弱肉強食(焼肉定食)
「ねえマティウス、ちょっとお願いがあるんだけど?」
フィールが俺に猫なで声で問いかける、相手がへりくだっているときほどろくな頼み事をしないのはよく分かっている。
「はぁ……今度はなんの問題だ?」
「んー? 問題? ってわけじゃないんだけどね、ちょっとオークを狩ってきてくれないかなと思って」
オーク狩りか……チョロい仕事だがこの辺でオークなんていたっけか?
「どこで暴れてるんだ? 討伐依頼だろ?」
フィールは気まずそうに告げた。
「いや、今回はオーク肉の調達が目的なの。だからちょっと森の奥の方まで行かないといけなくってね?」
ああ、そういうことか。しかし……
「オーク肉なんて食べるのか? 前にスートさんと一緒に食事をしたときは普通に牛肉が出てきたが?」
「私たちの分はそれでいいんだけどね、領民に栄養をつけてもらおうと母様が発案したの」
うへえ……価値観は人それぞれだが、俺は二足歩行する動物を食べるのには抵抗あるんだよな。
オークが人語を解さないのがせめてもの救いだが。
「いいけどさあ……俺は食べないぞ?」
「うん、私たちには普通の食事が出るわ」
うん、領民はそれでいいのかな?
と言っても食糧難の時期もあって、そういう時代にはオーク肉は栄養源として重要だったと歴史書で読んだことはある。理にはかなったやり方なのだろう、オークは豚より知性が高いので養殖しなくてもそれなりに増えていく、食料としては便利なことこの上ない。
「で、いつやるんだ?」
肉は生ものなので狩りの日程調整が必要になる。凍結魔法である程度の鮮度は維持できるが、やはり狩りたての方が問題も少ない。凍結魔法は寄生虫を殺すために使う必要がどのみちあるのではあるが。
「3日後、この町で大々的に配給をするらしいわ、支持を集めたいんでしょうね」
3日か……あまり時間は無いが、保存方法に頭を悩ませる必要はなさそうだな。
「じゃあさっさとオーク狩りに行くとするか」
「準備はできてるわ」
そう言って手に持っていた服の中身をテーブルの上にぶちまける。
大小様々な魔石の山だった、クズみたいなものから結構な根がつきそうな大きさのものまで様々だ。
俺は必要な分だけローブの懐に入れて準備をする、さすがにオーク程度に大魔法は必要ないだろうが、保険として大きめのやつも一つ選んで持っておいた。
「行くか」
「やけにあっさり決めるわね? もっと渋るかと思った」
不思議そうに聞いてくるフィールだがその答えはシンプルだ。
「この魔石の山は税収から買い集めたんだろ? だったらそれを納税者に返す義務だってあるだろうさ」
搾取も行き過ぎれば不興を買ってしまう。それなりに還元をしないと結果食い詰めることになるからな。
「じゃあ門の前の馬車で森まで行きましょうか、幸い母様も考えなしではないのでこの時期オークが近くの森に餌を求めてやってくるのは知ってるわ」
「おあつらえ向きだな」
そう言って俺たちは馬車の方へ向かった。
馬車に揺られながら誰にでもなく愚痴る。
「はぁ……オークねえ……人間にそんなに害がないんだから俺が悪者だよなあ……」
フィールは諦めのこもった目で俺を見る。
「そういうものよ? 誰かが手を汚さないとおいしい食事だって食べられない。私たちの暮らしは犠牲の上に成り立ってるの、諦めてね?」
幸い収納には先の競争で使ったジェイルの応用で亜空間に放り込んでおけばこの馬車でもそれなりの量を運べる、逆に言えばそれなりの殺しを期待されていると言うことだ。
「気が重いなあ……」
そうはいっても目的地にはすぐ着いてしまう。近所にあるのだから当然だが。
「ここからは歩きね、といってもすぐに見つかるんだけど。あ! いた!」
フィールが指さす方には豚の頭をした二足歩行で人より五割くらい大きいモンスターがいた。もちろん二足歩行をしている。
さすがに武器を使うほどの知能は無いらしく、狩ってくださいと言わんばかりにのしのしと歩いていた。
「はぁ……「ウィンドエッジ!」」
ため息とともに風の刃で首をすっぱり狩った。血抜きをした方がおいしいのは基本なので一応持ち上げたりして肉になってもらうための処理をする。
「なんだかんだいってやることはちゃんとやるわね、マティウスってなんだかんだ命令には従うわね」
「お金がないと雑魚同然なんでな、お金に忠実に生きてきたんだよ」
そう言いつつ血が出なくなったので閉鎖空間を開いて死体を放り込んでおいた。
なんだかフィールが少しかわいそうなものを見る目をしているが、珍しくもないのでほっとこう。
そうして俺たちの狩りは順調に、なんの問題も無く食肉を確保していった。
数体狩って、百人くらいの一食分にはなりそうな肉を集めていると、フィールが目を丸くして叫んだ。
「あれ! オークキングよ! どうする? やっちゃう?」
フィールの指さす先には成人男性の三倍くらいの体躯をした大きなオークがずんずんと歩いていた。
「ほっとこうぜ、あれを狩るのは気が進まないんだが……」
「なに? 珍しく怖じ気づいたの? あれを狩って帰れば栄養たっぷりのオークステーキが何人分作れると思ってんの? やるしかないでしょ!」
そう言うとフィールは足下の小石をオークキングへ向かってオーバースローした。
コツンと当たったそれは、全くダメージを与えなかったが注意を向けるには十分だった。
「ニンゲン……ナカマノカタキ……」
オークキングが低い声でうなっているように声を絞り出した。
ああ……これがあるから嫌なんだよなあ……こっちの都合だけで殺してるわけで、理屈の上では俺たちが完全な悪役になる。
殺しあうこと自体は生きるために必要なのだが……あまり人語を解すモンスターを殺すのは気が進まない。向こうから仕掛けてきたとかなら躊躇はしないのだが……
ドスドスとこちらへ歩いてきた。
「ちょ! マティウス! さっさと倒して!」
「はいはい……「アイスエッジ」」
氷の刃がオークキングの頭をすっぱりと切り取った。せめて苦しまない方法で殺してやろうという情け……いや、自己満足だな。
「なあ? あれを本当に食べるのか?」
「当たり前じゃない? せっかく狩ったのよ?」
どうにもこのお嬢様とは価値観が少し合わないようだ。
オークキングの死体をジェイルへ放り込んで、十分狩ったところで帰投するのだった。
フィール邸へ帰宅後、オークキング討伐の報告に領主様たちはいたく満足して、兄と姉はひどく悔しがっていたが、正直なところ評価されてもあまりいい気分にはなれなかった。
翌々日、翌日に俺が狩ってきたオークの死体を解体して肉にしておいたものを焼きながら祭りは開かれた。
誰にでも平等に振る舞われ、皆がそれを栄養として糧にできているようだった。
よく見るとスラムから来たであろう少年少女がしっかりと食べているのを見て、「必要な汚れ仕事」も確かにあって、それで幸せが少しでも広がるのならそれは悪いことじゃないんじゃないかと自分を納得させるのだった。
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