決闘

「さて、そろそろかしら?」


 フィールがそう言って遠い目をする。


「一体何がです?」

「もうすぐ分かりますよ」


 昼を過ぎた頃(昼食もかなり豪華だった)俺とフィールは雑務をこなしながらのんびりしていた。

 何やら遠くから足音が近づいているような気がする。

 コンコンと部屋のドアがノックされた。


「フィール、平民との執務は大変だろう? 少し息抜きをしないかな?」


 スートさんだった、どことなく怒っているように見えるのだが口調は穏やかなものだった。

 妹のことを考えてくれているのだろうか?


「あら兄様、お構いなく。マティウスはこれでなかなか書類仕事もできるので大丈夫ですよ」


 仕事が無い時期は何でも屋をやっていたからな、幸い追い出されるまでに読み書きの教育は受けられたのでこの手の仕事を受けることも時々あった。


 主にギルドなどは識字率が低いため依頼書の説明などでそれなりに小銭が稼げたりもする。糊口をしのぐのにはギリギリでなんとかなる程度の収入は得られた。


「なに、私の下僕も退屈していてね、そこのマティウス君に訓練の相手を頼めないかと思ってね? なに、ちょっと剣術の相手をしてもらうだけだよ」


「マティウス、あなた剣術は?」

「できますよ、人並みですけど」


 そう答えるとスートは下卑た笑みを浮かべた。


「なるほど、十分だよ! 存分に相手をしてやってくれ!」


 何故この人はこんなに楽しそうなのだろう? まあいいか、書類仕事はあらかた終わってるしな。


「では行きましょうか」


 フィールがそう言い俺の背中を押す、さりげなく魔石を俺のポケットに押し込んでいた。

 模擬戦みたいなものだろうし、ずるをすることは無いんじゃ無いかと思いながらフィールに手を引かれていった。


 そこは広いドーム状の屋根になっており、観客席までついているようだった。


「お爺さまが物好きでね、こんなものも作ったのだよ。遊ばせておくのももったいないし、ちょうどいいだろう?」


 スートさんがそんなことを言っている。なるほど確かに貴族がいい暮らしをできるというのは本当のようだ。


 そこへガチャガチャという音と供にフルプレートアーマーに身を包んだ騎士らしい連中がぞろぞろ入ってきた。


 なるほどこれがスートさんの部下か、確かにこれだけの戦力を満足させるほどの戦いは久しく起こっていないな、退屈していてもおかしくない。


「ちょっと兄様! 装備違いすぎない!?」


 俺には訓練用の木剣、相手はおそらく鋼鉄製の真剣だろう。


「マティウス君は強いのだろう? 何も問題は無いじゃ無いか?」

「ですけど……」


 不安そうなフィールに俺は言う。


「安心しろ、この程度の戦力差はよくあることだ、むしろ実戦よりはずいぶん優しいぞ?」


 化け物を大量に相手をしていた頃に比べればこの程度の戦力差どうということは無い。


「そうかね、じゃあ彼らの相手をしてやってくれ」


「死なないでね! マティウス、命令よ!」

「任せてください」


 それだけやりとりするとフィールとスートさんは戦場から出ていった

 見ると観客席に移動しているようだ、これだけの距離があれば多少の無茶はきくな。


「では試合開始!」


 スートさんのかけ声と供に戦いが始まる。

 とりあえず俺はポケットに手を突っ込みクズ魔石を握って「エンチャント」を木剣にかける。

 キーン

 木剣が鋼鉄製の剣を受け止める。強化魔法は問題なくかかっているな。


 カンカンと敵の攻撃を受けているとらちがあかないと思ったのか残りのメンツも参戦してきた。

 懐かしいなあ……ゴブリンキングの相手をしたときはもっと多かったよなあ……でも今はあのときと違い魔石が十分にある、相手をするには余裕過ぎる。


「馬鹿な! 何故木剣で受け止められるんだ! 普通折れるだろう!?」


 スートさんが驚いていた。エンチャントは初級魔法だろう、多少魔力を多めに込めればいくらでも強化可能だが、そんなに使ってないぞ?


 ポケットのクズ魔石はまだ石になりきっていない程度の魔力しか注いでない、驚くようなことでも無いだろう。


 俺は騎士団らしい連中の攻撃をいなしながら、どうすれば安全に無力化できるかどうか考える。

 殺し合いだったら魔法ぶっ放して終了なんだがなあ……対人戦の面倒なところだ。

 そういえば連中重そうな鎧を着てるな? あれで行くか。

 手元のクズ魔石にはおあつらえ向きの魔力がちょうど残っている、この手を使えと言っているようなものだ。


「グラビティ」


 俺は重力魔法を使う、俺はローブ姿なのでかかる重さはそれほど変わらないのだが……


「ぐぬぬ」

「うおお」

「くぅう」


 騎士団の皆さんはフルプレートメイルなので重さが三倍になればとても動けたものじゃない。

 この魔法、かける前に重かったやつほど影響がでかい、軽装の俺と金属で身を包んだ騎士団では影響が段違いだ。


「降参って事でいいのかな?」


 俺が騎士団に問いかけると一人が突然立ち上がって俺に斬りかかってきた。

 おっと

 軽く躱しながら相手を観察すると、重力魔法はちゃんとかかっているが筋力増強魔法でなんとか動いているようだ。

 相手は物理攻撃のみと思っていたが魔法使いもいたのか?


