昔の友人と今の帰る場所

 俺はその日、久しぶりの休暇を町で楽しんでいた。幸い、今までの極貧生活から、食べていける位のお金には不自由しなくなっている。


 やはり物理的に貧しいと心に余裕が無くなるものだ。今は余裕があるので優雅に観光ができている。


 食堂で久しぶりに昼食を食べながら、のんきに久しぶりに食べるアップルパイに舌鼓を打っていると入り口のドアが開いた。


 俺は気にせず食べ続けていたのだがあちらは俺が誰か知っているらしく話しかけてきた。


「マティウス、久しぶりだな……」


 以前パーティを組んでいた人たちの中でも、比較的長く続いたパーティ「血の盟約」のメンバーたちだった。


「おう、久しぶり」


 俺は気軽に挨拶を返す、三人とも気まずそうな顔をしていた。


 彼らには以前パーティを組んだ際、赤字になっても俺を雇ってくれて、なおかつ魔石代以上に報酬をくれた気前のいいパーティだ。


 俺はウェイトレスを呼んで、「ミードを、あちらの三人に振る舞ってやってくれ」

 そう頼んだが、三人とも困惑していた。


「マティウス、君におごってもらうのは申し訳ないというか……その、お金大丈夫か?」

 リーダーのテルがそう聞いてきた。


「なに、お前ら三人には結構迷惑をかけたからな、このくらいはさせてくれ」


「迷惑だなんてそんな……」


「むしろ助けてもらってますし……」


 後衛のアーチャー、アイリスと、タンクのネムが気まずそうにしている。


 俺は三人に聞いた。

「あのとき赤字だったんだろ? それでも俺に報酬をくれたんだから、今その赤字分を返してると思ってくれればいいさ」


 あのグリフォン討伐線には骨が折れた、多少の攻撃ではびくともせず、下級魔法を気にもとめない強さだったので俺が大きめの魔石でそれなりの魔法を使ってようやく討伐に成功した。


 しかし討伐報酬は金貨十枚、テルが自腹を切って非常用に持っていた魔石を使用したので儲けなどあるはずもなかった。


 しかしこいつは何故か俺にしっかりと報酬をくれた、曰く『協力してもらったのに報酬を払わないなんて俺の気が済まない』と珍しいことを言っていたので、俺もありがたく受け取っておいた。


