絵に描いた餅

「マティウス、ちょっと立ち会って欲しいことがあるんだけど?」


 そうして今日も厄介事が俺の元へ舞い込んできた。


「なんだ? また魔法が必要なのか?」


 俺が必要になる場面といったらそれくらいしかない、言ってて悲しくなるがそれ以外で頼られたことは自慢じゃないが無い。


 何故かフィールは面倒くさそうな顔をしている。


「まあね、正直マティウスと私が立ち会う必要ないことではあるんだけどね」


 立ち会う? 戦うじゃないのか?


「ああ、安心して。多分私たちの出番はないから。兄様が作った機械の稼働に立ち会って欲しいって頼まれてね」


 機械?


「機械の稼働に俺が立ち会ってどうなるんだ?」


 フィールは心底面倒くさそうに言った。


「兄様がね、あなたに負けたのを根に持ってるのよ、部下が悪いんじゃないかって言い出してね、新しい戦力に魔道機械を作ったのよ」


 なるほど、確かに人間だったら俺に勝つのは難しいが、機械なら可能かもしれないな。


「でも俺たちが立ち会う必要あるのか?」


 それはね、とフィールが語った。


「平たく言うとその魔道機械のコアが魔石なのよ、制御が難しいらしくってね、暴走したときの保険に協力して欲しいってことだそうよ?」


「都合のいい頼みだな……」

「そうね」


 俺に勝ちたいから用意したものの管理を俺にやらせるって本末転倒もいいとこだな。

 まあこの前トラウマを与えたみたいだし、お詫びもかねて引き受けるか……


「わかった、引き受けるよ。依頼者はスートさんになるのか?」


 依頼者には忠実なのが俺のスタイルなので、依頼者が誰かというのは重要だったりする。

 フィールはドヤ顔で言ってのける。


「安心して! 依頼は私がマティウスに頼んでと兄様に頼まれたから、あなたへの依頼者は私って形になるわね、平たく言えば下請けね」


 確かにフィールが頼んだ方が俺に直接頼むより受けてもらいやすそうな気がしたのだろうとは思う。


 しかし何故かフィールは上機嫌だ。

「何でそんなに機嫌がいいんだ?」


 俺が問うと、この家の闇について語り出した。

「だって! 兄様が私に「お願い」をしてきたのよ? いつも厄介事を「命令」してきたのに、今回は私が頼りにされたのよ?」


 要するに厄介事の押しつけだったり、余り物の押しつけでないことが嬉しいらしい。


 しかし気になることもあったりする。


「なあ、その魔道機械って何日で作ったんだ? 俺がここに来てからまだ日が経ってないだろう?」


 不安材料だった。急ごしらえの機械ほどリスキーなものはない。できればもっと調整を詰めてから稼働させるべきだと思うのだが……


「ああ、兄様が怪しげな魔道士から設計図を買ったのよ、止めといた方がいいと思うんだけどねえ……「これはとても強力な兵器ですよ」なんてセールストークに乗っちゃってねえ……はぁ……」


 ため息と共に愚痴を吐くフィールだった。


 しかし怪しげな魔道士から買うって……そこまで思い詰めてるのか?


「なあ、どこかに戦争でも仕掛ける気なのか? そこまで戦力が必要になるとは思えないんだが?」


 俺がそう聞くと愉快そうにフィールは答えた。

「ふふ……マティウス? あなた自分がやったことに気づいてないのね。父様と母様が魔法が使えなくてもあなたがいれば私を跡目争いに参加させてもいいんじゃないかって言い出したのよ、そりゃあ兄様や姉様の焦りっぷりと言ったら無かったわね……」


