ゴブリン討伐戦
「ねえマティウス、領民から依頼があるんだけど頼まれてくれない?」
フィールが突然そんなことを言い出した。
突然なのはもう慣れたが領民……いるんだな、なんだかんだフィールが貴族なの忘れそうだった。
「俺にできることは限られてますけど……」
実際、フリーだった頃も魔力でごり押しできる事以外ほとんど話が回ってこなかった。
「大丈夫! あなた向きの依頼だから!」
そう言ってフィールはずいと俺の顔の前に書面を突きつける。
その書面にはシンプルにこう書かれていた
『村の近くにゴブリンの巣ができて困っています、国軍が出てくれないので領主様が私兵を派遣してください』
要約するとそういうことだった。
「確かに魔法で殲滅するのは難しくないが……領主直々に出るような話なのか?」
ゴブリンは人間より弱いくらいなので数がそれほどでもないなら自警団辺りが解決してしまう話じゃ無いか?
「まあね……でもゴブリンの中にホブゴブリンを見たって証言もあるし、それなりの戦力が必要なのよ。ちなみに私兵は兄様と姉様がほとんど管理しているからこんな些事には出したくないそうよ」
ひでえな貴族社会……領民の心がは慣れるんじゃないか……
とはいえ放置すればそれなりに増えていくことが想像できるし、その中からボスクラスのゴブリンキングが生まれたりした日には国軍を動かすような事態だ、厄介事の芽は早めに潰しておくべきだな。
「分かった、ゴブリンの排除でいいんだな? 相手の勢力が多少なりにも分かれば必要な魔石料を見積もれるんだが……」
フィールは手に持っていたバッグを俺にぽいと渡した。
ずっしりとした重さの鞄には何が入っているのかと思えば。
「すごい量の魔石だな?」
「兄様と姉様が私が解決するならって条件付きで私物を出してくれたの。あなたにとっては足りないかな?」
鞄にいっぱい煮詰まった高品質の魔石を見て当然の返答をする。
「まさか、十分すぎる量だ!」
そうして翌日、馬車の準備ができたので村へと出してもらう。貴族は馬車で移動するんだな……俺が個人で受けたクエストはほとんど徒歩だったのに。
ちなみにそのとき依頼者の貴族は馬車を使っていた、人間社会とは不公平なものだ。
「ねえ? 本当に大丈夫? 鞄くらいの量で足りる? 馬車いっぱいくらい用意しようかと思ったんだけど?」
どうやらフィールは魔石の強力さを知らないらしい。十分すぎる量だとゴブリンの巣に行けば分かることなので『十分だ』とだけ答えておく。
そうして揺られること数刻、村が見えてきた、案外近いんだな?
「近いんだな? とか思ってる顔ね、当たり前でしょう? うちの領地がそんな辺境まであると思う?」
どうやら権力が足りないだけのようだった。
村の入り口で馬車を降りると、魔物に対するピリピリとした緊張感を張っている村人が幾人か見えた。
ここ……来たことあるな?
なんだろう、デジャブを感じる村の雰囲気に違和感を覚えるな。
そんなことを考えていると、村で一番大きな家(木造)から村長らしき人が出てきた。
その人はこちらに駆け寄ると頭を垂れて説明をした。
「このたびはご支援ありがとうございます、すでに家畜が数頭消えていまして、人間に手を出されるのも時間の問題かとおびえておったのです」
「ふーん、でもゴブリンでしょ? 村の男でどうにかできたんじゃない?」
フィールは空気を読まずにそんな質問をした。
「それが……実は一度自警団でゴブリンの討伐を計画したのです、そのときにめっぽう強いやつが一匹おりまして、幸い死んだものはおらんのですが、けが人が多く出たので領主様に依頼をした次第ですじゃ」
なるほど、それがホブゴブリンの可能性のある個体か……それにしてもこの村長、前にあったことないか?
「そちらはお付きの方ですか? 私兵団の派遣は……?」
「必要ないわ、こいつが全部片付けますから」
お一人ではあまりに……と村長が言いかけたところで俺と目が合った、お互い見つめ合うこと数秒……
「おお、マティウス様ではないですか! あなたが出向いてくださったのですか?」
あ、そうだ! この村長、貴族にこの辺に鉱脈があるから掘ってくれって依頼されたときに会ってるな……確かあのときは、鉱脈の推測地を派手に爆破したんだっけ?
と、俺が気づいていると村長が困惑したように言った。
「フィール様、そちらのお方は力を貸していただけるなら大変心強いのですが……なにぶんこの村も貧しいので依頼料を出せるほどは……その……」
ああ、鉱脈の発掘に付き合ってくれたんだった、だったらそのときの支払額も知ってるか。
しかしあのときは派手にやった割にもうけが少なかったんだよなあ……鉱脈なかったんだからしょうがないけど……
そんなことを考えているとフィールは宣言した。
「安心なさい! 今回の件はすべて当家で持つわ! あなた方の資金は一切要求しません!」
村長は露骨に安堵の顔をしている、まあもうけが少なかったとは言え魔石代だけでもこの村の年間所得よりかかったからな。
「本当でしょうか? マティウス様?」
「ああ、安心しろ、今はフィール様お付きの身分だ、すべて税収から賄われる!」
そう俺が宣言すると村の家から人々が出てきた。
「おお! マティウス様があのクソ魔族を片付けてくださるのか!」
「すべて領主様持ちらしいですね! 領主様すごいです!」
えっへんと胸を張るフィールだった。こいつの金銭感覚は分からんな、私兵団派遣した方が安く上がりそうなものだが……
「で、ゴブリンの営巣地はどこだ? さっさと片をつけたいのだが……まあその前に」
村長が少し戸惑っている、まあ以前の俺なら絶対にできなかったことだしな……今はその財力がある!