 テーブルにミードがそろって俺たちは乾杯をして飲んだ。


「しかしマティウスが元気で良かったよ! 今はずいぶん余裕があるようだな?」


「ああ、貴族のところで働いてるしな」


 三人とも驚く風でもなく納得していた」


「なるほど、それなら魔石代くらいは出そうだな、ぴったりじゃないか!」


「マティウスさんが元気そうでよかったです!」


「しっかし、あのマティウスが宮仕えかあ……いい人に拾ってもらったな……」


 俺のことはさておき三人の現状についても話をしたかった。


「みんなは今、どんな感じだ?」


「ああ、それなりってところだな。魔物の討伐も危険なものは領主様が討伐してくださるから俺たちは勝てそうな敵と戦ってるよ」


 ああ、その危険なものを討伐してるのはフィールだろうな……


「そうか、危険なクエストを受けてるんじゃないかと少し心配だったんだが……その様子だと大丈夫そうだな?」


「全く問題ないですよー、ただまあ……マティウスさんが抜けたんで高難度のクエストを受けるのは控えてますけどねー」


 早くもアイリスが酔ってきていた、こいつ酒に弱いのも変わってないな……


「マティウス、元気そうでよかったよ」


 そうして少し言いよどんでから……テルは立ち上がって頭を下げた。


「すまなかった! 俺たちの都合で解雇したのがずっとモヤモヤしていたんだ」


「おいおい、頭を上げてくれよ! 俺はちゃんと依頼を受けてこなした、報酬だってもらったんだぜ? テルが頭を下げる理由なんてないだろう?」


 テルは向き直ってすっきりしたように言った。


「確かにそうなんだが、言えて良かったよ。心のつっかえ棒がとれた気分だ」


 そうか……俺がパーティを追い出されたときは『俺さえ我慢すればいい』と思っていたが、こいつらだって好きで解雇したんじゃないんだな……


「しかしマティウスは今どんなことをやってるんだ?」


「ん? ああ、フィール様お付きで雑用をやってるよ」


「そうか……領主様たちなら首にすることはないだろうな。よかったよ」


 三人とも辛気くさいので、俺は追加で料理を発注し会話を進める。


「まあ、なんだ。俺の就職祝いと思って存分に食べて飲んでくれ」


 三人とも気が楽になったようで、俺の就職が決まったのがそれほど嬉しいらしい。


「いやー、マティウスだったら食べていけるのかななんて思ってたから良かったよ!」


「マティウスさんを雇うとは、領主様も見る目がありますね!」


「良かったよ、ぴったりな職場が見つかってさ」


 三人とも口々に俺が安定した収入をもらえるようになったことを喜んでくれた。


「なあ、せっかく昔のメンバーがそろったことだし、簡単な討伐依頼でもこなさないか?」


 俺がそう提案すると三人とも驚いた。

「いや……ちょっと今は魔席代を払えるほどのお金は……」


 そう困惑するテルに俺は言った。

「安心しろ、フィール様が依頼で毎回多めに魔石をくれるんでな、今回は全部俺持ちだよ」


 しかし、フィールに『様』をつけるのはむずがゆいものがあるな……

「そうか、ならお言葉に甘えようかな」

「決まりだな、ギルド行こうか」


 そうしてギルドにつくと目につくところに『急募! ブラッドファング討伐!』という紙が貼ってあった。


「ずいぶんといいタイミングでちょうどいい依頼が入ってくるもんだなあ……」

 俺がしみじみ言うと三人とも『それずっと前からあるぞ』などと言っていた。


 どうやら町から少し離れた森にやつは出現したらしいが、出会うと生きて帰れる確率が低いため、あまり詳しいことは書いていなかった。


「よし、じゃあ俺が全戦で戦うから二人は後方支援を頼む。マティウスは強化魔法を俺たちにかけてくれ」


「それだけでいいのか? もっと派手なやつ使うくらい魔石はあるぞ?」


「さすがにそれは申し訳ないんでな……」


 妙なところで義理堅いやつだ、だからこそ俺を解雇するのにあんなに悩んでくれたんだろう。


 ガサガサと遠目にある茂みが音を立ててブラッドファングがその姿を現した。


 赤い体躯に鋭い牙、オオカミを五割増しくらいした体格、確かにそれなりに強そうだな。


『パワーレイズ! プロテクション! コンセントレーション! バイタルゲイン! アジリティアップ!」


 俺は多めの魔力で三人に防御と攻撃魔法をかけた。


「いくぞ!」


 テルのかけ声で三人とも駆けだしていった。

 鋭い牙と爪だが防御魔法に弾かれている。

 タンクのネムも平気そうな顔をしている。

 アーチャーのアイリスが的確に後ろ足に弓を撃ち込む。


 動きが鈍ったのでとどめにテルの『フォーススラッシュ』を撃ち込むと、案外あっけなくブラッドファングは沈んだ。


「いやー、助かったよ! マティウスが居ると安定感が違うな!」


 はっはっはと笑うテルだが三人に怪我がなくて一番ほっとしているのは俺だった。


 ギルドに戻り、証拠の耳を切ったものを提出すると、ひどく驚かれたが、面倒な依頼を片付けたことを素直に感謝してくれた。


 そして……


「なあマティウス、本当に報酬は要らないのか?」


 三人とも信じられないといった顔で俺を見る。


「ああ、何しろ宮仕えだからな? 特定のパーティに肩入れしてあまつさえ報酬までもらっちゃ不味いだろ?」


 言っていることは理解できたのだろうがテルが一つ質問をしてきた。


「じゃあなんで俺たちに協力してくれたんだ? マティウスが居ないとあの依頼は当分クエストボードの主になってたと思うぞ?」


 そうだな……俺にもたいした理由はないのだが……理由らしいものと言えば……


「昔もらいすぎた報酬の還元だと思ってくれればいいさ、なにより領民を守るのは貴族の勤めなんだから、貴族お付きの俺が厄介事を片付けるのは当然だろう?」


 ぽかんとした三人が少しして笑いながら言った。


「そうか、マティウスはそういうやつだもんな! ありがとう」


「ありがとうございます! 領主様ってちゃんと領民のこと考える人なんですね!」


「あの! 私はマティウスさんが助けてくれたこと忘れませんから!」


 三者三様の感謝の言葉を述べて、酒場でせめてものお礼と言うことで多少飲み食いした後名残惜しくも分かれることとなった。


 三人とも心底残念そうにしてくれたのがとても嬉しかった。


 そうだな。俺でもたまには役に立つのだろう、そして……人の役に立つっていいもんだな……

 そんな珍しいことを考えながらフィールの待つ邸宅へと戻ったのだった。

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