 ふっふっふ……と含み笑いをするフィールだが、なんか俺が過大評価されているような気もするのだが……


「俺は魔石がないと何もできない魔道士だぞ? そんな功績があるわけでもなしに……」


「大丈夫よ! 魔石ならいくらでも補充させてあげるわ。私の資金力がある限りあなたは無敵よ」


 心強い宣言だった。

 確かに魔石があれば大抵の魔道士にひけはとらないので問題ないのではあるが。


「ちなみにその魔道機械なんだけど魔石が動力になってるらしいの」

「は?」


 魔石駆動ってまたえらく贅沢な動力源だな。

「扱いが難しいから危ないって言ってるのに聞かないのよねえ……」


「人間以外に魔石から魔力を吸い出せるとは思えないんだが……」


「どうも町でも変人で通ってる発明家から買ったらしいわ。無駄遣いだとは思うけどね、わらにもすがりたいんでしょ」


 どうしようもないな……魔石から魔力を取り出す機械を作れないか? というのは大勢が考えたことらしいが今のところ成功例はない。


 俺の中に言いようのない不安が募っていく。


 以前、魔石を使用して兵器を作ろうとして大爆発をさせた貴族を思い出した。


 あいつは俺が報酬を提示すると露骨に渋って、結局のところけんか別れという形になったので噂ではあるのだが……


「兄様は自信満々みたいよ? あなたに立ち会ってもらうのだって保険とか言ってるけど、私も立ち会えって言ってるしただの自慢がしたいんでしょうね」


 自分の力を誇示するためだけに危険な手段に出る、あまり褒められたことではないな……


「一応断ってもいいみたいだけど受けるでしょ?」


 俺は不安からではなく心配から引き受けた。


「ああ、受けるよ、何か不安だからな」


「わかった、兄様に私たちも立ち会うって言っとくわ」


 そうして翌日……どうやら稼働前日まで秘匿していた計画らしかった……もう少し早めに相談してくれれば少しはやりようもあったのだが……


「やあマティウス君! よく来てくれたね! いやあ、君がいれば危険は無いな、はっはっは!」


 危険などみじんも感じていない笑みで俺を出迎えてくれた。


 ご自慢の魔道機械は……人の二倍くらいの大きさで、形は角張った人間、胸に厳重な蓋がしてある。あそこから魔力が流れているということはおそらくあそこがコアで、魔石の入っている場所だな。


 いざというときのためにこの人形を観察しておく。

 どうやらまだ兵器の類いは装備されていない、爆発の危険性を考慮したのだろうか?


「これが新時代の兵士だよ! もはや人間が命を落とす必要の無い時代なんだ!」


 『言っていることは』立派だ、実現する可能性が低いのはおいておけばだが。


「稼働準備できました」


 スートさんにお付きの兵士が報告する、やっぱり動かすんだよなあ……

 もうすでに俺は嫌な予感しかしていなかった……


「では稼働させろ! 最低出力からだ!」


 スートさんの自信満々のかけ声と共にこの人形は歩き出した。ゆっくりと、そして力強く。

 杞憂だったか? と少し安心していると、スートさんはとんでもないことを言い出した。


「では全力稼働させてマティウス君と模擬戦を開始する!」


 は!? 模擬戦? これと!


「ちょっと! どういうことですか!?」


 スートさんは平然と答える。


「君は強いからね、君以下の強さしかないものを正式採用するわけにもいかんだろう? なに、死にはしないさ、君ならね」


 そうはいっているが俺が飛びのいた場所に人形の腕がめり込んで大穴を開けていた。

 クソが! 何が死にはしないだ! 殺す気満々じゃないか!


「ッ! ショックブラスト!」


 俺が魔法を打ち込む、人形はもろともしていないように見え……

 突然人形は腕を振り回し意味不明な行動を始めた、これは……


「ほら兄様、暴走してるでしょ、止めときなさいって言ったのに」


 いわんこっちゃないとフィールがあきれているがフィールの方へ人形が向かっていったので止める。


「パワーシールド!」


 フィールの前に物理防御魔法を展開させて人形の攻撃? というよりは暴れ回ったときにたまたまそちらへ行った攻撃を食い止める。


「マティウス君! なんとかしてくれ!」


 スートさんは涙目で俺に頼んでいた、必死に人形の攻撃から逃げ回っている。


「フレイムランス!」


 炎をぶつけてみるが人形は鬱陶しそうに炎を払って、気にせず暴走を続ける。


「ひええ! もうだめだあ!!」


「マティウス! 強力なやつ撃ち込みなさい!」


 そうは言っても、強力なやつを撃ち込むと周囲が灰燼に帰しかねない、安全策は……そういえばあれは魔石駆動だったな?


「バインドアイス!」


 氷で人形の四肢を拘束する、破壊は目的にしていないのでこれでいい。

 俺は人形に走り寄ってコアになっている胸の部分に手を当てる。


「ドレインリリース!」


 相手の魔力を削り取る魔法を撃ち込む、幸い魔石はこいつの中にあるので、こいつの魔石で自身の魔力を削り取ることができる。


 しばらく強い光を出して目が痛くなりかけた頃、胸部の光が弱くなっていき次第に消えた。

 それと同時に拘束を解こうとする動きも止まり、人形は完全に沈黙した。


「マティウス、よくやったわね!」

 サムズアップを向けるフィールだった。


 一方スートさんは……

「いや、ありがとう。今回は助かったよ」


 落ち着き払ったように言っているが、服は泥だらけで所々破れている。顔は涙と鼻水の後さえある。


 この人は威厳があるように見せたいようだが、そんなものはかけらも感じなかった。

 そそくさとスートさんは立ち去っていき俺はその部屋に置いてあったこの機械の設計図に「ファイヤーボール」をかけて念入りに燃やしておいた。これが町で暴れたらと思うとゾッとした。


 後日、フィールが嬉しそうに「兄様ったら父様に怒られて涙目だったわ! あれはスカッとしたわね!」と自慢げに語るのであった……


 俺は、人の作ったものが人を超えられることがないということくらい理解してほしいものだと呆れたのだった。

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