勝利とは

「アンデッドだって!?」


 俺は思わず声を上げた。フィールは気にした様子もなく俺に続ける。


「そう、最近出るらしいの。で、なんとかしてくれって私に役目が回ってきたわけ」


 前回の討伐以来、どうにも便利屋扱いされている感が否めない……


 つーか俺、アンデッドって見たことないんだよなあ……悪魔とかなら敵にしたことあるんだけど。

 悪魔と戦うのに教会が魔石たっぷり用意してくれたんだっけ……あのときも高等魔法ぶっぱで片付けたんだったな、楽な依頼だったよ。


「しかしまた、何でそんなものが出てきたんだ? 今までアンデッドなんて、目撃例の自称霊能者が何人かいると言ってただけだろう?」


「それがねえ……何でも領地に流れ者のネクロマンサーが来たらしいの、亡命者ってことで邪険にもできなかったんだけど、最近は怪しげな実験をやってるってもっぱらの噂よ?」


 噂かぁ……しかしネクロマンサーって実在したのか? 自称霊媒師の間違いじゃないのか?

 俺がすごく微妙な顔をしているとフィールは察したように言った。


「まあ言いたいことは分かるわ、あくまで自称だし、被害もない。ぶっちゃけ面倒なだけだから私に流れてきた依頼よ、一応マティウスにも守ってもらうってだけよ? 「一応」「建前上」無防備に行くわけにも行かないのよ」


 どうにも厄介事が回ってくるようになってしまっているな……俺のせいでもある……か。


「分かった、行くか。で、ネクロマンサーはどこに住んでるんだ? そいつに会わないとどうにもなんないだろ?」


「ギリギリうちの領地に入ってる辺境の村よ」


「そんなところだからフィールに回ってきたわけか……」


「そうね、華々しい都会の事件は兄様や姉様がマンパワーで無理矢理解決してるからね。私に回ってくる依頼は基本余り物よ」


 苦々しくフィールは言ってのけた、とは言え依頼を無視しない辺りがこいつのいいところなのだろう。


 厄介事専門みたいなところもあった俺にはちょうどいい任務ではあるな。基本コストが高いから普通じゃできない依頼ばっか受けてたもんな。


「準備は?」

「できてるから呼びに来たのよ? 断らないでしょ?」


 俺はニヤリとして答えた。

「もちろんだろう?」


 当たり前だ、悪魔・吸血鬼・ゴースト・鬼……etcたくさんの強敵と戦ってきた俺に今更「予算以外に」恐れるものなど無い。


 まあ予算が最大にして一番よく出会う強敵なんだよなあ……


「ま、あなたなら問題無いでしょと思って受けたのよ」


 そう言ってからフィールは肩をすくめて言った。


「あなたが来る前はこんな依頼でもガクガク震えて拒否してたんだけどねえ……」


 どうやらそれなりに苦労はしたらしい。


「安心しろ、俺は拝金主義者だが、命令には忠実だ」


「おー、それは安心だことで……ふふっ……じゃあ行くわよ! 馬車はもう待たせてあるんだから?」


 どうやら俺が受けるであろうことは分かっていたらしい。

 俺はローブを羽織ると魔石をポケットと袖の内側に仕込んで出る準備をした。


「オーケー、行こうか」

「ええ、いきましょう」


 そうして門の前の馬車に乗り込んだ。

 そして少し揺られてから不思議そうに俺の方を見てフィールが聞いた。


「あなた、化け物とはやたら戦ったって噂を聞くのにアンデッドとは戦ってないのね?」

 ああ、そのことか。


「アンデッドは死体がないと出ようがないからな、俺みたいに相手を塵も残さず倒しきるとアンデッドになりようがないんだろう」


 アンデッドは死体を媒体にして魂を固着させないとできないので俺みたいな戦闘スタイルをしていると出会う機会が無かったりする。


「安心しろ、神聖魔法を打ち込む程度の魔石は準備済みだ」


「はいはい、私のお金でね?」


 なかなか俺の扱いも分かってきたようだな……


「そうだな、フィールのおかげだ、以前なら感謝なんてされたことはなかったからな、みんなが渋い顔で報酬を渡して終わりだった」


 フィールも気まずそうに返事をした。


「ま、まあ! その人たちもあなたがいないと生きてたかどうかも怪しいんだし……感謝は……してる……と思うよ?」


 疑問形なのが本音を出してるなと思いつつ一応気を遣ってはくれたのだろう、気遣いというのはかくもありがたいものなのか……


「安心しろ、俺が絶対にどんな敵でも倒すから」


「別に心配はしてないわね、むしろネクロマンサーさんを殺すんじゃないかって方が心配よ?」


 ひでーことを言うお嬢様だこと……

 ま、以前の俺なら逃げるにしかずってところだったがな……アンデッドって剣術ほとんど効かないらしいし……

 ガタゴトと舗装されていない道をいくらか進んでゆくと、村らしきものが見えてきた。

 しかしそこは……


「村、なんだよな?」

「そう聞いてるけど……」


 そこには墓が広がっていた、一応民家もあるが軒先に墓石がある始末でアンデッドが出ても不思議ではなさそうであった。


「おお……領主様!」


 一人のじいさんが俺たちの前に駆け寄ってきた。


「助けてくだされ……お願いします……」


「落ち着きなさい、アンデッドにやられたの? すごい数の被害者ね?」


 この墓は多くが真新しい、アンデッドにやられたなら相当の被害だ。


「いえ、この墓のほとんどは流行り病です……老いも若きも男も女も見境なく死んでいったんですじゃ……」


 ひどい様だ。アンデッドでもこれだけの数を殺せるかどうか不思議なくらいの人が死んだ跡がそこには広がっていた。


「じゃあネクロマンサーは?」

「あの家にいらしております」


 そう言って村長は村の中でもみすぼらしい方の家を指さした。

 流行り病の方がネクロマンサーより恐ろしいらしい、しょうがないな……


「じゃあいっちょ潰しに行きましょう!」

 フィールは物騒なことを言いながら気合いを入れていた、村長は言いにくそうにネクロマンサーについて語った。


「あの方は悪い方ではないので見逃していただけませんか……出過ぎたお願いですが……」

「「え?」」


 驚いて声が重なる、討伐の必要は無い?