「怪我をした村人のところへ連れて行ってくれ、治療中だろう?」
「は……はぁ」
村長はこいつは何を言っているのだという顔をしているが、それにかまわず辺りを見回すと、みすぼらしいがそこそこ大きな建物が目についた。
「あそこが病院代わりか?」
「ええ……もっとも病院などと言う上等なものではありませんが……」
俺はフィールを振り返って聞く。
「少しくらい使ってもいいだろ?」
フィールはいい笑顔で答える。
「もちろん!」
その建物の中は血なまぐさく、深手を負っている人が大勢いた。
ゴブリンにしては戦闘に強すぎるな、レア個体の可能性は十分にありそうだ。
俺は魔石を取り出して魔力を吸い上げる。
『キュアオール!』
柔らかな光が建物を包んで周囲のけが人たちを癒やしてゆく。
「おぉ……痛みが取れる……」
「動ける! 動けるぞ!」
村長の方を向いて改めて言う。
「準備はすんだ、ゴブリンの営巣地を教えてくれ」
村長は怖いものを見るかのように聞いてきた。
「あの……先ほど使われた魔法用の魔石を支払うほどのお金がこの村には……」
「問題ないわ! 全部私もちっていったでしょ!」
フィールが自分の手柄のように嬉しそうに言った。
村長はただでさえ曲がった腰をさらに曲げて俺たちに頭を下げた。
そうして村から少し離れた洞窟前での話になる。
「あそこがゴブリンの巣です。門番らしき二体にやられてあの有様だったのです」
「心配はしないでちょうだい! マティウスは超強いから! あの程度さっさと瞬殺できるわ!」
村長の顔色はそれを聞いて悪くなった、心配していることの想像はつくが俺に耳打ちをしてきた。
「あの……瞬殺できるような量の魔法を魔石で賄うと結構な金額になるのでは……?」
俺も村長に耳打ちをする。
「大丈夫だ、あいつは結構金を持ってるからな、今回の魔石代はすべてこちらで払う」
村長が安心した様子でまた頭を下げて言った。
「フィール様、マティウス様、この村をお救いしてください」
任せなさいとフィールがドヤ顔をしている横で、俺は門番役のホブゴブリンらしい二体に『フレイムランス』を打ち込んで焦げ跡に変えた。
「ちょ!? マティウス! 今私の見せ場だったでしょ? 何でしれっと活躍してるの?」
緊張感のかけらもないが、まあ相手が大したことがないのでしょうがない。
「さっさと片付けますよ、フィール様!」
「ああもう! しょうがないわね! 行きなさいマティウス!」
俺は次の見張りが出てくる前に洞窟の前に魔石を『両手に』もって立った。
そこから中に入らない俺をおかしく思ったのかフィールが俺に聞いてきた。
「あれ? マティウス? このくらいなら楽勝なんでしょ?」
そう、楽勝だ。これだけの魔石があれば『入るまでもないくらい』に。
「フレイムトルネード!』『ウィンドブロワー!』
俺が二つの魔法を唱えると、火種は酸素の供給で大きな火柱となり洞窟内部を焼き尽くしていった。
しばらく洞窟内をあぶってから俺は言った。
「多分全滅でしょう。後は明日、洞窟内が火傷しない程度に冷めてから検証しましょう」
フィールは唖然としていた、何せゴブリンの巣を入ることなく焼き尽くしたのだからそうなのだろう。
村長は以前の鉱脈発掘の件を知っているので『ああやっぱり』みたいな顔をしていた。
その夜、村では貧しいなりに俺たちを歓迎してくれた、けが人だった人や、その妻らしい人が何度も俺にお礼を言っていた、人助けのために魔法を使ったのはいつぶりだっただろうか?
翌朝、ゴブリンの巣『だった』洞窟にみんなで入り、ゴブリンの死体を見つけていった。
「これは……!」
村の男が一つの大きな燃えかすを指さして驚いていた。
「ああ、ゴブリンキングだな、死んでるだろ?」
恐る恐る村人がつつくが全く動く気配はなく、死んでいることは明らかだった。
それ以外には攫われた家畜の死体が残っていたが、申し訳ないが助けることができなかった。
村を出る際、大きな歓迎を受けた、そこで俺は村の畑に作物が少ないことに気がついた。
歓迎に水を差すようで申し訳ないがこれもやっておくべき義務だろう。
フィールに少しささやくと『やっちゃいなさい!』と力強い返事が返ってきた。
村人が怪訝に思っている中、俺は親指程度の大きさの魔石を取り出し魔法を唱えた。
『ブレッシング・アース!」
魔石は一発で粉々に砕けて土地にしみこんでいった、土壌改善魔法だ、役に立つ日が来るなんて思ってもなかったな。
「あの、先ほどのは?」
村長が恐る恐る聞いてきた。
「ああ、作物の育ちを良くする魔法だ。余計なお世話だったか? 土地が痩せてるように見えたんでな」
「おお! ありがとうございます! 最近不作に悩んでおりまして……願ってもないことです」
「感謝するといいわ! このフィール・スタインがこの村の救世主よ!」
大きく出たなとは思ったが、魔石代を全部持ってくれるなら救世主が誰であるかなんて些細なことなので突っ込むのは止めておいた。
そうして俺たちは大層な見送りを受けて邸宅へと帰る馬車を出したのだった。
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