とある一つの神の名の下に
「マティウス、依頼よ」
そう言ってフィールは一枚の紙を差し出してきた。
それ自体はいつものことだが、内容が珍しいものだった。
「新興宗教『世界の救済者』の壊滅ねえ……」
一応この国にも『魔道士の道』という宗教というか地域に根ざした価値観に近いものが存在しているが……
「潰す理由があるのか? 一応ここでは信教は自由だろ?」
指導者が宗教をえこひいきして入るが他宗教を潰せとは穏やかじゃないな……
「これよ」
そう言って昨日の新聞を差し出してきた。そこにはでかでかと『世界の救済者があなたを救います!」と一面で広告を出していた。
フィールが大気を一つついてその下の方の記事を指さした。
そこには『教会が襲われ、寄付金を奪われる、被害者の大半は死亡、けが人多数』と書いてあった。
「おかしくないか?」
俺は単純な疑問を呈する。
「何で広告が一面で隅っこの方に大事件が載ってるんだ?」
フィールはもの凄く嫌そうにその理由を語った。
「新聞社の客って誰だと思う? 要するにこいつらは金の力で黙らせたのよ」
なるほど、一面にデカデカと記事を載せるにはそれなりに金がかかるだろう。新聞社がお得意様をむげにするはずもないということか……
考えると胸くその悪い事件以外の何物でも無かった。
無辜の民が殺され金を奪い、事件については報道規制、あまりにもひどかった。
「それでこいつらを叩き潰すのが私たちの目的ってわけ」
「集会場を消し飛ばせってことか?」
一番手っ取り早いのはその方法だろう。強硬手段だが、ご丁寧に一カ所に集まってくれるなら潰すのも簡単だ。
「それがそうじゃないの?」
「え?」
俺が間抜けな声を上げる。
いやいや、普通に潰すならそれが一番手っ取り早いだろう。
「この宗教ね、こっそり侵攻してる連中が結構いるのよ、だから目的は殺すんじゃなく『教祖の無様な姿を見せて、自分から脱退させようって作戦なのよ。映像を記録する水晶もちゃんと用意済みよ」
俺もなんの罪もない人が殺されて心を痛めないほど人間を辞めていない、こいつらが悪なら遠慮無く潰せる」
「ちなみにご丁寧に毎週ミサをやっているわ、休みの日に結構な人数が集まるらしいからそこにカチコミしてぶっ潰せという意味のことを言われたわ」
規模が大きすぎるものを潰すのは大変だ。脅威の目は早いうちに詰んでおいた方がいいということだろう。もうすでに遅きに失した感はあるのだが……
「次のミサは」
「三日後ね」
「準備はしておく」
そう言ってツインテールを揺らしながら出て行くフィールを見つつ、戦略について考えていた。
力押しで叩き潰すのはアウト、力を削げか。
一応方法はある、案としては問題ないことなのだがその方法を使うには少々気が進まなかった。
二日間、フィールに頼んでネズミや野犬等をサンプルにして実験をしてみた、結果は良好だ、人道的な面を除けば……
そしてミサの当日、俺はフィールと馬車に乗り込んで戦略の概要を伝える。フィールには撮影係になってもらう。もちろん身の安全は保証する。
「ねえマティウス、そんな魔法成功したなんて聞いたことがないんだけどできるの?」
「多分魔力が足りなかったんだろうな、犬に試したところ、小石くらいのサイズの魔石が石になった」
この魔法を使うにはあまりにも大きな魔力が必要ということだ。倫理的な面ももちろんあるだろうが人一人にこの魔法を使うにはあまりに効率が悪かった。
そうして離していると悪趣味な教会のようなものの前についた・
建物はそれなりに真新しく、時代は感じないが、きれいな方が好きならなるほど確かに集客力はありそうだ。
俺たちがついた時間にはもうすでに中ではミサがすっかり始まっている時刻だった。
「じゃあ乗り込むぞ?」
「ちゃんと守ってよ?」
「もちろん」
軽口を叩きながら、教会のドアを蹴破る。
バタンと音を立ててドアは鍵の機能を失った。
「おや……領主様のお嬢様ではないですか、入信される気になりましたか?」
ニヤニヤと下卑た笑いをする教祖だが、俺の一撃で場は凍った。
「ブレインウォッシュ!」
精神攻撃魔法、魔力消費の割に一回で一人にしか効果が無いので見向きもされなかった魔法だ。しかもコストは超高い。
懐の小石サイズの魔石が石になってしまった。これだけ大食らいの魔法なので敵軍を洗脳しようと考えるやつはいなかった。しかし今回は『教祖一人だけ』でいいのでそれほど難しくはない。
教祖は魔法が聞いてからすぐに変化した。
まずは低所得な信者に罵倒を浴びせ、金を今すぐあるだけもってこいと言った。
金持ちにも『お前の財産全部寄付しろよ! 俺を誰だと思ってるんだ!」
辺り構わず金を要求するようになった。
ちなみに洗脳の種類としては『本心を隠すことがなくなる魔法だった。
教祖が『金! 金! 金!』とわめき立てるので信者もだんだんと席を立ち始めた。
フィールは記録が終わったので、教会から出て行く人に『魔道士の道』の勧誘ビラを配っていた。なんとも行動的なことだ……
数日後、事件の犯人であった実行犯と教祖の男は逮捕された。残念だが全員極刑は免れないだろう。
そして、町のど真ん中に魔力を込めた板の看板をおいて、教祖が本性を現していることを無限ループで再生していた。これには信者もドン引きしているようだった。
教祖曰く『魔道士の道』は自分を救ってくれなかったので自分で宗教を立ち上げたと言うことだった。
魔道士の道、に問題が無いわけではないが、異教徒は殺せというのはもちろんこの国では正義のかけらも無い行為だ。処罰を受けるのは当然だろう。
俺とフィールで朝食を食べていると領主様がやってきた。
「いやあ、マティウス君、あの忌々しい宗教を潰してくれたこと、感謝するよ。なにぶんあのまま拡大を続けられたら国王の目にもとまりかねないからね。そんなことになったら私の立場が危うかったよ」
領主様も感謝はしてくれているらしい。
逃げていった信者たちにはあまり明るい未来は訪れないであろうことを考えると少し気は重かったが、連中の襲撃事件で被害に遭った方が少しだけ救われたのだと思うとすこしいい気分になるのだった。
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