
「あ、何か思いついたような顔してる」
フィールも俺の顔で考えが分かるようになったか……できればリスキーな方法は使いたくないのだが、泣き言を言えるほど甘ったれた環境ではないな。
数刻、馬車に揺られると周囲が切り払われた洞窟が見えた、前回のに似ているようだが、こちらは自然に優しいようだ。
馬車が止まったので降りる。
「マティウス! ほら、あそこ!」
フィールが小声で俺の肩を叩き指さす先にはグリフォンがいた。
幸いつがいではないようで、単体ならば考えたプランで問題ない。繁殖期だったら危険この上ない方法だがな。
「よし、フィールはここで待ってろ、危険を感じたら馬車に何も考えず飛び込んで出せ、いいな?」
「え……そんな事したらマティウスが……死ぬ気なの?」
俺はフンと笑って言った。
「俺は今までだって死んだように生きてきたからな、実際死んだところで大して変わらんだろう?」
「私はちがうよ!」
俺はフィールを制して言う。
「俺はフィールの役に立てて良かったと思ってるし、ここを諦めてフィールが悲しむくらいなら俺は危険をとる。なに、今までこのくらいの修羅場はくぐったさ」
俺の方を握った手が緩み、フィールは俺に大事な「命令」をだした。
「命令よ、必ず生きて帰りなさい、それだけで成功とみなすわ」
「もちろん生きて帰るさ」
そう言って俺はフィールから離れる。正直なところこれは作戦ですらなかった。
俺のたった一つ、一撃でグリフォンクラスの魔物を少ない魔石で倒す方法、それはシンプルにグリフォンに触ってありったけの魔石の魔力を注ぎ込む、というものだ。
戦略も何もない、ただ相手に魔力を注いで破裂させるという力業だ。
他にもすこし戦法は思いついたが、消耗戦になる可能性があるものを除いた結果だ。
もし消耗戦になればきっとフィールが参戦してくるだろう、生き物を殺すこともできないのに、だというのにおそらく参加してくるであろう事は想像がついた。
ならば一発で勝敗が決まるこのシンプルな戦闘スタイルになる。この方法なら負けたときに悠長に俺のことを考えて迷う暇はない、失敗したら逃げるしかない。
「ははは、柄じゃないんだけどなあ……」
どうにもフィールに上下関係以外の感情があるのだろう、これを家族愛というのかもしれないな。
そんなくだらないことを考えながら洞窟の頂上にたどりついた、幸いグリフォンはまだ気づいていない。
カタ
小さな、本当に小さな石ころを蹴飛ばしてしまい、それに気がついたグリフォンがこちらを見る。ああこれやばいやつだな。
ジャンプでよけると今まで居た場所は鋭い爪でえぐり取られていた。あんなものまともに食らったら絶対死ぬ。
くっそ……なかなか近寄れない……
俺が手をこまねいていると洞窟前に追い詰められた。洞窟内に逃げる? 危険が過ぎるぞ?
その瞬間、グリフォンが突然転んだ、何故? いや考えるまでもない、今することは!
「マジカルインジェクション!」
俺の持つありったけの魔石の魔力をまとめてグリフォンに注ぎ込んだ。
体のあちこちが膨らみ、弾け。グリフォンは一瞬で肉塊になった。そしてそこに見たことのある剣が落ちているのに気がついた。
位置的に背中に刺さったようだ。グリフォンの皮膚を貫くほどの剣を持っているのは……
「フィール! あれだけ言っただろ!」
フィールが騎士用装備の剣を放り投げたらしく、洞窟の入り口真上に立っていた。
「私だって戦えるわ! 命を助けられたのにずいぶんな言い方ですね?」
にこやかにしているフィールも俺も、グリフォンの返り血で真っ赤だったが気分は悪くなかった。
そう、家族は助け合いだったな……
帰投後、スタイン家の鉱山担当が危険がなくなったと聞きみんなで鉱山へと向かっていった。
「マティウス……ごめんね? 約束はしたんだけど……」
なんだよ、馬鹿正直だなこいつ。
「いいさ、俺もお前も今ここで生きている、それが間違ってなかったことの何よりの証拠だろう?」
フィールは少し考えてから明るい顔で言った。
「そうだね! マティウスは私の部下なんだから上司が部下を大事にするのは当然! そう、当然のことなんだよ!」
「ハハハ……なんだよそれ……」
俺たちは生きていることを笑い合った。
余談だがグリフォンを討伐したと言うことでギルド内でも話題になっていたが、そのときにやたら得意げにフィールが自慢をしていたが、まあそのくらいの権利はあるだろうと、領主様のお嬢様がとんでもなく強いという噂を小耳に挟んだときに思ったのだった。
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