「どういうことですか? 確かに討伐依頼が……」


「それは若い者が勇んで書いたものなんですよ、あの方は我々のためにアンデッドを生み出しているんですじゃ」


 村のため? となるとおそらくは……


「死者の声を聞きたかったのか……」


「はい、人道に反しているとは」「そこからは私から説明させてください」


 会話中に突然女性の声が割り込んできた。


 村長の後ろに突然気配を感じたかと思うと、俺と同じようなローブを身にまとった女性らしき人がいた。


「あなたがネクロマンサー?」


 フィールが聞く。


「はい、私はイレーサと申します、今はこの村で死者の声を届けております」


「死者の声を……届ける?」


 フィールは人の死にあまり触れたことがないのだろう、理由がよく分かっていないようだった。


「要するに死んでしまった人たちの家族や友人に霊の声を伝えていたと?」


「そういうことになりますね」


 フィールはようやく理解が追いついたのか正論を吐いた。


「そんなの! 理由になりません! 死んだ人はもう居ないんです! そんな倫理に反する方法で死んだ人の代弁をしてもらっても……」


 言葉に詰まっていた、しょうがないことではある。貴族なら抱えている医者も多いので多少の病で死ぬようなことはない。


「要するに病気が治ればいいのか?」


 村長は困惑をあらわにする。


「それはまあ、そうなのですが……なにぶん効き目のある薬も見つかってすらおりませんので……」


 俺はさっさと事件を片付けようと思い用件を切り出した。


「じゃあ片っ端から治していくぞ? と言いたいところだが……」


 フィールがやる気満々から失速して言った。


「マティウスが全部治せばすむ問題でしょう? 何を迷っているの?」


 問題は病原が消えない限り「今」いる病人を治しても根本的な解決にはならないと言うことだ。


「これ使うぞ、いいな?」


 俺は小石くらいの大きさの魔石を取り出してフィールに確認する。


「なによ、結局治すんじゃない?」


「治すんじゃない、問題を取り除くんだ」


 抗体を作れば新規感染者はいなくなる、それならまだかかっていない人にも効果が出るのでそちらの方がいい。


 俺たちは村の中心に進んでいってそこに魔方陣を書いた。別に書く必要は無いのだけれど、書くと少し魔力消費が抑えられる、一刻を争うような事態でなければでかい魔法には結構使われる。

 魔方陣を書き終えると、俺は中心に立って魔石をかがげて唱えた。


「メーク・アンチボディ!」


 青い光が魔方陣から広がっていき、村全体を包んだ。そこで低い舌打ちの音が聞こえた。


「後は仕上げに、「インプルーブ・バイタリティ!」」


「何で二つも呪文を使ったの?」


 フィールの疑問に簡単に答える。

「一つ目で病気を治す魔法、二つ目で体力をつける魔法だ。病気に強くても体力が無ければ死んでしまうからな」


 ふーん、とあまり理解した様子ではないフィールだった。


「さて、と。これで一丁上がりな分けだが……村長、おかしいと思わなかったのか?」


 村長は困惑している。


「おかしい、とはどういうことでしょうか?」


「確かにこのイレーサからは魔力を感じる、おそらく死者を一時的によみがえらせたのも事実なのだろう。でも、こいつが来たときに都合良く死人が出すぎじゃないか?」


 びくりとイレーサが肩をふるわせた、それが答えだな。


「確かにイレーサ様がこの村に来られてしばらくして病が襲いましたが……まさか!」


 そう、そのまさかなのだろう。


「そういうことだ、お前には二つの道がある、一つは俺たちと一緒に裁判所へ行って規定の罰を受ける」


「もう一つは? 聞くまでもないでしょうねえ……」


 イレーサが邪悪な笑みを浮かべて懐から杖を取り出そうとした。そこへ一撃入れる。


「サンダーストーム!」


 イレーサは電撃に身を焼かれてその場に倒れた。今回は手加減してないからな、悪いのは間に合わなかった俺たちであり、責任もあるだろう、だがこいつは裁判で正規の手続きをとっても結局のところ大差なかったであろう結末を選んだ。


 国に引導を渡されるか、「俺に」渡されるか、結局のところその二つの結末に大差は無いのだった。


 俺たちは報告書を軽くまとめ村を出ることにした。


「なあ……俺への報酬のことなんだけど、頼みがある」


 そして俺はフィールへ一つの頼み事をして村を離れた。村長はいたく感謝をしていたが、俺にはあまり後味の良くない事件だった。


 帰宅して、フィールが俺に問いかけた。


「本当に良かったの? 報酬が魔石の原価のみって……あなたの一人損じゃない?」

「かもな」


 俺は助けられなかった病人とその他村人へ今回の事件の見舞金として報酬を寄付した。

 もちろん間に合わなかった罪を償えたわけじゃない、自己満足でしかないことだが、そうでもしないとあの墓の山を直視できなかった……


 俺は多くの死者に手向けをしてから一人のネクロマンサーに「あんたの勝ちだよ」と心の中でつぶやいた。

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