貴族の食事

「おはよう! 昨日はよくやってくれたわね! これからバシバシ使ってくから覚悟しておきなさいよ!」


 俺をやかましい挨拶で起こしてくれた雇い主に多少の恨みを覚えながら、ベッドから起き上がり伸びをする。


 久しぶりにまともな環境で寝たな……このところ安宿にすら泊まっていなかったので屋根と布団付きの環境ですら持て余すのにこの高級ベッドだ、金持ちってすげーな……


 俺は暑くなっている部屋の空気を冷やすために冷却魔法を使う、部屋の気温を下げる程度なら魔石の粒程度で十分だ、逆に大きいやつを使うと部屋が凍りかねない。


 涼しくなった部屋で身だしなみを整えて朝食を食べに……朝食ってどうするんだろう?

 今までならその辺の安い料理屋に入って済ませるなり、宿にいれば調理人に頼んだりできる。で、ここは邸宅、超がつくほど高級な建物だ。


 まさかキッチンを使わせてくださいというのも……しかしフィールと一緒に食べるのは大丈夫だろうか? 貴族相手だとどうすればいいのか分からない。


 今までの貴族だと会って魔法ぶっ放して報酬受け取ってさよならだったからなあ……皆さんお金の払いはよかったので恨んじゃいないが……

 ひんやりとした部屋の中でどうしたかと悩んでいると部屋のドアが叩かれた。


「ちょっと! 起きてるんでしょう、早く朝食に来て!」


 フィールが少し怒り気味に声をかける。本人が来いと言っているのだから一緒に食べていいのだろう。

 ちゃっちゃと身だしなみを整えて部屋を出る、どうにも昨日受け取ったかしこまった服というのには慣れない、首をネクタイで締めたりジャケットを着たり、夏の日差しに真っ向から刃向かうような格好をして平気なのだろうか?

 部屋を出るとフィールが立って待っていた。


「ふうん、なかなか様になってるわよ! マティウス!」


 なんだか期限が良さそうで何よりです。


「ところで、朝食はご一緒していいのでしょうか?」

「いいのでしょうかって何が?」


 それはいろいろあるだろう。


「いえ、やはりフィール様とご一緒するには身分の差が……」


 フィールはにんまりと笑って言った。


「私の地位はこの家庭最低よ、気にすることは無いわ。何より、あなたが私の地位を上げる役目を持ってるのよ? それなりの扱いにするわ。あ、私の地位が落ちたらあなたも一緒に落ちることを忘れないでね?」


 つまりは一蓮托生という分けか……

 旅は道連れとは言うがフィールの誘いに乗った時点で上を目指すも転げ落ちるも一緒になっているようだ。


「ほら、とりあえず私がちゃんと朝食に参加できるようになったんだからシャキッとしなさい!」

 できるようになった……?


「あの、以前はどうされていたのですか?」


「まあ……ぼっち飯よ」


 触れてはいけない部分らしいので話題をここで切り上げる。


「リリエル様はご無事でしたか? ずいぶんと取り乱されていたようですが……」


「傑作だったわね、姉様があんなに慌てるところは初めて見たわ。朝食だってあなたが一緒に食べると言ったら引きつった顔をしてたわ」


 楽しそうに笑うフィールを見て、それなりに役に立ったことを自覚した。

 こんな俺でも役に立てる場所がある、居場所があるんだ、そう考えると多少心が弾んだ。


「お役に立てて嬉しい限りです」


 弾んだ足取りのフィールの後をついて行く、念のために索敵を行うがどうやら昨日の戦闘ですっかり皆怖じ気づいたのか? 敵らしい敵はいないな。

 食堂に着いた、お屋敷だけあってでかい。何人が入れるんだろう? この席を埋めるほどの人がいるのだろうか?

 そんな庶民的な疑問が浮かぶテーブルの前で、フィールが椅子にドシンと腰掛ける。さすが貴族、ためらいが無い。


「フィール、お行儀が悪いよ」


 そんな声がテーブルの端の方から飛んできた。

 フィールもさすがに恥ずかしそうに座り直した。誰だこの男?


「あら、スート兄さん、おはよう!」


「聞いたよ、リリエルはずいぶんと彼にやられたそうだね?」


 フィールは自慢げに俺の背中を叩いて言った。


「そう! この男が私のたった一人にして最強の従者よ!」


 なんだろう、すごく恥ずかしい……


「そうかい、君が……」


 手を差し出される、握手か。


「よろしく、従者さん」


 俺は手を握り言った。


「よろしくお願いします」


 そうしている間に料理が届いた、結構な贅沢料理だったが誰も気にする風は無い、貴族では当たり前なのか?


 そうしている間に前菜が終わりスープが置かれた。

 ん? なんだか懐かしい匂いがするな?

 なぜかそんな怪訝な顔をする俺をスートがニコニコしながら眺めていた。

 カチャリ、ゴクン

 先ほどの前菜には負けるがそれなりの味のスープだった。はて? なぜスートさんはあんなに機嫌が良さそうなのだろう?