「ライトニングボルト」


 かかってきた相手に雷魔法を打ち込む、幸い使いかけの魔石に少し残っていたので、魔力を放出しきり、一つがただの石になったので捨てた。

 騎士は完全に動けなくなっていた、しかし何故この男は魔道士にならなかったのだろう?


「ちょっと兄様、決闘なんだから干渉は禁止じゃないの?」


「うるさい! 私の従僕があんなやつに負けてたまるか!」


 何やら揉めているようだったが、俺は相手が完全に動かなくなったのを確認して、俺に最後に斬りかかってきたやつに「ヒール」をかける。おそらくさっきのはかなり無理をしていただろう、筋肉が断裂していた可能性もある、敵とはいえ同じ家に仕えるものだ、できれば傷つけたくは無い。

 観客席に目をやると俺に微笑みかけるフィールと、苦虫をかみつぶしたような表情のスートさんがいた。


 戦場から出るとフィールが飛びついてきた。


「やっぱり私の見る目は正しいわね! あなたは最高の下僕だわ」

「ありがとうございます」


「ね? 兄様、マティウス相手にあの程度のズルで勝てると思いましたか?」

「さ、さすがだねマティウスくん」


 スートさんと握手を交わしたが、何故かスートさんの手が震えているような気がしたのは気のせいだろうか?


「じゃあマティウス! 今日はごちそうよ?」

「え? 今朝のも十分ごちそうでは?」


「あんなのいつもの朝食よ? 私が賭け……ちょっと臨時収入があってね、街で一番の店で食べましょう」


「え? でも魔石を買った方が……」

「そっちは経費で落ちるのよ、久しぶりの自由になるお金……ふふふ……」


 なんだかよく分からないがフィールの機嫌がとても良さそうなので聞くのはやめておいた。

 街に繰り出すと妙な目線を集めることになった。


「あのマティウスが……?」

「お嬢様のお付きになったらしいぞ?」

「あいつも実力を発揮できる場所があったんだな……」


 良かれ悪しかれ、「札束魔道士」で名が通っていたため、フィールのお付きになったのはそれなりに納得のようだった。


「あなた、以外と有名人なのね?」

「ええまあ、助っ人に入ったことはかなりありますから……」


 無茶なクエストを受けたパーティーに「今回だけだから」と懇願されて一時的に参加したことはある。


 俺は魔石代しか請求しなかったが、それでも報酬の大部分を持って行かれたのだろう、渋い顔で俺に金を払ってくれた。


 そして参加したパーティーからは二度とお誘いがかかることは無かった。

 そうして歩を進めていって大きな建物の前で足を止めた。


「ここにしましょう!」


 そこは大して大きくも無く、ボロいと言うほどではないがそんなにきれいな店でも無かった。


「フィール、俺はともかくあなたはもう少し贅沢しても……」


「ここ、昔私の専属料理人だった男が開いた店なのよ……」


 そう語るフィールの目は悲しそうで、悪いことを聞いたようだった。


「ごめん、過ぎたことを言いました」


「いいわよ、ここに胸を張ってこられるのもあなたのおかげなのだから」


 そう言ってドアを開けた。


「いらっしゃい! おう! マティウスさんかい? 景気のいい仕事でもうけたのか……」


 最後まで言葉は続かなかった。


「フィール様! お懐かしゅうございます。お元気でしたか? 申し訳ありません、私のせいで」

「あなたのせいではないわ」


 その店はフィールが来た後、それまでいた客が帰ったら貸し切りにして、フィールと料理人の話に花が咲いていた。


「あなたの料理は相変わらずおいしいわね」

「ありがとうございます、申し訳ありません、栄養のあるものを出せなかったことを悔やんでいたのです」


 くいくい

 フィールの裾を引っ張って聞く。


「どういう関係なの?」


「私が小さい頃の専属料理人だったんだけど、私が魔法を使えないのを『食事が悪いんだ』とお父様が追い出したの、私は反対したんだけどね」


 そう語るフィールは遠い思い出をあさっているようだった。

 そうして俺も二人の思い出話に水を差すのも無粋だと思い、一人料理を食べていた。

 フィールが褒めるだけあっておいしい料理だった、もと貴族付きだけのことはある、確かにフィールも手放したくは無かったのだろう事がよく分かる味だった。


「しかし……私のところに来たら問題があるのでは? リリエル様もスート様も私の顔を見たくは無いとおっしゃっておりましたし……」


「この男がどっちも解決してくれたわ」


 俺の背中をぽんと叩いて言った。


「なるほど、マティウス様は実力は確かですからな!」

 そんな話をしながら俺は貴族の面倒な人間関係に関わったことを少しだけ後悔していた……

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