「どうかな、我が家の朝食は?」


 なぜかニヤニヤしているスートさんに正直な感想を答える。

「とてもおいしいですね、ご一緒させていただけるのがありがたいです」

「そうかそうか」


 そうして少し立ったが何故か次の料理が運ばれてこない。スープで終わりって事は無いと思うのだが、どうにもコース料理の作法は分からないな……

 そうして少しの沈黙が降りた後、スートさんが聞いてきた。


「ご気分が優れないようだが大丈夫かね?」


 ん?


「いえ、全くもって体調は問題ありませんが?」


 何故かピシリと固まるスートさん。厨房に走って行った。


……おい! ちゃんと…毒…いれ…間違いないのか?……


 何やらシェフとおしゃべりをしているようだった。

 少し気にかかったことをフィールに質問してみる。


「そういえば貴族の家庭でもポイズンコーンが朝食に出るんだな、あれは下層市民用の食べ物かと思ってたが、案外貴族にも受け入れられてるのか?」


 ポイズンコーン、実に毒があり弱い毒だが、乳幼児には致命的なので与えてはならないものだ。

 ただし毒を持っているので害虫に強く、貧民層では炊いたものを薄めて、麦のおかゆをかさ増しするのに使ったりする。貴族ではそんな貧乏くさい使い方をしないのか、多分一房丸々使ったであろう量がこのスープには入っていた。


 俺は食べ慣れているので別にどうって事は無い、というか百パーセントポイズンコーンのスープを食べたこともある、不味くはあったが貴重な栄養源だ。


「あれ? 私のと少し色が違いますね? ふむ……ふふふ……そういうことですか」


 何故かフィールはニヤニヤと笑っていた。

 はて? 朝食を食べただけなのに何がおかしいのだろうか? 俺の礼儀作法に失礼があっただろうか?


「何かまずいことをしたか?」


「いえ、マティウスは何もしていませんよ? 何かして欲しかったようですけど……」


 厨房でやいのやいのと言っていたのが収まると引きつった笑顔でスートさんが出てきた。


「いやあ、すまないね。手違いでスープにポイズンコーンが入っていたらしい、すぐに出し直させるよ」


 なるほど食材を選ぶのに失敗したのか。まあ似たような植物はいっぱいあるしそんなこともあるのだろう。


「兄様、どのみち無駄ですよ? マティウスは治癒魔法も使えますからね」


「なっ……」


 何故かスートさんが絶句している別におかしな事はしていないはずだが。


「君は昨日リリエルの従者を攻撃魔法で蹴散らしたと聞いたのだが?」


 何を当たり前のことを聞いているのだろう?


「はい、基本攻撃魔法で無力化しましたよ? やり過ぎだったでしょうか? 申し訳ない、加減というものが分からなかったので……」


 俺が申し訳なさそうにそう言うとスートさんは顔を真っ赤にして言った。


「おかしいだろう! 何で攻撃魔法と治癒魔法が同時に使えるんだ!? 普通どちらか一方に偏るものだろう!?」


 なにやらどちらも使えるのが信じられないらしい、魔石があれば魔道士なら誰だってできると思っていたのだが……


「はい」


 プスリとナイフを指先に刺す、赤黒い血が少し染み出てくる。


「な、なにを……」

「ヒール」


 魔法で治癒をしてナプキンで出てしまった血を拭き取るときれいな指がある、もちろん傷も傷跡も全く無い。


「しかし……いやいや、攻撃魔法など使えないのだろう?」


 まだポケットに入った魔石だけでもこれくらいはできるな。


「ファイアーボール」


 ポッと暖炉に火を入れる、分かってくれただろう、暑いので消さないとな。


「アイスウォール」


 暖炉が凍り付き暑い季節にはありがたい冷気を吐き出してくれるようになった。うん、文句の一つも無いだろう。


 ポケットからただの石になったクズ魔石を放り投げておいてスートさんに聞く。


「ね? 簡単ですよ?」

「あ、ああ! そうだな! さすがフィールが見込んだだけのことはある! 兄として鼻が高いぞ!」


 なんだか焦ったように顔を青くしているがこの人大丈夫か? 俺のことの前に自分のことを心配した方がいいんじゃ……


「兄様、そんなものではこの人はびくともしませんよ?」

「ひっ……すまない、用事を思い出したので部屋に戻ることにする、フィールのことをよろしく頼むよ」


「はい、命に代えてもお守りします!」


 おびえたような顔で去って行ったが、スートさんは体調が優れなかったのだろうか?


「あなたはどんな生き方をしてきたんですか……」


 フィールが変なものを見る目で俺を見ている。


「何か不味い対応をしたでしょうか?」


 恐る恐る聞いてみるとフィールは答えた。


「私にとっては胸がすくような対応でしたよ? 「私にとって」はね」


 何か含みのある顔で悪そうな笑みを浮かべたフィールがいるのだった。

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